第三十八キュン 俺も、よく分かってません
水瀬の発電量がほぼゼロになって数日が経った、ある夕方のことだった。
「寺坂くん、ちょっといい?」
台所で洗い物をしていると、理央がタブレットを片手に近づいてきた。
「なんだよ、また分析結果の報告か」
「違うわ。今日は、純粋に個人的な質問」
理央にしては珍しい前置きに、俺は少し身構えた。
「あなたは、水瀬さんのこと、どう思ってるの?」
直球すぎる質問に、俺は思わず手を止めた。
「どうって、その、寮の仲間として」
「そういう表面的な話じゃなくて」
理央は、いつになく真剣な目でこちらを見ていた。
「最近の水瀬さんの様子、気になってるでしょう」
「そりゃ、気になってるけど」
「単なる心配だけ? それとも」
「それとも、って」
言葉に詰まった俺を見て、理央は小さくため息をついた。
「あなた自身が、自分の気持ちに気づいていないだけかもしれないわね」
「……そんなこと、ないだろ」
「本当に、そう言い切れる?」
理央の問いかけに、俺はすぐには答えられなかった。
「べつに、答えなくてもいいわ。ただ、考えてみてほしいだけ」
理央はそう言うと、タブレットを片手に、そのままリビングへ戻っていった。
残された俺は、しばらく洗い物の手を止めたまま、その場に立ち尽くしていた。
☆
その日の夕方、リビングで一人絵を描いていた奏に、今度は俺の方から声をかけた。
「亮太郎くん、なんか、今日ぼーっとしてるね」
「そうですか」
「理央ちゃんに、何か聞かれた?」
奏の鋭い指摘に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
「なんで分かるんですか」
「なんとなく。あの子、たまに核心突いてくるからね」
奏はスケッチブックから顔を上げ、いたずらっぽく笑った。
「で、なんて聞かれたの?」
「その、水瀬のこと、どう思ってるかって」
「ああ、やっぱり」
奏は特に驚いた様子もなく、頷いた。
「亮太郎くんは、なんて答えたの?」
「答えられなかったです。自分でも、よく分からなくて」
俺は正直にそう答えた。
「よく分からないって、どういう風に?」
奏が続けて尋ねてくる。
「水瀬のこと、心配なのは確かなんです。でも、それが、その、心配とは違う、別の何かなのか、自分でも判断がつかなくて」
「なるほどね」
奏は、のんびりとした調子で相槌を打ちながら、俺の言葉に耳を傾けていた。
「亮太郎くん、ひよりちゃんのこと考えてる時、どんな気持ちになる?」
「どんな気持ち、って」
「例えば、ひよりちゃんが他の男子と楽しそうに話してたら、どう感じる?」
奏の質問に、俺は思わず口ごもった。
「……正直、あんまりいい気分はしないと思います」
「それは、ただの心配?」
「分からないです。心配って言えば心配なんですけど、それだけじゃない気もして」
俺の答えに、奏は小さく笑った。
「亮太郎くんって、たまにすごく鈍いよね」
「なんですか、急に」
「ううん、単純な感想」
奏はそう言いながら、スケッチブックに視線を戻した。
「自分の気持ちって、案外、自分では分かりにくいものだと思うよ」
「そういうものですか」
「うん。だから、無理に今すぐ答えを出さなくてもいいと思う。ただ、その気持ちから、目を逸らさないようにだけ、気をつけた方がいいかもね」
☆
次の日の放課後、下駄箱で靴を履き替えていると、すずが控えめに近づいてきた。
「亮太郎先輩」
「ん、どうした」
「水瀬先輩のこと、心配ですよね」
「ああ、まあな」
「私も、心配です。でも」
すずは少し言葉を選ぶように続けた。
「亮太郎先輩の心配は、私たちのとは、ちょっと違う気がします」
「違うって」
「なんて言えばいいか、うまく言えないんですけど」
すずは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「先輩が水瀬先輩のこと話す時、いつもより、声のトーンが優しい気がします」
すずの指摘に、俺は思わず言葉を失った。
「そう、なのか」
「はい。私、そういうの、最近、少し分かるようになってきたので」
すずは、はにかみながらそう付け加えた。
その言葉が、俺の中でこれまで曖昧だった何かを少しずつ形にしていくようだった。
☆
寮に着くと、水瀬がちょうど玄関先で、洗濯物を取り込んでいるところだった。
「おかえり」
「ただいま」
いつも通りの短いやり取りだったが、その一瞬に、これまでとは違う何かを感じた。
「水瀬、少し、話せるか」
俺がそう切り出すと、水瀬は少し驚いたように振り返った。
「話って、なに」
「まだ、うまく言葉にできてないんだけど」
俺は、正直にそう答えた。
「ただ、水瀬のこと、ちゃんと考えたいと思ってる」
水瀬はしばらく黙ったまま、俺の言葉を受け止めているようだった。
「……今は、それだけで、じゅうぶん」
水瀬はそう言って、小さく笑った。
その笑顔を見て、胸の奥がわずかに熱くなる。
けれど今は、その理由を無理に言葉にしなくてもいい気がした。




