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私の家賃、君の【胸キュン】で払えますか? ~ときめき発電寮の管理人になりました~  作者: 明石竜


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18/22

第十八キュン キュン値ランキング、公開禁止

 中間テストが終わって数日経った頃、寮に思わぬ騒動が起きた。

「え、これ何?」

 共用端末の画面を覗き込んだ水瀬が、素っ頓狂な声を上げた。

「なんかランキングみたいなの出てるんだけど」

 テーブルに置かれたタブレットには、この一週間の個人別発電量が、匿名の棒グラフで表示されていた。

 普段、共用端末で見られるのは寮全体の発電量だけだ。こんな画面を見るのは初めてだった。

「白峯、これあんたがやったの?」

「……そのつもりじゃなかったわ」

 珍しく理央が動揺した様子を見せる。

「研究用の集計画面を確認していたら、表示先を間違えたみたいね。本来は共用端末には出ないデータよ」

「間違えたって、こんな重要なもの」

「だから匿名表示になっているの。個人名までは出ない設定よ」

 画面には、一位から順に棒グラフが並んでいる。

 ただし、一位の欄だけは数値まで伏せられ、「非公開」と表示されていた。

「一位だけ、なんで数字まで隠れてるの?」

「突出した反応が記録された場合は、プライバシー保護のために自動で非公開になる仕様みたいね」

「じゃあ、これ誰なの?」

 水瀬が画面を睨む。

「共用表示だけじゃ分からないわ」

 理央はそう言って、タブレットを閉じようとした。

     ☆

 その日、寮の空気が少しだけよそよそしくなった。

 夕食の席でも、誰もがどこか探るような目つきで、互いの表情をうかがっているような気がした。

「ねえすずちゃん、最近私と目、合わせてくれなくない?」

 水瀬が心配そうに聞くと、すずは慌てて首を振った。

「あ、いえ、そんなことは」

「有馬先輩も、なんか態度違う気がするんだけど」

「気のせいじゃない?」

 奏はいつも通りのんびりした様子で答えるが、どこか歯切れが悪い。

 みんなが互いの様子を探り合うような、妙な緊張感が漂っていた。

「誰が一位なんだよ、一体」

 俺が呟くと、水瀬がちらりとこちらを見た。

「……べつに、私は関係ないから」

「聞いてないけど」

「聞かれる前に言っただけ!」

 妙に食い気味な否定に、逆に怪しさが増した。


 その夕食中、秋月先生が寮を訪ねてきた。

「こんばんは。ちょっと確認したいことがあってね」

 そう言いながら、秋月先生はいつものようにリビングへ入ってくる。

 ただでさえランキングのことで空気が重かったせいか、誰もが一瞬だけ先生の方を見た。

「あ、そういえば」

「なんですか」

「みんな気にしてるランキングの話、ちなみに一位、水瀬ひよりさん――」

「先生えええ!」

 水瀬が椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がった。

「な、なんで先生が知ってるんですか?」

「管理者権限だからね。全部見れるよ」

「見れるじゃなくて、それを今この場で言わないでください!」

 水瀬が顔を真っ赤にして机に突っ伏す。

「あら、やっぱり」

 奏が納得したように頷いた。

「なんとなく、そんな気はしてたんだよね」

「私も」

 すずまで小さく頷いている。

「みんな薄々気づいてたのかよ」

「あなただけが鈍感だったのよ」

 理央が容赦なく言い放つ。

「ちょっと待って、なんでそんな、当たり前みたいな空気なの」

 水瀬が顔を上げ、涙目で訴えた。

「私だって、こんな結果になるなんて思ってなかったし」

「でも玄関で三・七キュン出したの、寺坂くんが来た初日だったわよね」

 理央が淡々と過去のデータを持ち出す。

「それは事故だって言ったでしょ!」

「事故が積み重なって一位になったの、統計的にも興味深いわ」

「分析しないでって、何回言えば分かるの!」

 水瀬の抗議も虚しく、理央はタブレットにメモを取り続けている。

「まあまあ、そう怒らないの」

 奏がのんびりとフォローに入る。

「一位って、そんなに悪いことでもないでしょ」

「悪いことしかないよ! みんなに、その、変な目で見られるし」

「べつに変な目で見てないけど」

「見てる! さっきからみんな、なんか生温かい視線送ってきてる!」

 水瀬の指摘に、リビングにいた全員が一斉に目をそらした。

「ほら、やっぱり!」

 水瀬の悲鳴に近い声が、リビング中に響いた。窓の外はすっかり日が落ちていて、その声だけが、やけに大きく反響しているように感じられた。

     ☆

 夕食後、水瀬は自分の部屋にこもってしまった。

「大丈夫か、あいつ」

 台所の片付けをしながら、俺は誰にともなく呟いた。

「放っておいた方がいいと思うわ。今、下手に触れると余計こじれるでしょうね」

 理央がタブレットを片付けながら答える。

「珍しく、まともなアドバイスだな」

「いつもまともよ」

 言い返す理央に、俺は苦笑いを返した。台所の蛇口から流れる水の音が、静かなリビングに小さく響いていた。

     ☆

 その夜、俺は寝る前にもう一度リビングに降りた。

 消し忘れた照明を確認していると、水瀬が物音を立てずに台所へ入ってくる気配がした。

「……起きてたの?」

「ああ、ちょっと片付け残ってて」

 水瀬は気まずそうに視線をさまよわせた。

「今日のこと、その、みんなに知られて、恥ずかしいだけだから」

「べつに恥ずかしいことじゃないだろ」

「恥ずかしいよ。だって、その……」

 水瀬は言葉を選ぶように、しばらく沈黙した。冷蔵庫の稼働音だけが、台所に規則正しく響いていた。

「一位ってことは、その、一番、たくさんときめいてるってことでしょ」

「まあ、単純に考えればそうなるな」

「それが、みんなに、しかも数字で分かるようになってるの、なんか嫌なの」

 水瀬の声は、いつもの強気な調子とは違って、どこか弱々しかった。

「気持ちは分かる気がする」

「分かってないと思う」

「まあ、そうかもな」

 俺は正直にそう答えるしかなかった。

 水瀬の気持ちを完全に理解できるわけではない。ただ、数字にされることへの抵抗感のようなものは、なんとなく分かる気がした。

「とりあえず、今夜はもう寝ろよ」

「うん……おやすみ」

 水瀬は小さく頭を下げて、自分の部屋へ戻っていった。

 その背中が、いつもより小さく見えた気がした。

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