第二十九キュン この寮、なくなるかもしれません
神崎さんの監査が終わって数日後。
秋月先生が、いつになく神妙な顔でリビングに現れた。
手には、一枚の文書が握られている。
いつものように軽口を叩くこともなく、秋月先生はテーブルの前まで来ると、俺たちの顔を順番に見回した。
「……ちょっと、みんなに話があります」
その声だけで、いい知らせではないことが分かった。
秋月先生は一度、手元の紙に目を落としてから、ゆっくりと口を開いた。
「学園から、正式通知が来ました。星見風寮の実証実験について、今学期末までに発電量が基準値へ達しなかった場合、実験は終了。今学期末をもって寮も閉鎖される」
紙を読み上げる秋月先生の声が、いつもより硬く聞こえた。
リビングに静寂が落ちる。
「閉鎖って、私たちどうなるんですか?」
すずが不安げに尋ねた。
「別の寮に移ることになるかな。まあ、まだ決定事項ではないから」
「まだって、私たちに出来ることはないんですか?」
水瀬が心配そうに尋ねた。
「たぶん学園側としては、文化祭あたりを一つの区切りに考えてるんじゃないかな」
秋月先生が、手元の文書を見ながら言った。
「区切り?」
「うん。研究展示もあるし、そこで何かしら成果を示すよう求められる可能性は高いと思う」
「成果って、発電量のことですか?」
すずが不安そうに尋ねる。
「それも含めて、かな。まだ正式には何も言われてないけど」
秋月先生はそう付け加えた。
理央が冷静にタブレットで日付を確認する。
「文化祭まで、もう一ヶ月切ってるわね」
「一ヶ月もないって、短すぎませんか」
水瀬が声を上げる。
正式に決まったわけではない。
それでも、文化祭までに何かを示さなければならない。
そんな見えない期限が、急に目の前へ近づいてきた気がした。
「基準値って、具体的にどのくらいなんですか?」
俺が尋ねると、秋月先生は資料を指差した。
「現在の発電量の、約一・五倍」
「一・五倍って、無茶苦茶じゃないですか」
「まあ、学園側も本気で寮を残したいわけじゃないっぽいからね」
秋月先生はいつもの軽い口調で言うが、その言葉には少しの棘があった。
「神崎さんの監査報告書が、廃止方向に効いたんですか」
「それも一因かな。でも、それだけじゃない。もともとこの実証実験、予算的にも綱渡りだったから」
秋月先生の説明に、寮生たちは互いに顔を見合わせた。
「これまでの騒動、全部無駄になるってことですか?」
水瀬が悔しそうに呟く。
「無駄とは言ってないよ。ただ、結果を出さないといけないってだけ」
奏が意外にも冷静な口調で言った。
「先輩、なんか落ち着いてますね」
「落ち着いてるっていうか、慌てても仕方ないから」
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
すずが縋るように理央を見た。
「単純に考えれば、発電量を増やすしかないわ」
「それは分かってますけど」
「具体的な方法は、これから考える必要があるでしょうね」
理央がタブレットに計算式を打ち込み始める。
「今のペースだと、目標達成まで、あと相当な積み上げが必要ね」
「相当ってどのくらい?」
「毎日、これまでの倍以上の発電を続ける必要があるわ」
「無理じゃない、それ」
水瀬が頭を抱えた。
☆
その夜、対策会議と称して、秋月先生と寮生全員がリビングに集まった。
「じゃあ全員で毎日少女漫画読めばいい?」
水瀬が半ば投げやりに提案する。
「それで発電できたら苦労しない」
理央が即座に切り返す。
「少女漫画読んで発電するなら、私、毎日徹夜してもいい」
「読書量と発電量に相関があるとは限らないわ」
「じゃあ何すればいいのよ!」
水瀬の叫びに、リビングが少しだけ和んだ空気になった。
「まあ、深刻に考えすぎても仕方ないですよね」
すずが控えめに口を挟んだ。
「すずちゃんも、こういう場面で意見言えるようになったんだね」
奏が感心したように言う。
「あ、その、みんなが暗い顔してると、私もつらくて……だから、その……私でも、少しは明るくしたいなって」
「小松さんの言う通りね」
理央が珍しく素直に頷いた。
「深刻な状況だからこそ、いつも通りに過ごすことも重要かもしれないわ」
「でも、実際どうするんだよ」
俺が尋ねると、秋月先生が資料をテーブルに広げた。
「とりあえず、落ち着いて対策を考えていこうか。焦っても仕方ないし、まずはみんなでアイデアを出そう」
「先生、意外と冷静ですね」
「一応、責任者だからね。慌てても解決しないってことくらいは分かるよ」
秋月先生の言葉には、普段の軽さの奥に、確かな覚悟があるように感じられた。
☆
会議は結局、具体的な結論が出ないまま終わった。
それでも、寮生たちの表情には、悲観よりも前を向く色の方が強く見えた。
「とりあえず、明日からできることを一つずつ考えよう」
俺がそう言うと、みんなが頷いた。
「まずは、私が過去のデータを整理して、効果的な要因を分析するわ」
理央が真っ先に手を挙げる。
「私は、明日の授業終わりまでに何か案考えとくよ」
奏もそれに続いた。
「私も、私にできることを、考えます」
すずが小さいながらもはっきりとした声で言う。
「私だって、何かするから」
水瀬も負けじと声を上げた。
☆
会議が終わり、それぞれが部屋に戻っていく中、俺は一人リビングに残っていた。
窓の外は、すっかり夜が更けている。
寮の灯りは、今夜もいつも通り灯っていたが、その光の意味が、これまでとは少し違って感じられた。
単なる日常の延長ではなく、守るべきものになった灯り。
ばあちゃんの代わりで仕方なく始めただけだった。でも今は、誰かに頼まれたからじゃない。
俺自身が、この寮をなくしたくないと思っていた。




