↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の家賃、君の【胸キュン】で払えますか? ~ときめき発電寮の管理人になりました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/31

第二十三キュン 先輩、卒業後の話をすると停電します

 翌日の夕方。研究資料を届けに来た秋月先生も、そのまま寮で夕食を取ることになった。

「近くの川でホタルが見られるらしいよ。今夜、行ってみない?」

「ホタルって、こんな街中でも見られるんですね」

 すずが驚いたように顔を上げた。

「学園の裏手にある小川、意外と綺麗なんだよ。毎年この時期だけ、少し光るんだって」

 秋月先生の言葉に、水瀬が真っ先に反応した。

「行きたい。見たことないかも、実物のホタル」

「私も、賛成」

 奏がのんびりと頷く。

     ☆

 夕食を終えると、寮生全員で懐中電灯を片手に、夜の道を歩き始めた。

 街灯の少ない裏道に入ると、周囲は次第に暗さを増していく。

「なんか、探検みたいですね」

 すずが、少し弾んだ声で言った。

「危ないから、足元気をつけろよ」

 俺がそう声をかけると、すずは小さく頷いて、俺のすぐ後ろについてきた。

     ☆

 川沿いの小道に着くと、秋月先生が懐中電灯を消すよう指示した。

「灯り消して、少し待ってみよう」

 全員が懐中電灯を消すと、あたりは一気に闇に包まれた。

 最初は何も見えなかった川面の暗がりに、やがてぽつり、ぽつりと、淡い光が浮かび始めた。

「あ……」

 すずが小さく息を呑む声が聞こえた。

 一つ、また一つと、ホタルの光が草むらの間を漂い始める。橙色でも白色でもない、淡い緑がかった光が、まるで呼吸するように強くなったり弱くなったりしながら、闇の中をゆっくりと移動していた。

「綺麗……」

 水瀬が、隣で小さく呟いた。

「思ったより多いね」

 奏が、川面を見つめながら言う。その横顔が、ホタルの淡い光にぼんやりと照らされていた。

「毎年、この時期だけなんだ」

 秋月先生の説明に、理央が頷いた。

「短命な発光現象ね。成虫の寿命自体、二週間程度しかないと言われているわ」

「理央、そういう豆知識、こういう時くらい言わないでもよくない?」

 水瀬が小さく笑いながら突っ込む。

 しばらくの間、誰も何も言わず、ただ光の群れを眺めていた。

 風が吹くたびに、草の匂いが強くなったり弱くなったりする。遠くで、川のせせらぎがかすかに聞こえていた。

 その静けさの中、ホタルの光だけが、ゆっくりと明滅を繰り返している。

「なんか、この光も、感情エネルギーみたいですね」

 すずが、ふと呟いた。

「どういう意味だ?」

「その、短い時間しか光らないのに、それでも一生懸命光ってるっていうか」

 すずの言葉に、俺は思わずホタルの光を見つめ直した。

「そうね」

 理央が珍しく、感傷的な口調で頷いた。

「限られた時間の中でしか輝けないものだからこそ、価値があるのかもしれない」

「白峯がそういうこと言うの、珍しいな」

「今日だけの気まぐれよ」

 理央はそう言いながらも、しばらくホタルの光から目を離さなかった。


 少し離れた場所で、奏は一人、じっと川面を見つめていた。

「有馬先輩、どうかしましたか?」

 俺が声をかけると、奏はゆっくりとこちらを振り返った。

「ううん、なんでもない。ただ、この光見てたら、なんとなく、色々考えちゃって」

 奏の声には、いつもの飄々とした調子とは少し違う、静かな翳りがあった。

「考えちゃうって、何をですか?」

「うーん、まだうまく言葉にできないんだけど」

 奏は小さく笑って、それ以上は続けなかった。

           ☆

 三十分ほど眺めた後、寮生たちは名残惜しそうに帰路についた。

「また来年も、みんなで見に来たいですね」

 すずが、歩きながら小さく呟く。

「……来年は、有馬先輩いないけどね」

 水瀬がぽつりと言った。

「でも、卒業しても、誘ってくれたら来るよ」

 奏は少しだけ寂しそうに笑った。

「絶対誘います」

 すずはそう答えながら、少しだけ寂しそうに奏を見た。


     ☆


 六月上旬、寮のリビングにいつもと違う空気が流れていた。

「有馬先輩、最近スケッチブック持ち歩かなくなりましたね」

 すずがふと気づいたように呟いた。

「あー、うん。ちょっとね」

 奏はいつものんびりした調子だが、答え方がどこか歯切れ悪い。

「進路調査票、まだ出してないですよね」

 理央が容赦なく核心を突く。

「理央ちゃん、そういうとこ本当に容赦ないよね」

「事実を確認しているだけよ」

     ☆

 その夜、俺は廊下を通りかかった際、奏の部屋の前で足を止めた。

 ドアの隙間から、進路資料らしきパンフレットが床に散らばっているのが見えた。

「先輩、ちょっといいですか」

 声をかけると、少し間があってから返事があった。

「あ、亮太郎くん。どうぞ」

 部屋に入ると、大学の資料が机の上に何冊も積まれている。

「これ、全部美大の資料ですか」

「うん。まあ、進路のこと、そろそろ決めないとって言われてて」

「有馬先輩、美大目指してたんですね」

「目指してた、っていうか」

 奏は資料の一冊を手に取って、しばらく眺めてから机に戻した。

「正直、まだ迷ってる」

「先輩なら、実力的にも問題ないんじゃないですか」

「実力の話じゃないんだよね」

 奏は珍しく、いつもの余裕のある笑みを見せなかった。

「絵を仕事にするのって、思ってたより怖いことだなって、最近思うようになって」

「怖いって」

「今は好きなように描いてるだけでいいけど、仕事にした瞬間、評価されるものになるでしょ。それが、その」

 言葉を選ぶように、奏は少し間を置いた。

「上手くいかなかったとき、好きだったものまで嫌いになりそうで、怖い」

 いつもの飄々とした口調とは違う、素の弱さが滲んでいた。

「先輩がそんな風に思ってるの、初めて知りました」

「あんまり、こういう話しないようにしてるからね」

 奏は苦笑いを浮かべる。

「余裕あるふりしてる方が、楽なこともあるから。それに、三年生が不安そうにしてたら、みんなまで不安になるでしょ」

「でも」

 俺は少し考えてから続けた。

「怖いって思うのは、それだけ本気で向き合ってるってことなんじゃないですか」

「……そうかな」

「適当にやってたら、怖いなんて思わないと思います。俺は絵のことよくわかんないですけど、それくらいは分かります」

 奏はしばらく黙って俺を見つめていた。

「亮太郎くんって、たまにこういう、変に真面目なこと言うよね」

「悪いですか」

「ううん。悪くない」

 奏は小さく笑って、机の上の資料をまとめ直した。

「もう少し、ちゃんと考えてみようかな」

「それがいいと思います」

 その瞬間だった。

 ――ピコン。

『感情エネルギーを検出しました。四・一キュン』

「あ」

 部屋の壁際にある小型モニターが光った。

「今の、久しぶりに大きい数字ね」

 奏は驚いたように自分の手元を見て、それから少し照れたように笑った。

「亮太郎くんに励まされて発電するの、なんか変な感じ」

「変な感じでいいですよ、べつに」

「うん」

 奏はいつもの調子に戻りつつも、どこか柔らかい表情のままだった。

     ☆

 部屋を出ようとしたところで、奏が呼び止めた。

「亮太郎くん」

「なんですか」

「今日の話、あんまり大袈裟に扱わないでほしいな。理央ちゃんとか、絶対データにしそうだから」

「それは、まあ、分かります」

「でも、聞いてくれてありがとう」

 その言葉には、いつもの軽さとは違う、確かな重みがあった。

     ☆

 リビングに戻ると、理央がタブレット片手に待ち構えていた。

「今の発電、何があったの?」

「べつに、たいしたことじゃない」

「四・一キュンはたいしたことよ」

「先輩のプライベートなことだから、言わない」

「発電データの原因分析に必要なんだけど」

「本人が嫌がってるなら駄目だろ」

「珍しく口が堅いのね」

 理央は少し不満げな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。

「まあ、いいわ。数値だけ記録しておく」

「それは好きにしろよ」

     ☆

 その夜、寝る前になっても、有馬先輩のことが少し気になっていた。

 普段は余裕そうに笑っている先輩にも、ちゃんと迷いや不安がある。

「有馬先輩、大丈夫かな」

 誰にともなく呟いて、俺は部屋の明かりを消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。