第四十一キュン 停電した夜に、一番明るかったもの
文化祭から数日後、最終審査の結果発表を翌日に控えた夜。秋月先生も最後の確認のため、寮に顔を出していた。
「……あれ?」
夕食の片付けをしていた俺は、リビングの照明がふっと弱くなったのに気づいた。
「なんか、電気、暗くなってないか」
「本当だ」
水瀬もキッチンから顔を出す。
次の瞬間だった。
――ぱちん。
寮全体の照明が、一斉に落ちた。
「うそでしょ、今日に限って」
水瀬の声が、暗闇の中に響く。
「装置の故障みたい」
理央がスマホのライトを頼りに、壁のコンバーターを確認していた。
「経年劣化の影響かもしれないわ。修理には少し時間がかかりそう」
「よりによって、審査結果の前日に……」
すずが心配そうな声を出す。
「まあまあ、慌てても仕方ないよ」
秋月先生が、懐中電灯を片手にリビングに現れた。
「とりあえず、ろうそくと懐中電灯、集められるだけ集めよう」
いつもなら、こういう場面で誰かが「発電しなきゃ」と騒ぎ出すところだった。
しかし今回は、誰もそんなことを言い出さなかった。
「無理に発電しようとしなくていいんじゃない?」
奏がのんびりとした口調で言う。
「修理が終わるまで、普通に待てばいいだけだし」
「先輩の言う通りだと思います」
すずも小さく頷いた。
初めてこの寮が停電した夜は、灯りをつけるために誰かのときめきが必要だった。
今夜は違った。
しばらくして、リビングのテーブルに、いくつものろうそくと懐中電灯が並べられた。
ゆらめく炎の光が、寮生たちの顔をぼんやりと照らしている。
「なんか、こういうのも悪くないよね」
水瀬が、キャンドルの炎を見つめながら呟いた。
「修学旅行の夜みたいだな」
俺がそう言うと、水瀬は小さく笑った。
「あの家族会議の夜、思い出すね」
「四月からのこと、色々あったよね」
奏がしみじみとした調子で言い出した。
「初日から停電してたし」
「壁ドン実験も、全部失敗したし」
理央が珍しく懐かしそうな表情を見せる。
「私が初めて『亮太郎先輩』って呼んだ日もありました」
すずが控えめに付け加えた。
誰からともなく、これまでの出来事が次々と語られ始めた。
傘の中で四人が押し合った日。中間テストの勉強会。ランキング騒動。
どれも、笑いながら振り返れる、大切な思い出になっていた。
「あの頃は、発電量のことばっかり気にしてたよね」
水瀬がぽつりと呟く。
「今思うと、なんか馬鹿みたいだったな」
「馬鹿みたいだったけど、楽しかったです」
すずが素直に言うと、みんなが小さく笑った。
☆
夜が更けるにつれ、一人また一人とろうそくの灯りの傍で眠くなっていった。
「私、そろそろ寝るね」
奏が大きなあくびをしながら立ち上がる。
「私も」
理央とすずも、それぞれ懐中電灯を手に自室へと向かっていった。
気がつくと、リビングには俺と水瀬の二人だけが残っていた。
「みんな、行っちゃったな」
「うん」
水瀬は炎を見つめたまま、小さく頷いた。
「なあ、水瀬」
「なに」
「これまでのこと、色々あったけど」
俺は、言葉を選びながら続けた。
「数字がなくても、今なら少しくらい分かる」
水瀬が、驚いたように顔を上げた。
「……何が?」
その問いに、俺はすぐには答えられなかった。
ろうそくの炎が、水瀬の頬をオレンジ色に照らしている。
言葉にするには、まだ少し早い気がした。
それでも今、この瞬間に感じているものだけは、間違いなく本物だった。
俺はその先の言葉を、まだ口にしなかった。
沈黙の中、ろうそくの灯りだけが、二人の間で静かに揺れていた。
寮の照明は、まだ復旧していない。それでも、この暗闇の中で、一番明るかったものが何だったのか、俺にはもう分かっている気がした。




