第三十一キュン 第一回・ときめき強化週間
その翌日、秋月先生がリビングに大きな紙を広げた。
「第一回、ときめき強化週間、開催します」
「先生が言うと、ますます胡散臭く聞こえますね」
水瀬が疑わしげな目で見る。
「失礼だなあ。真面目に考えたんだよ」
紙には「デート実験」「褒め言葉トレーニング」「手料理チャレンジ」といった項目が並んでいた。
「……期末テスト間近なのに、こんなことしてる場合じゃなくない?」
水瀬が紙を見ながら眉をひそめる。
「廃寮の危機と期末テスト、どっちが大事?」
秋月先生が真顔で聞き返した。
「どっちも大事です!」
水瀬が即答した。
☆
初日は「遊園地的デート実験」と称して、寮の近くの小さな公園を使ったアトラクション企画が実施された。
「これ、遊園地感、全然ないんだけど」
水瀬がブランコを見ながら呆れた声を上げる。
「予算の都合でね」
秋月先生が悪びれずに答える。
「ブランコ二台で遊園地を名乗るの、だいぶ勇気あるね」
奏がのんびりと付け加えた。
「気持ちの問題だよ」
「発電も気持ちですけどね」
「じゃあ、まず寺坂くんと水瀬さん、あのブランコで並んで揺れてみて」
「なんでですか?」
「デートっぽいシチュエーションを再現するためだよ」
水瀬が渋々ブランコに座り、俺も隣に腰掛ける。
「これ、絶対恥ずかしいだけだと思う」
「同感」
ぎこちなく揺れる二人を、理央がタブレットで記録していた。
「発電量、ゼロね」
「でしょうね」
狙った演出は、見事に空振りに終わった。
☆
二日目は「褒め言葉トレーニング」だった。
「今日は、お互いを褒め合う練習をします」
理央がホワイトボードに褒め言葉の例文を並べる。
「『今日の髪型、似合ってるね』『笑顔が素敵だね』」
「これ、台本読んでる感がすごいんだけど」
「感情がこもってなくても、言葉の効果を検証する必要があるわ」
俺は仕方なく、練習として奏に声をかけた。
「先輩、今日の服、似合ってますね」
「棒読みすぎ」
奏が笑いながら突っ込む。
「感情成分、ほぼゼロね」
理央も突っ込んだ。
「機械より先に判定するなよ」
モニターは反応しなかった。
☆
三日目、「手料理チャレンジ」の日には、寮生全員で特別な料理を作ることになった。
「今日は、みんなでいっしょにケーキを作りましょう」
「これも計画の一環ですか」
「もちろん。共同作業による感情の高まりを検証する目的」
秋月先生の説明はもっともらしいが、実際に台所に立ってみると、単なる楽しい共同作業以上のものにはならなかった。
「小松さん、生クリーム上手だね」
「あ、ありがとうございます」
自然な会話の中で、小さな発電はあったものの、狙った効果とは程遠い数字だった。
☆
「なんか、全部わざとらしくて逆に発電しない気がする」
三日間の実験を振り返って、水瀬がぽつりと呟いた。
「同感ね」
理央がデータを見ながら頷く。
「狙って作った状況では、有意な発電量が観測されていないわ」
「じゃあ、この強化週間、意味なかったってこと?」
「意味がなかったわけではないわ。むしろ、重要な結論が出たと言える」
☆
その夜、リビングで振り返りの会が開かれた。
「これまでの三日間で分かったこと」
理央がタブレットを見ながら発表する。
「意図的に作られたシチュエーションでは、発電量はほとんど変化しない。むしろ、寮生同士の何気ないやり取りの中で発電が起きている」
「つまり、無理やり演出しても意味ないってことか」
俺が確認すると、理央は頷いた。
「そう考えられるわ」
「振り返れば、これまで大きく発電した瞬間って、全部予定外のことだったよね」
水瀬が思い出すように言う。
「玄関でぶつかった時とか」
「勉強教えてもらってる時とか」
「すずちゃんが初めて寺坂の名前を呼んだ時とか」
みんなが口々に思い出を挙げていく中、一つの共通点が浮かび上がった。
「全部、狙ってなかった」
「そうね」
理央が頷いた。
「じゃあ、これからどうするんですか?」
すずが心配そうに尋ねる。
「強化週間、中止にしますか?」
「いや」
俺は少し考えてから答えた。
「無理にときめかせること自体が、間違いだったんじゃないかって思う」
リビングにいた全員が、俺の言葉に耳を傾けていた。
「発電量を増やすために何かを作るんじゃなくて、普通に生活してればいいんじゃないか。今までだって、それでじゅうぶん発電してきたわけだし」
「でも、それだと目標達成できるかどうか分からないわよ」
理央が現実的な指摘をする。
「それでも、無理に演出するよりはマシだと思う」
「亮太郎くんの言う通りかもね」
奏がのんびりとした口調で同意した。
「私たちが自然でいることが、一番の発電方法なのかも」
「私も、そう思います」
すずも頷く。
「まあ、私も強化週間の企画者だけど、正直あんまり手応え感じてなかったし」
秋月先生が軽い調子で認める。
「じゃあ、明日から通常運転に戻すってことでいいですか」
「異論ないわ」
理央も同意した。
☆
振り返りの会が終わり、それぞれが部屋に戻っていった。
俺は一人リビングに残り、さっき口にした言葉を思い返す。
「無理にときめかせること自体が、間違いなのかもな」




