第十九キュン 理央にも、順位あります
水瀬のランキング騒動から数日が経った。
あれから寮のみんなで話し合い、発電量の表示については少しルールを変えることになった。
「寮の中だけなら、誰のデータか分かった方が便利だと思う」
理央の提案に、最初は嫌そうな顔をしていた水瀬も、最後には渋々頷いた。
「……勝手に外へ出したりしないなら、まあ」
「当然よ。寮内の端末だけに限定するわ」
そんなわけで、理央が表示設定を調整し、寮生同士なら個人別の発電量も確認できるようにした。
☆
その日の夜のことだった。
「ちょっと、これ見て」
秋月先生が、いつになく神妙な顔でタブレットを片手にリビングに現れた。
「また何かあったんですか」
「システムの更新作業をしてたら、見落としてた表示項目が出てきてね」
画面には、以前見たものと似た棒グラフが表示されていた。
ただし、今回のものには「観測者データ」という、聞き慣れない項目がついている。
「観測者データって、何ですか」
俺が尋ねると、秋月先生は少し言いにくそうな表情を見せた。
「じつは、このコンバーターシステム、観測記録を取っている理央さん自身の反応も、記録対象になってたんだよね」
リビングにいた全員の視線が、一斉に理央に集まった。
「……」
理央は、珍しく何も言わなかった。
「白峯、今の話、知ってたのか」
俺が尋ねると、理央はゆっくりと視線を逸らした。
「……知らなかったわ、正確には」
「正確にはって、どういうことだよ」
「自分がデータ収集の対象になっている可能性は、理論上は想定していたわ。でも、実際に数値として記録されているとは、思っていなかった」
理央の声は、いつもより少し硬かった。
「じゃあ、理央にも、順位あるってこと?」
水瀬が興味津々に尋ねる。
「……そういうことになるわね」
秋月先生がタブレットをスクロールすると、ひより、すず、奏のデータの下に、もう一つの棒グラフが小さく表示されていた。
「これ、理央さんの分」
「意外と、高いですね」
すずが遠慮がちに呟く。
「え、待って、これ、他のみんなの平均より高くない?」
水瀬が驚いたように声を上げた。
「そんなわけ、ないでしょう」
理央は即座に否定しようとしたが、その声は明らかに動揺していた。
「理央、私たちより発電してるじゃん」
「統計上の誤差よ」
「平均超えてるのに?」
「システムのバグかもしれないですし、一旦、詳しく確認した方がいいんじゃないですか」
俺が助け舟を出すと、秋月先生は頷きながらデータを詳しく見始めた。
「うーん、いや、これ、バグじゃなさそうだね。ちゃんと記録として一貫性があるし」
「これ、いつからの記録なんですか?」
「システムが導入された最初から、みたいね」
秋月先生の言葉に、理央の顔が、これまで見たことのないほど強張った。
「つまり、私が寮に来た日から、ずっと記録され続けていたということ」
「そういうことになるね」
理央はしばらく黙り込んだまま、タブレットの画面を見つめていた。
☆
その夜、いつも通りの夕食が終わった後、理央は珍しく早々に自室へ戻ってしまった。
「白峯先輩、大丈夫でしょうか」
すずが心配そうに呟く。
「なんか、いつもと様子違ったよな」
水瀬も同意するように頷いた。
「まあ、無理もないよ」
奏がのんびりとした口調で言う。
「理央ちゃん、いつも人の感情を分析する側だったんだから、逆に自分が分析される側になるの、抵抗あって当然だと思う」
奏の言葉に、リビングの空気が少し静かになった。
☆
その夜遅く、俺は片付けを終えてから、理央の部屋の前で足を止めた。
ドアの隙間から、微かな明かりが漏れている。
「白峯、起きてるか」
声をかけると、少し間があってから返事があった。
「……起きてるわ」
部屋に入ると、理央はベッドに腰掛け、タブレットを手に持ったまま、じっと画面を見つめていた。
「大丈夫か」
「べつに、大丈夫よ」
いつもの淡々とした口調だったが、その声には、いつもより力がなかった。
「今日の話、まだ気にしてるのか」
「気にしていないと言えば、嘘になるわね」
理央は、タブレットの画面を俺に見せた。
「これ、私の週間発電量の推移。今まで気づかなかったけど、地味に増加傾向にあるの」
「増加傾向って、何が理由なんだ」
「それが、分からないから、余計に落ち着かないの」
理央は、珍しく弱った表情を見せた。
「私は、これまで、みんなの感情を分析する立場だった。でも、その分析対象が、じつは自分自身にも当てはまっていたということが、正直、受け入れがたいわ」
「分析する側の白峯も、ちゃんと感情持ってるってだけの話だろ」
「そんな単純な話じゃないわ」
理央は少し語気を強めた。
「私は、感情を客観的に観察し、記録する立場だと自分に言い聞かせてきた。そうすることで、自分の不器用な感情表現の代わりにしていた部分があるの。なのに、今回のことで、私自身も、結局は測られる存在の一人だったと突きつけられた気がして」
理央の声は、次第に小さくなっていった。
「なんか、地面がなくなったみたいな感覚」
「地面がなくなるって、大袈裟じゃないか」
「大袈裟じゃないわ。私にとって、この寮での役割は、観察者であること。それが、私の唯一の立ち位置だったの」
「でも、今回のことで、その立ち位置が崩れたって思ってるのか」
理央は、ゆっくりと頷いた。
「観察者のはずの自分が、じつは観察される側でもあったなんて、これまでの前提が、根本から揺らいでいる気がして」
その言葉には、これまでの白峯からは想像できないほどの、率直な不安が滲んでいた。
「なあ、白峯」
俺は、できるだけ落ち着いた声で続けた。
「観察する側とされる側、そんなにはっきり分けなくてもいいんじゃないか」
「どういう意味」
「白峯は、みんなの感情をちゃんと見てきただろ。それと同じように、白峯自身の感情も、誰かに見てもらえばいいだけの話じゃないか」
理央は、しばらく黙ったまま、俺の言葉を反芻しているようだった。
「見てもらうって、簡単に言うけど」
「簡単じゃなくていいだろ、べつに。今日みたいに、正直に話してくれるだけで、俺は嬉しいけどな」
「……嬉しいって、何が」
「白峯が、いつもの分析口調じゃなくて、素直な気持ち話してくれたこと」
俺がそう言うと、理央は少し驚いたように目を見開いた。
「そんなこと、初めて言われたわ」
「そうか?」
「ええ。いつも、私の言葉は、理屈っぽいとか、感情がないとか、そういう風に受け取られることが多いから」
理央の声には、少しだけ寂しさが滲んでいた。
「理屈っぽくても、それが白峯のやり方なんだから、いいんじゃないか」
「そのやり方が、今回みたいに崩れることもあるわ」
「崩れても、また立て直せばいいだろ。それも、白峯らしいやり方で」
理央は、俺の言葉をしばらく反芻するように黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうね。少し、考えてみるわ」
「ああ」
「ねえ、寺坂くん」
「なに」
「私の発電量が高かったこと、みんなには、あまり詳しく話さないでもらえる?」
「べつにいいけど、なんでだよ」
「まだ、自分の中で整理がついていないから」
理央の言葉には、これまでの毅然とした態度とは違う、素直な脆さがあった。
「分かった。俺も、あんまり詳しくは知らないふりしとくよ」
「ありがとう」
理央は小さく笑った。
☆
部屋を出る前、俺はふと思いついたことを口にした。
「そういえば、この前もらったチョコ、まだ残ってるか」
「あるけど、今それ関係ある?」
「いや、なんとなく、甘いもの食べた方が、気分変わるかなと思って」
「単純ね」
理央は呆れたように言いながらも、机の引き出しから箱を取り出した。
二人で、小さなチョコレートを一つずつつまむ。
「これ食べてる時だけは、素直な気分になれるって、この前も言ってたよな」
「そうね。今も、少しだけ、落ち着いた気がするわ」
理央の表情が、少しだけ和らいでいた。
☆
理央の部屋を後にして、自分の部屋へ戻る途中、俺はふと壁のモニターに目をやる。
ひより、すず、奏のデータの下に、控えめに表示された理央の発電量。
その数字を、理央自身がどう受け止めるのかは、まだ分からない。
でも、さっき見せた小さな笑顔を思い出すと、少しだけ前に進めたような気がした。




