第三十六キュン キュンを作るのは、やめよう
文化祭の企画会議を重ねる中で、俺の中である考えが次第に固まっていった。
「なあ、みんな」
夕食後のリビングで、俺は思い切って切り出した。
「今回の発表、根本的な方針を変えたいんだけど」
「方針って?」
水瀬が首をかしげる。
「無理にときめかせる実験は、もうやめよう」
リビングが一瞬静まり返る。
「それ、具体的にはどういうこと?」
理央が確認するように尋ねた。
「これまでずっと、発電量を増やすためにどうすればいいか、って考えてきただろ。でも、強化週間の時に分かったことがある」
「意図的な演出では発電しない、ってことね」
「そう。だったら、無理に何かを作り出すんじゃなくて、日常生活の中で自然に生まれる感情を、そのまま集めて見せる方がいいんじゃないか」
「つまり、これまでの記録をそのまま発表するってこと?」
奏が確認する。
「そう。狙って発電させるんじゃなくて、これまで実際に起きた、ごく普通の出来事の積み重ねを見せる」
「玄関でぶつかった話とか、勉強教えた話とか」
「そういうの、全部含めて」
「でも、それだと発電量そのものは増えないわよね」
理央が現実的な指摘をする。
最初は、女の子をときめかせれば電気がつく。それだけの話だと思っていた。
でも今は、その考え方自体が少し怖かった。
「発電量を無理に増やすことより、この寮でどんな感情が積み重なってきたか、その価値を伝える方向にシフトしたい」
俺は自分の考えを、できるだけ丁寧に言葉にした。
「発電効率だけを見せるんじゃなくて、そこにある感情そのものの意味を、ちゃんと伝えたい」
「亮太郎くんらしい考え方だね。私は賛成。無理に何かを演出するより、ずっと誠実だと思う」
奏が穏やかな表情で言った。
「わ、私も、賛成です」
すずも小さく、しかしはっきりと頷いた。
「白峯は、どう思う」
俺が尋ねると、理央はしばらく考え込んだ。
「研究者としては、発電量という定量的な成果を示せない方針は、正直不安が残るわ」
「それは分かってる」
「でも」
理央は続けた。
「これまでのデータを見返して、私自身も感じていたことがある。数値だけでは説明できない部分が、確かに存在するということ」
「白峯がそう言うの、珍しいな」
「事実を認めているだけよ」
「水瀬は、どう思う?」
最後に俺は水瀬に尋ねた。
水瀬はしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「私は、賛成」
「うん」
「昨日、原稿を書いてて思ったんだけど。数字そのものより、そのとき何があったのかを伝える方が、ずっと大事だと思う。だから、今の寺坂くんの考え方には、すごく救われる気がする。私たちの気持ちを、数字じゃなくて、ちゃんと意味のあるものとして扱ってくれるなら、それでいい」
「じゃあ、方針は決まりね」
理央がタブレットに新しい方針を書き込み始める。
「無理な演出はやめて、日常の記録をそのまま発表する。それでいい?」
「うん、それでいい」
全員が頷いた。
☆
その夜遅く、秋月先生を交えて、正式な方針転換の相談が行われた。
「みんなでそう決めたなら、私も賛成するよ」
秋月先生は、意外にもあっさりと了承した。
「学園への説得は大変になるかもしれないけど、私からも協力する」
「先生、賛同してもらえるとは思ってましたけど」
「そりゃそうだよ。人の気持ちは、実験材料じゃないからね」
珍しく真剣な口調で言った秋月先生の言葉に、リビングの空気が少しだけ引き締まった。
「じゃあ、これからは、発電量を増やすことじゃなくて、この寮での日常をちゃんと記録することに集中しよう」
俺がそう言うと、みんなが改めて頷いた。
「具体的にどう記録していくか、明日からまた考えましょう」
理央が新しい方針に沿って、計画を立て直し始める。
会議が終わり、それぞれが部屋に戻っていく中、俺は一人リビングに残っていた。
これまでの一学期、発電量という数字に振り回されてきた部分は、確かにあった。それでも、その数字の裏にある一つ一つの感情は、決して単なるデータではなかったはずだ。
☆
七月七日の夕方、星見風寮の玄関には、小さな笹が飾られていた。
「七夕くらい、こういうのやってもいいでしょ」
奏がどこからか用意してきたらしい。
細い枝には、色とりどりの短冊が揺れている。
「有馬先輩、こういう行事好きですよね」
「季節のものは大事だよ」
水瀬も、すずも、理央も、それぞれ一枚ずつ短冊を手にしていた。
「何書けばいいんだ」
「願い事なら何でもいいんじゃない?」
水瀬にそう言われて、俺も短冊を一枚受け取った。
少し考えてから、ペンを走らせる。
――この寮が、来年もちゃんとここにありますように。
書き終えて顔を上げると、隣で水瀬が慌てて自分の短冊を隠した。
「見るなって」
「見てないよ」
「絶対見ようとした」
「してないって」
言い合いながら、俺たちはそれぞれ短冊を笹に結んだ。
風が吹くたびに、何枚もの短冊が小さく揺れる。
誰が何を書いたのか、俺には分からなかった。
ただ、その中にきっと、同じような願いがいくつか混じっている気がした。
この寮で、もう少しみんなと過ごしたい。
そんな願いが。
玄関の上では、笹の葉がさらさらと小さな音を立てていた。




