第十八キュン キュン値ランキング、公開禁止
中間テストが終わって数日経った頃、寮に思わぬ騒動が起きた。
「え、これ何?」
共用端末の画面を覗き込んだ水瀬が、素っ頓狂な声を上げた。
「なんかランキングみたいなの出てるんだけど」
テーブルに置かれたタブレットには、この一週間の個人別発電量が、匿名の棒グラフで表示されていた。
普段、共用端末で見られるのは寮全体の発電量だけだ。こんな画面を見るのは初めてだった。
「白峯、これあんたがやったの?」
「……そのつもりじゃなかったわ」
珍しく理央が動揺した様子を見せる。
「研究用の集計画面を確認していたら、表示先を間違えたみたいね。本来は共用端末には出ないデータよ」
「間違えたって、こんな重要なもの」
「だから匿名表示になっているの。個人名までは出ない設定よ」
画面には、一位から順に棒グラフが並んでいる。
ただし、一位の欄だけは数値まで伏せられ、「非公開」と表示されていた。
「一位だけ、なんで数字まで隠れてるの?」
「突出した反応が記録された場合は、プライバシー保護のために自動で非公開になる仕様みたいね」
「じゃあ、これ誰なの?」
水瀬が画面を睨む。
「共用表示だけじゃ分からないわ」
理央はそう言って、タブレットを閉じようとした。
☆
その日、寮の空気が少しだけよそよそしくなった。
夕食の席でも、誰もがどこか探るような目つきで、互いの表情をうかがっているような気がした。
「ねえすずちゃん、最近私と目、合わせてくれなくない?」
水瀬が心配そうに聞くと、すずは慌てて首を振った。
「あ、いえ、そんなことは」
「有馬先輩も、なんか態度違う気がするんだけど」
「気のせいじゃない?」
奏はいつも通りのんびりした様子で答えるが、どこか歯切れが悪い。
みんなが互いの様子を探り合うような、妙な緊張感が漂っていた。
「誰が一位なんだよ、一体」
俺が呟くと、水瀬がちらりとこちらを見た。
「……べつに、私は関係ないから」
「聞いてないけど」
「聞かれる前に言っただけ!」
妙に食い気味な否定に、逆に怪しさが増した。
その夕食中、秋月先生が寮を訪ねてきた。
「こんばんは。ちょっと確認したいことがあってね」
そう言いながら、秋月先生はいつものようにリビングへ入ってくる。
ただでさえランキングのことで空気が重かったせいか、誰もが一瞬だけ先生の方を見た。
「あ、そういえば」
「なんですか」
「みんな気にしてるランキングの話、ちなみに一位、水瀬ひよりさん――」
「先生えええ!」
水瀬が椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がった。
「な、なんで先生が知ってるんですか?」
「管理者権限だからね。全部見れるよ」
「見れるじゃなくて、それを今この場で言わないでください!」
水瀬が顔を真っ赤にして机に突っ伏す。
「あら、やっぱり」
奏が納得したように頷いた。
「なんとなく、そんな気はしてたんだよね」
「私も」
すずまで小さく頷いている。
「みんな薄々気づいてたのかよ」
「あなただけが鈍感だったのよ」
理央が容赦なく言い放つ。
「ちょっと待って、なんでそんな、当たり前みたいな空気なの」
水瀬が顔を上げ、涙目で訴えた。
「私だって、こんな結果になるなんて思ってなかったし」
「でも玄関で三・七キュン出したの、寺坂くんが来た初日だったわよね」
理央が淡々と過去のデータを持ち出す。
「それは事故だって言ったでしょ!」
「事故が積み重なって一位になったの、統計的にも興味深いわ」
「分析しないでって、何回言えば分かるの!」
水瀬の抗議も虚しく、理央はタブレットにメモを取り続けている。
「まあまあ、そう怒らないの」
奏がのんびりとフォローに入る。
「一位って、そんなに悪いことでもないでしょ」
「悪いことしかないよ! みんなに、その、変な目で見られるし」
「べつに変な目で見てないけど」
「見てる! さっきからみんな、なんか生温かい視線送ってきてる!」
水瀬の指摘に、リビングにいた全員が一斉に目をそらした。
「ほら、やっぱり!」
水瀬の悲鳴に近い声が、リビング中に響いた。窓の外はすっかり日が落ちていて、その声だけが、やけに大きく反響しているように感じられた。
☆
夕食後、水瀬は自分の部屋にこもってしまった。
「大丈夫か、あいつ」
台所の片付けをしながら、俺は誰にともなく呟いた。
「放っておいた方がいいと思うわ。今、下手に触れると余計こじれるでしょうね」
理央がタブレットを片付けながら答える。
「珍しく、まともなアドバイスだな」
「いつもまともよ」
言い返す理央に、俺は苦笑いを返した。台所の蛇口から流れる水の音が、静かなリビングに小さく響いていた。
☆
その夜、俺は寝る前にもう一度リビングに降りた。
消し忘れた照明を確認していると、水瀬が物音を立てずに台所へ入ってくる気配がした。
「……起きてたの?」
「ああ、ちょっと片付け残ってて」
水瀬は気まずそうに視線をさまよわせた。
「今日のこと、その、みんなに知られて、恥ずかしいだけだから」
「べつに恥ずかしいことじゃないだろ」
「恥ずかしいよ。だって、その……」
水瀬は言葉を選ぶように、しばらく沈黙した。冷蔵庫の稼働音だけが、台所に規則正しく響いていた。
「一位ってことは、その、一番、たくさんときめいてるってことでしょ」
「まあ、単純に考えればそうなるな」
「それが、みんなに、しかも数字で分かるようになってるの、なんか嫌なの」
水瀬の声は、いつもの強気な調子とは違って、どこか弱々しかった。
「気持ちは分かる気がする」
「分かってないと思う」
「まあ、そうかもな」
俺は正直にそう答えるしかなかった。
水瀬の気持ちを完全に理解できるわけではない。ただ、数字にされることへの抵抗感のようなものは、なんとなく分かる気がした。
「とりあえず、今夜はもう寝ろよ」
「うん……おやすみ」
水瀬は小さく頭を下げて、自分の部屋へ戻っていった。
その背中が、いつもより小さく見えた気がした。




