第三十九キュン 私の気持ちを、電気代にしないで
次の日の夕方、寮に戻ると、水瀬が玄関先で俺を待っていた。
「寺坂。ちょっと、いい?」
「どうした」
「昨日の話なんだけど」
水瀬は少し迷ってから、寮の裏庭へ視線を向けた。
「ちゃんと話しておきたいことがある」
俺は黙って頷いた。
夕暮れの裏庭まで歩くと、水瀬はしばらく何も言わなかった。
オレンジ色の光が、その横顔を照らしている。
「昨日、寺坂が『ちゃんと考えたい』って言ってくれたでしょ」
「ああ」
「だから、私もちゃんと話す」
水瀬は一度だけ息を吸った。
「私が、発電しないようにしてた理由」
その言葉に、俺は思わず水瀬を見る。
「……分かった。聞くよ」
「私が亮太郎をどう思ってるかまで、寮のために使われるのは嫌」
その一言に、俺は息を止めた。
今、水瀬は俺のことを――寺坂じゃなく、亮太郎と呼んだ。
「どういう、意味だよ」
「そのままの意味。方針が変わって、実験じゃなくて記録を見せる形になったでしょ」
「うん」
「それって、結局、私たちの気持ちが、また別の形で寮を救う材料にされるってことでしょ」
水瀬の声が、徐々に震え始めた。
「今までは、数字にされるのが嫌だった。でも、今度は、その数字の裏側にある気持ちまで、みんなの前で説明されるってことじゃない」
「いや、それは、みんなの感情の価値を伝えるためで」
「価値を伝えるために、私の気持ちを使うってこと自体が、嫌なの!」
水瀬が声を張り上げた。
「私が、亮太郎のことをどう思ってるかなんて、寮を救うための道具になんかしたくない」
水瀬の目に、うっすらと涙が滲んでいた。
「だから、感じないようにしてた。反応しないように、意識的に」
「そんなこと、できるのかよ」
「できるかどうかは分からないけど、そうしようとしてた。少なくとも、この気持ちだけは、誰にも測られたくなかったから」
「悪かった」
俺はようやく、そう口にした。
「水瀬の気持ちを、そんな風に扱うつもりはなかったけど、結果的に、そう感じさせてたんだな」
「……分かってくれれば、いいよ」
水瀬は目元を拭いながら、小さく頷いた。
「じゃあ、これからどうすればいいと思う」
俺が尋ねると、水瀬はしばらく考え込んだ。
「文化祭の発表、私の記録は、使わないでほしい」
「それは、もちろん」
「他のみんなの分は、それぞれの意思に任せればいいと思うけど」
水瀬の言葉には、これまでにない確かな強さがあった。
「なあ、水瀬」
「なに」
「今、俺のことをどう思ってるか、まだ聞いてもいいのか」
水瀬は一瞬、驚いたように目を見開いた。
「……今は、まだ、いい」
「そっか」
「いつか、ちゃんと言えるようになったら、言うから」
その言葉には、拒絶ではなく、猶予のようなものが込められているように感じられた。
夕暮れの裏庭に、しばらく静かな時間が流れた。
「戻ろうか」
俺がそう言うと、水瀬は小さく頷いた。
「うん」
二人並んで、寮の玄関に向かって歩き出す。
その歩幅は、いつもより少しだけゆっくりだった。
☆
寮に戻ると、リビングでは理央や奏、すずが心配そうな顔で待っていた。
「大丈夫だった?」
すずが恐る恐る尋ねる。
「うん、大丈夫」
水瀬が、少しだけ無理をした笑顔で答えた。
「水瀬の分の記録は、文化祭の発表から外すことにする」
俺がそう告げると、理央は少し考えてから頷いた。
「分かったわ。データ的には惜しいけど、本人の意思を優先すべきよね」
「ありがとう」
水瀬が小さく頭を下げた。
文化祭まで、あと数日。
俺たちは展示内容の修正に追われた。
水瀬の記録を外し、文章を書き直し、パネルを作り直した。




