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私の家賃、君の【胸キュン】で払えますか? ~ときめき発電寮の管理人になりました~  作者: 明石竜


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7/18

第七キュン この寮、ときめき禁止にした方がよくない?

 その日の夕食どき、水瀬はいつになく真剣な顔でテーブルに手をついていた。

「宣言します」

「なんだよ急に」

「学校では、寺坂と距離を取ります」

 唐突な発言に、リビングにいた全員が水瀬を見た。夕食の湯気が、水瀬の真剣な表情をうっすらとぼかしている。

「距離って、具体的には」

「必要以上に話しかけない。廊下ですれ違ってもお互い無視する。以上」

 理央がタブレットを構えたまま首をかしげた。

「理由を聞いてもいいかしら」

「あれ以上変な噂立てられたくないの」

 水瀬の言い分は分からなくもなかった。

「まあ、それも一つの手だな」

 俺としても、あれ以上騒がれるのは正直勘弁してほしかった。

「決まりね。明日から学校では他人モード」

 水瀬が満足げに頷いた。その表情には、これで一つ問題が片付いたという、確かな安堵の色が見えた。

     ☆

 翌朝の教室。朝日が窓から差し込み、机の並びに長い影を落としている。水瀬は宣言通り、必要最低限のやり取りしかしてこなかった。

「おはよう、水瀬」

「おはよう」

 それだけ。以前なら何か一言余計な軽口が続いていたはずなのに、今日はそこで会話が終わる。

     ☆

 昼休みも、水瀬は理央や他のクラスメイトと過ごしていて、俺のほうを見ることもほとんどなかった。

 教室の隅で弁当を広げながら、水瀬は普段通りに笑っているように見えた。それでも、こちらに向けられる視線の数は、いつもよりずっと少なかった。

 ――べつに、それでいいはずだった。

 誤解を避けるための距離。理にかなった判断だ。

     ☆

 なのに、放課後になる頃には、なんだか妙な違和感が胸の奥に残っていた。

 誰かと話しているようで、じつは誰とも深く言葉を交わしていないような、そんな薄い一日だった気がする。窓の外の空が、次第にオレンジ色に染まり始めていた。

     ☆

「今日、大人しかったな」

 帰り道、水瀬にそう声をかけると、少し驚いたように振り返った。

「約束通りでしょ。学校では他人モード」

「まあ、そうだけど」

 言葉を濁したまま、俺たちは並んで歩いた。通学路の街路樹が、風に揺れて小さくざわめいている。

 寮の門をくぐる頃には、日はすっかり傾いていて、玄関の明かりがぼんやり灯っていた。

「ただいま」

 水瀬が扉を開けた瞬間だった。

 ――ピコン。

『感情エネルギーを検出しました。四・八キュン』

「……は?」

 水瀬が固まる。

「なんで今の……」

「私にも分からないんだけど!」

 リビングから理央が飛び出してきた。

「今日一日のログ、確認したわ。学校では発電量ほぼゼロ。でも寮に帰ってきた瞬間、いきなり跳ね上がってる」

「いや、待って、それ何も変なことしてないよ? ただいまって言っただけで」

「そこが興味深い点よ」

 理央が研究用のタブレットの画面を俺たちに向ける。折れ線グラフが、学校にいる間はほとんど平坦で、寮の玄関に入った瞬間だけ急角度で跳ね上がっていた。グラフの角度は、これまで見た中でも一際鋭かった。

「接触頻度を減らした結果、感情強度が上がった可能性があるわ」

 理央が淡々と分析結果を告げる。

「分析しないで!」

 水瀬が顔を真っ赤にして叫んだ。

「理論的に説明すると、抑制された感情は解放された瞬間に、より強い反応として現れる傾向がある。つまり、学校で我慢した分、寮に帰ってきたときに――」

「もう黙って!」

 水瀬が理央の口を両手で塞ぐ勢いで詰め寄った。

「先輩たちも聞いてます? これ絶対おかしいですよね?」

 助けを求めるように振り返った先には、ソファでくつろぐ奏と、隅で本を読んでいたすずがいた。窓から差し込む夕方の光が、二人の横顔を柔らかく照らしている。

「私は面白いと思うけど」

 奏がのんびりと笑う。

「わ、私も、なんだか、微笑ましいです……」

 すずまで小さく頷いている。

「味方いない……」

 水瀬がその場にしゃがみこんだ。膝を抱えた背中が、いつもより少しだけ小さく見えた。

     ☆

 夕食後、片付けを終えた俺は、一人で洗い物をしながら今日一日を振り返っていた。

 蛇口から流れる水の音だけが、静かな台所に規則正しく響いている。

 学校での距離。寮での大発電。理央の理屈が正しいのかどうかは分からないが、一つだけはっきりしていることがあった。

 水瀬と話さない一日は、思っていたより長く感じた、ということだ。

「……べつに、そんなの当たり前だろ」

 同じ寮に住んでいて、話さない方が不自然なだけだ。それだけのこと。

 自分に言い聞かせるように呟いた声は、誰にも届かないまま台所の水音にかき消えた。

 洗い終えた皿を、水切りかごに丁寧に並べながら、俺はしばらくその作業に没頭していた。

     ☆

 その夜遅く、水瀬が台所に麦茶を飲みに来た。

 廊下の照明が落とされていて、台所だけがぼんやりと明るい。

「まだ起きてたの?」

「片付けが長引いた」

 水瀬はコップに麦茶を注ぎながら、少し気まずそうにこちらを見た。

「学校での宣言、明日からどうする?」

「どうするって」

「続けるべきだとは思うんだけど」

 水瀬の声が、いつもより小さかった。

「今日みたいなことが毎日起きるなら、正直、あんまり意味ない気がしてきた」

「まあ、確かに」

「でも」

 水瀬はコップを両手で持ったまま、視線を落とした。冷たいコップの表面に、指先がうっすらと結露を残していた。

「距離取ってる方が、なんか、私は落ち着かないっていうか」

 その言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。

「……それ、どういう」

「な、なんでもない!」

 水瀬は麦茶を一気に飲み干すと、逃げるように自分の部屋へ向かった。

 残された俺は、しばらく台所に立ち尽くしていた。

 壁のモニターには、今日一日の総発電量が表示されている。

 これまでで一番高い数字。

 寮の明かりは、今夜も静かに灯っていた。

 その光の分だけ、何かが少しずつ変わり始めているような気がした。


     ☆


 翌朝、水瀬は普段通りの調子でリビングに現れた。

「おはよう」

「おはよう」

 昨夜のことなど、まるでなかったかのような、いつも通りのやり取り。

 それでも、朝食の席で目が合った瞬間、水瀬がほんの一瞬、視線を逸らしたのを、俺は見逃さなかった。

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