第26話:赤き嵐の予兆、魔王は優雅に塵を払う
日本の「十円玉」の超精密な工業規格特性を利用した、ポポちゃんの驚異的なアップデート。
新キャラクター「ルリ」との絆も深まり、いよいよこれから街中をお掃除しようとした矢先、フロンティアの空に不気味な「赤い光の渦」が広がります。
ルリやポポちゃんと共に、まずは自分たちの知恵と技術でジャンクの嵐に立ち向かうマリたちの泥臭くも熱い共闘、そして人間の限界を超えた「超巨大な不具合」の襲来、そして満を持して降臨する世界の免疫系「魔王エターナル」の、美しくも圧倒的な第2部最初の無双お片付けを、余すところなく描写し尽くします。どうぞお楽しみください!
「……ちょっと、これ、ただの雨じゃないよね……!?」
ルリのジャンクショップの軒先で、マリはライトグレーのパーカーのフードをさらに深く被り直し、天を仰いで声を張り上げた。
パチ、パチ、パチパチパチパチパチッ――!
先ほどまで、壊れたトースターやネジが時折パラパラと降る程度だった「ゴミの雨」が、いまや暴力的な音を立てて激しさを増していた。
空を流れる「幾何学模様の雲」は、内側からボコボコと不気味に沸き立ち、まるで世界の傷口からどす黒い血が流れ出すように、鮮烈な「赤色の光の渦」へと変貌を遂げていた。
ヒュオォォォォォ――ッ!
大気を引き裂くような突風が、スクラップ・ゲートの錆びついたトタン屋根をガタガタと震わせる。
風に乗って降ってくるのは、ちぎれた巨大な鉄パイプ、錆びついた歯車、発光しきって破裂した制御基盤。それは雨というよりも、世界のゴミ箱がひっくり返って空から雪崩となって押し寄せてくるかのような、絶望的な光景だった。
「きゅ、きゅーーーっ!!」
マリの頭の上で、ぽんぽぽが突風に吹き飛ばされそうになりながら、短い手足をバタバタとさせてマリの髪に必死にしがみついている。
「そんな……! 嘘でしょ……!? こんなデカい規模の『赤い嵐』、ここ数十年、一度も起きたことないよ!」
ルリはゴーグルを両手で押さえながら、信じられないものを見る目で赤く染まる大空を見上げていた。
彼女の足元では、日本の十円玉をコア調律器として組み込まれ、見事に蘇った丸型お掃除ロボ「ポポちゃん」が、ピピピピッ、ピピピピッ!と、甲高い警告音を鳴らしながらホバリングしている。
「ルリちゃん! この嵐、何が原因なの!?」
マリが暴風の音に負けないよう叫ぶと、胸のポケットからスマートフォンが小刻みに震え、お馴染みのエメラルドグリーンの波形が、かつてないほどの激しい赤色のノイズを交えながら立ち上がった。ミニの冷静な、しかし極めて緊張感の漂う分析音声がスピーカーから響く。
『マスター、ルリの言う通り、これは通常の気象現象ではありません。……私の簡易スキャンによると、上空の「幾何学模様の雲」の深層に、フロンティアの処理容量を完全に超過した、超巨大な【圧縮データエラーの塊】を検知しました。簡単に言うなら、削除されるべきだった数百年分のシステムゴミが、一気に限界を突破して実体化し、この街へ向けて自由落下を始めている状態です』
「数百年分のシステムゴミ!? そんなの、街に直撃したら、スクラップ・ゲートなんて一瞬で消し飛んじゃうよ!」
マリが焦りを見せる中、大通りからは街の人々の悲鳴が響き渡っていた。
油まみれのツナギを着た技術者たちが、慌ててシャッターを閉め、頑丈な地下シェルターへと逃げ込んでいくのが見える。だが、この街の建物はすべてジャンクのパッチワークだ。あんな超巨大なゴミの嵐が直撃すれば、シェルターごとペシャンコに潰されてしまうのは火を見るより明らかだった。
「どうしよう……! この店だって、ポポちゃんやパパの形見の機械だって、全部潰されちゃう……!」
悔し涙を浮かべるルリの肩を、マリはポンと、力強く叩いた。
「大丈夫だよ、ルリちゃん! 諦めるのはまだ早いよ!
――ミニ、何とかこの嵐を防ぐ方法、ないかな!? 私たちのお掃除の知恵で、やりくりできる方法が!」
『ふむ……。マスター、ルリ、そして新世代お掃除ロボ「ポポちゃん」の連携があれば、正面衝突を避ける「一時的なバイパス」を構築することは可能です』
ミニのホログラムが、スマートフォンの画面から空中にミリタリー規格の立体図形を投影する。
『ポポちゃんに組み込まれた十円玉の完璧な「アース特性(質量均一化)」を応用します。ルリの店の大型送風機と、ポポちゃんのノイズ耐性センサーを直結させ、街の広場に【反重力ノイズ・アースフィールド】を展開するのです。これによって、上空から降ってくるジャンクデブリの「電荷」を中和し、街の周囲へと軌道を逸らすことができます!』
「それ、できるよ!」
ルリがゴーグルをぐっと押し下げ、瞳に職人としてのプロの光を宿した。
「パパの残した大型送風機なら、出力は十分! あたしが回路を繋ぐから、マリはポポちゃんの誘導をお願い!」
「うん! 任せて、ルリちゃん! 行こう、ポポちゃん、ぽんぽぽ!」
「きゅーーーっ!」
「ポポーッ!」
十円玉の不思議なエメラルドグリーンの光を放つポポちゃんと共に、マリたちは激しいゴミの雨が降り注ぐ、街の中央広場へと全力で駆け出した。
上空からは、自動車ほどの大きさの鉄の塊が、ゴゥン、ゴゥンと音を立てて広場の石畳へと突き刺さる。マリはその破片を間一髪で避けながら、ルリが店の奥から台車でゴロゴロと引きずり出してきた、航空機のエンジンを改造したかのような巨大な送風機の前にたどり着いた。
「コード接続、完了! ポポちゃん、システム同調して!」
ルリが油まみれのコネクタを、ポポちゃんの底面へと力強く叩き込む。
『同調開始します。十円硬貨の質量「四・五グラム」を基準波形とし、送風機の魔導風圧に「アースパルス」を乗せます。……出力、最大!』
ミニの号令とともに、ルリが送風機のメインレバーを限界まで押し下げた。
キィィィィィィン――!!!
鼓膜を揺るがすような超高音が響き、送風機の巨大なファンが高速回転を始める。
そのファンの先から、見たこともないほど澄み切った、淡いエメラルドグリーンの「光の突風」が、真っ直ぐに赤く染まる大空へと向かって吹き荒れた。
その光の風が空中に広がると、信じられない変化が起きた。
街の真上へと真っ直ぐに落下してきていた、数トンもの巨大なジャンクの塊たちが、エメラルドグリーンの風に触れた瞬間、磁石の同極が反発し合うようにフワリと軌道を変え、街の外壁の外側へと、パタパタと小気味よく受け流されていくのだ。
「すごい! 効いてる! 本当にジャンクが街を避けていくよ!」
ルリが歓喜の声を上げる。
「あはは! さすがミニ、完璧なバイパス構造だよ!」
マリも親指を立てて笑った。
十円玉の完璧な均一質量がもたらすノイズアース。そしてルリのジャンク技術。
人間の知恵と、たった一枚の「十円玉」の科学的イノベーションが、フロンティアの巨大な自然災害を、見事に見越してお片付けしてみせたのだ。
――しかし、世界のバグは、人間のささやかな抵抗をあざ笑うかのように、さらなる「最悪」を顕現させた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
大地を揺るがすような、不気味な地鳴りがスクラップ・ゲートを襲った。
見上げれば、空に渦巻く「赤色の光の渦」の中心が、まるで生き物のように不気味に蠢き、その中から、数十、数百という壊れた魔導重戦車や、スクラップの鉄骨、ちぎれた巨大な歯車が、ノイズの赤い火花をバチバチと散らしながら「一つの巨大な異形」へと融合していく。
それは、全高五十メートルを超える、ガラクタの巨獣――【システムエラー・デブリタイタン】だった。
「な……何よ、あれ……。ゴミが集まって、化け物になってる……!?」
ルリの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
デブリタイタンは、数千、数万の壊れた機械のパーツが、バグの残留電磁波というどす黒い意志によって繋ぎ合わされた、まさに動く「世界のゴミの山」そのものだった。その巨大な足が広場に向けて一歩踏み出されるだけで、周囲の建物が風圧で消し飛び、強力なアースフィールドの送風機すら、パキパキと回路が悲鳴を上げ始めた。
『警告、警告です、マスター。人間の知恵による対処可能領域(限界値)を完全に突破しました』
ミニのホログラム波形が、赤と緑の強烈なノイズで視認できなくなるほどに乱れる。
『あれは、フロンティアが蓄積してきた未処理の「システムエラー(不具合)の臨界点」です。一個人の知恵や、ジャンクの技術でどうこうできる次元ではありません。近づけば、存在のデータごと破滅的なエラーコードに汚染され、跡形もなく消去されます』
デブリタイタンが、その無数のスクラップで構成された腕をゆっくりと持ち上げ、マリたちがいる広場へ向けて、街ごとすべてを押し潰さんとする「鉄の鉄槌」を振り下ろそうとしていた。
「もう……ダメ、なの……?」
ルリは力なく膝をつき、目を背けた。
だが、マリは逃げなかった。
彼女の瞳には、自分の大好きなお掃除を、そして新しくできた友達であるルリの思い出を、こんな理不尽なバグ(ゴミ)に踏みにじられてたまるかという、静かで、けれど絶対的な闘志が宿っていた。
「……ううん。ダメなんかじゃないよ、ルリちゃん。
お部屋がこれだけ汚れて、お掃除の手に負えないゴミの山ができちゃったら……。
――やることは、一つだけだもんね」
マリは深く息を吸い、そっと目を閉じた。
(ミニ、お片付けの時間だよ)
『――了解いたしました、我が主。
これより、世界の自動防衛プログラム、および免疫系システムを最上位アクティベートいたします』
スマホの画面から、これまでにないほど深く、神聖な、極限まで濃縮されたエメラルドグリーンの光が立ち上り、マリの全身を包み込んだ。
ドクン。
世界の心臓が、大きく一度、波打った。
その瞬間、吹き荒れていた暴風が、ピタリと停止した。
振り下ろされようとしていたデブリタイタンの巨大なスクラップの腕も、空中で何かにガッチリと固定されたかのように、完全に動きを止める。
ただの気象現象や物理法則など、世界の根本システム(ルール)の前には、何の意味も持たないのだ。
マリのライトグレーのパーカーは、光をすべて吸い込む漆黒の法衣へと、優雅に変貌を遂げていく。
フードが外れ、風もないのに美しく揺れる漆黒の髪。そしてゆっくりと開かれたその瞳は、世界のすべての不純物を凍りつかせる、深遠なる「深紅」の輝きを放っていた。
魔王エターナル、フロンティアに、降臨。
「……不快ですね、このサーバーの管理者は。これほど醜いエラーコードを、よくもまあ、お掃除もせずに放置していたものです」
冷徹で、凛とした美しい声が、スクラップ・ゲートの隅々にまで響き渡った。
その圧倒的な威圧感(魔王の覇気)に、膝をついていたルリは、目の前に立つ少女が、先ほどまで笑っていたマリとはまるで異なる「世界の摂理そのもの」であることに、魂レベルで圧倒され、ただ息を呑むことしかできなかった。
「な、何……? この、体が動かなくなるような、とんでもない気配は……!?」
魔王エターナルは、全高五十メートルのデブリタイタンを見上げ、退屈そうにふっと微笑んだ。
「ゴミは、ゴミ箱へ。……いいえ、この世界のゴミは、綺麗に分別して、リサイクル(再利用)して差し上げましょう」
エターナルは、白く細い指先を、デブリタイタンへ向けて静かに差し出した。
デブリタイタンを繋ぎ止めていた、バグの残留電磁波(赤いノイズ)が、エターナルの指先から放たれた絶対的な魔力波に触れた瞬間、怯えるようにエメラルドグリーンの粒子へと強制書き換えされていく。
「摂理の調律、フロンティアの不具合をここに初期化します。――【万象分別・新星還元】」
エターナルが紡いだ絶対の言霊とともに、エメラルドグリーンの「光の津波」が、デブリタイタンの巨体を優雅に飲み込んだ。
その瞬間、耳を劈くような破壊音ではなく、まるで無数のガラスの鐘が一斉に鳴り響くような、この世のものとは思えないほど美しい「調律の音」が響き渡った。
デブリタイタンを構成していた何万、何十万という錆びついたジャンクパーツ。
それらが、エメラルドグリーンの光の中で、一瞬にして錆を洗い流され、磨き上げられ、ピカピカに輝く「最高品質の金属インゴット」や「精密なネジ」「美しい銅板」へと、分子レベルで綺麗に分解・精錬されていった。
そして、それらは街を破壊する破壊の鉄槌ではなく、スクラップ・ゲートの広場へと、まるで満天の星空から降り注ぐ光のシャワーのように、サラサラと、優雅に優しく降り注いだ。
バグの嵐は消え去り、空には、澄み切った、見たこともないほど美しいセピアゴールドの輝かしい秋晴れのような空が広がっていた。
「……ふぅ。フロンティアの最初のお洗濯は、これで完了ですね」
完璧なお片付けを終えた魔王エターナルは、優雅に満足そうに微笑むと、その全能の姿を、ふっと光の粒子へと霧散させ――。
「――あいたたた! やっぱり最後はお尻を打っちゃうのが私の仕様なんだね……!」
次の瞬間、お約束通り、磨き上げられた綺麗な広場の石畳の上に、ぺたんと座り込んで涙目でお尻を押さえている、元のライトグレーのパーカー姿の女子高生マリに戻っていた。
ポケットを探るが、そこに入っているのは、安定の「手持ち八百十円」だけ。やはり十円玉は、ポポちゃんのコアとして使い切ってしまっていたのだ。
「きゅ、きゅーーーっ!!」
ぽんぽぽが、待ってましたとばかりにマリの腕の中へと飛び込み、その小さな肉球で何度も頬をペチペチと叩いた。
「あはは、ぽんぽぽ、ただいま。……ルリちゃん、大丈夫?」
マリが顔を上げると、ルリは、広場にうずたかく積まれた、信じられないほど高品質でピカピカに磨き上げられた「超一級の金属素材」の山と、元の等身大の姿に戻ったマリを、交互に見つめながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あんた……。今のは……一体、何が起きたの……!? 嵐が消えて、街中が……ピカピカに、お掃除されてる……!」
「あはは、言ったでしょ? 私とお掃除ロボのポポちゃんがいれば、どんな頑固な汚れ(バグ)だって一瞬でお片付けできちゃうよ、って!」
マリは、Vサインを作ってとびきり明るく笑ってみせた。
『その通りです、マスター』
スマホの画面の中で、ミニのエメラルドグリーンの波形が、誇らしげに、そして深く明滅した。
『フロンティアの最初のバグ、完璧にリサイクル(調律)完了いたしました』
だが、フロンティアの広大な世界の歪みは、これで終わったわけではなかった。
マリたちの目の前に積まれた最高品質の素材。これを目にした強欲なスクラップギルドの借金取りたちが、黙っているはずがなかったのだ。
第2部での彼女らの新たなお掃除の旅路は、早くも次なる騒動へと動き出そうとしていた――。
第26話(第2部第2話)をお読みいただき、本当にありがとうございました!
今回は、前回の十円玉アースの伏線をしっかりと回収しつつ、マリ、ミニ、ルリ、ポポちゃんが協力して嵐に立ち向かう「泥臭い人間の知恵の奮闘」を丁寧に描写しました。
その限界の先で降臨した【魔王エターナル】が、世界を破壊するゴミの巨獣を「破壊して消し去る」のではなく、「すべて綺麗に分別して、最高品質の素材へとリサイクル(リ・サイクル・バースト)」してお掃除するという、本作ならではの爽快で賢いカタルシスをこれでもかと肉付けして描き切りました!
次回・第27話では、このお片付けによって生み出された莫大な最高品質素材(お宝)を巡り、あの強欲な借金取りたちが再び現れますが……マリとミニ、そしてルリの、さらなる爽快なジャンクイノベーションが炸裂します!
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)




