第三十七キュン 水瀬が、最近ときめかない
七夕を過ぎたある日、理央が過去のデータを整理する中で、ある異変に気づいた。
「ちょっと、これ見て」
理央がタブレットの画面をみんなに見せる。
「水瀬さんの発電量、ここ数日、ほぼゼロになってるわ」
「え」
俺は思わずグラフを覗き込んだ。
これまで、水瀬個人の数値は非表示になっていたはずだが、記録自体は続いていたらしい。そのグラフが平坦な線を描いていた。
寮の発電量が減ることより先に、「俺に何も感じなくなったのか」と思ってしまった。
そんな自分に気づいて、少しだけ戸惑った。
☆
「水瀬、体調でも悪いのか?」
夕食の席で尋ねると、水瀬は少し驚いたように顔を上げた。
「べつに、普通だけど」
「でも、発電量が」
「それ、見えないようにしてるはずでしょ」
「記録自体は残ってるみたいで」
水瀬は一瞬、気まずそうな表情を見せてから、すぐにいつもの調子に戻った。
「特に何もないよ。強いて言えば、最近ちょっと疲れてるだけ」
☆
その日の夜、リビングでこっそり相談が行われた。
「これ、心配した方がいいんじゃない?」
奏が真剣な表情で言う。
「水瀬さん、何かあったのかしら」
理央も珍しく不安げな様子を見せた。
「体調が悪いなら、無理させない方がいいですよね」
すずも心配そうに頷く。
「本人には聞いたけど、はぐらかされた」
俺が状況を説明すると、理央は考え込むように顎に手を当てた。
「ゼロに近い数値が続くのは、これまでのデータ傾向から見ても異常よ。何かしらの心理的な変化があった可能性が高いわ」
「心理的な変化って」
「それは、私にも分からない。データだけでは、原因までは特定できないから」
☆
翌朝、俺はいつもより早くリビングに降りた。
まだ誰も起きていない時間、水瀬がキッチンで一人、ぼんやりとコップの麦茶を見つめていた。
「おはよう」
「……おはよう」
いつもより返事が遅かった。
「大丈夫か」
「大丈夫だって、さっきも言ったでしょ」
言葉は強気だったが、その表情には、これまで見たことのない翳りがあった。
「なあ、水瀬」
「なに」
「本当に、何もないのか」
水瀬はしばらく黙ったまま、コップの水面を見つめていた。
「……べつに、話すようなことじゃないから」
「話すようなことじゃないって、それ、何かあるってことじゃないのか」
「そういう風に、深読みしないでよ」
水瀬はコップを流しに置くと、逃げるようにリビングを出て行ってしまった。
☆
その日、学校でも水瀬の様子はどこかおかしかった。
「水瀬さん、最近元気ないよね」
休み時間、クラスメイトの女子が心配そうに話しかけているのが聞こえた。
「そう? いつも通りだけど」
水瀬は明るく振る舞おうとしていたが、その笑顔にはいつもの張りがなかった。
方針転換が決まってから、水瀬の様子は少しずつ変わっていた。
☆
「水瀬先輩、最近元気ないですよね」
放課後、すずが心配そうに俺に話しかけてきた。
「俺も気づいてるけど、理由が分からなくて」
「私も、何か聞いた方がいいのか、迷ってます」
「無理に聞き出すのも、違う気がするしな」
☆
その夜、理央がタブレットを見ながら、ぽつりと呟いた。
「もしかしたら」
「なに」
「水瀬さん自身が、無意識に発電を抑えている可能性があるわ」
「抑えるって、そんなことできるのか」
「感情の反応自体を止めることはできなくても、それに気づかないふりをすることはできるはずよ。心理的な防衛反応として」
理央の推測に、俺は言葉を失った。
「でも、なんでそんなことするんだよ」
「それは、私にも分からない。ただ、方針転換のタイミングと重なっているのが、気になるところね」
理央の指摘に、俺は思わず考え込んだ。
あの夜、水瀬は確かに、これまでの方針に救われたと言っていた。
それなのに、なぜ今、発電量がゼロに近づいているのか。
「原因、まだ分からないままか」
「今のところは」
☆
その夜遅く、俺はリビングの窓から、暗い庭を眺めていた。
水瀬の部屋の明かりは、まだ消えていない。
何かを考え込んでいるのか、それとも単に眠れないだけなのか、俺には確かめる術がなかった。




