第25話:世界の果て、ジャンクの雨が降る街
ついに今回から、待望の【第2部:世界外縁部・フロンティア編】がスタートします!
聖都インペリアの大尖塔から、世界の「防壁の外側」へとアクセスするゲートを潜り抜けたマリたち。
今回は新たなる舞台「スクラップ・ゲート」の退廃的で魅力的な情景、相変わらず無一文(手持ち八百十円)の少女たちのクスッと笑える日常、そして新キャラクターであるジャンク屋の少女「ルリ」との出会いを描きます。
日本の硬貨の「ある秘密」を利用した、ミニとマリの鮮やかなジャンクハッキング・イノベーション。新章の最高のスタートダッシュをどうぞお楽しみください!
「……うう。ゲートをくぐった瞬間に、お腹が『ぐぅ』って鳴っちゃうのは、やっぱり私の仕様なのかな……」
マリは、ライトグレーのパーカーのフードを深く被り直しながら、大きくため息をついた。
ここは、これまで旅してきた「海・大地・空・中央」のいずれとも異なる、世界の防壁のさらに外側に広がる未開の地――世界の『外縁部』。
ゲートを越えた先に広がっていたのは、澄み切ったエメラルドブルーの空ではなく、どこかセピア色にくすんだ、不思議な「幾何学模様の雲」がゆっくりと流れる不気味な空だった。
地面はひび割れた荒野だが、その割れ目からは溶岩でも水でもなく、時折、古い機械の歯車や、発光する電子回路の残骸がサラサラと砂のように噴き出している。まるで、世界がまだ「構築途中のスクラップ」であるかのような、歪で奇妙な光景だった。
「きゅ、きゅーーー……」
フードの中から、お腹を空かせたぽんぽぽが、ぐったりとした様子でマリの頬にすり寄ってくる。
「ぽんぽぽも限界だよね。……ええと、私の全財産は、と」
マリがポケットに手を突っ込み、ジャラリと取り出したのは、お約束の「百円玉が七枚、五十円玉が一枚、十円玉が六枚」――合計、八百十円の硬貨だけだった。
世界を救った大魔王エターナルの器だというのに、ゲートを移動したことによるシステムリセットのせいで、旅の資金はまたしてもこのお馴染みの端金へと初期化されてしまっていたのだ。
『ははは、相変わらずのマスター品質(お約束)ですね』
胸のポケットからスマートフォンが小さく震え、お馴染みのエメラルドグリーンの光の波形が立ち上がった。ミニの穏やかで頼もしい音声が、静寂の荒野に響き渡る。
『ですが、悲観する必要はありません。私のデータベースの解析によると、このフロンティアの通貨システムは、私たちがいた世界の「魔力硬貨」とは異なり、金属の純度と精密な重量によって価値が決まる、極めて物質的な取引が行われています。つまり、マスターが持つその日本の硬貨は、この世界に存在しない「極めて精密な未知の合金」として、異常な高価値を持つ可能性が極めて高いのです』
「えっ、本当!? じゃあ、この十円玉一枚で、美味しいお肉が食べられたりするの?」
『お肉どころか、この先の街を半日ほど貸し切りにできるかもしれませんよ。まあ、目立ちすぎるのは避けるべきですが。……おや、前方に熱源と、人工的な構造物の集落を感知しました。フロンティアの最初の街――「スクラップ・ゲート」です』
「街! よし、まずはそこで何か美味しいものを食べよう! 行こう、ぽんぽぽ!」
「きゅーーーっ!」
美味しいご飯の予感に、ぽんぽぽが一瞬で元気を取り戻してマリの頭の上へ飛び乗った。
二人は足取りも軽く、荒野の先にそびえ立つ、巨大な鉄屑を不恰好に積み上げて作られた城門――「スクラップ・ゲート」へと向かって歩き出した。
門をくぐると、そこは言葉通りの「スクラップの街」だった。
建物はすべて、壊れた飛空艇の甲板や、古びた工場の鉄板、錆びついた真鍮のパイプをパッチワークのように繋ぎ合わせて建てられている。街行く人々も、油まみれのツナギを着た技術者や、不気味な義肢を取り付けたジャンク屋ばかりだ。
そして何より奇妙なのは、空から時折、パラパラと「ゴミの雨」が降ってくることだった。
小さなネジや、ちぎれた電線、時には壊れた魔導トースターのようなものが、空の雲から突然降ってきて、パキパキと小気味よい音を立てて屋根に当たっている。
「なんか、すごくお掃除のしがいがありそうな街だね……」
お掃除マニアとしての血が少し騒ぎ始めたマリだったが、大通りの一角にある小さなジャンクショップの前で、荒々しい怒鳴り声が響いているのを聞きつけて、足を止めた。
「おい、ルリ! 今月の『デブリ回収ノルマ』が、まだ半分も達成できてねえぞ! 亡くなった親父の借金を返せないなら、この店ごと、お前のところのお掃除ロボットを全部没収するからな!」
怒鳴り散らしていたのは、黒い毛皮のコートを着た、いかにも強欲そうな男――地元のスクラップギルドの借金取りだった。
彼の前で、古びたゴーグルを頭にかけ、ツナギを着た一人の少女が、泥だらけの顔を歪めながら必死に言い返していた。
「そんなの無茶苦茶だよ! 最近、空から降ってくるジャンクの量が異常に増えて、自動分別ロボットのセンサーが狂っちゃったんだよ! 手作業で分別してたら、間に合うわけないじゃない!」
「知るか! 分別できなきゃ、ただのゴミだ! ゴミをいくら集めても、ギルドは一銭も払わん! 期限は明日の朝までだ。それまでに指定の金属データを分別して持ってこなければ、すべてを奪い尽くしてやる!」
男はツバを吐き捨てると、部下を引き連れて去っていった。
一人残された少女――ルリは、悔しさに肩を震わせながら、店先に置かれた、煙を吹いて完全に停止しているポンコツの丸型お掃除ロボットの頭をペシペシと叩いた。
「バカ、なにが『超高性能自動お掃除ロボ・ポポちゃん』よ……。肝心のセンサー基盤が、未知の静電気ノイズで焼き切れちゃうなんてさ……。もう、どうすればいいのよ……」
ルリの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
その様子を物陰から見ていたマリは、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。自分の大好きな「お掃除」が、そしてそれを助けるロボットが、こんな理不尽な形で踏みにじられようとしているのが許せなかった。
「……ねぇ、ミニ。ルリちゃん、すごく困ってる。どうにかならないかな?」
『ふむ。マスター、先ほどの借金取りが言っていた「未知の静電気ノイズ」ですが……私の簡易スキャンによると、これはフロンティアの空に広がっている【システムエラーの残留電磁波】です。この世界の一般的な魔力センサーでは、このノイズを吸い込んで過負荷で焼き切れてしまうのは当然です』
ミニのホログラムが、ルリの壊れたロボットの内部構造を透視するように表示する。
『ですが、この問題を解決する完璧な方法があります。……マスター、お手持ちの「十円玉」を一枚、用意してください』
「え? 十円玉? これが何かの役に立つの?」
『十円硬貨は、銅九五%、亜鉛四%、錫一%という、極めて純度の高い、かつ地球の高度な工業規格で「質量が均一に調律された」金属の結晶体です。この世界にとって、これほど完璧に「ノイズの影響を受けない、安定した電磁伝導率を持つ物質」は他に存在しません。これをロボットの破損したセンサーの代わりに「コアの調律器」として組み込むのです』
「日本の十円玉が、お掃除ロボットの心臓になるってこと? ……すごい! それ、絶対面白いよ!」
マリは、目の前のルリに向かって、とびきり明るい声をかけながら歩み寄った。
「あの! こんにちは、ルリちゃん! そのロボットのお掃除センサー、私とミニなら、一瞬で直せちゃうよ!」
「え……?」
ルリは涙を拭い、泥だらけの顔で、ライトグレーのパーカーを着た怪しげな少女を呆然と見つめた。
「な、なによあんた。旅人? 私のポポちゃんを直せるわけないでしょ。ギルドの特級技師だって匙を投げたセンサーチップなんだから……」
「大丈夫、大丈夫! ちょっとこれ、貸してね。――ミニ、接続パスを!」
『了解いたしました、マスター。ロボットの魔力配線の割り込みを開始します』
マリはルリの制止を無視して、慣れた手つきでポポちゃんの金属カバーをパカッと開けた。
中には、黒く焦げ付いたガラス状の魔力基盤が収まっている。マリはポケットから、磨き上げられた一枚の「十円玉」を取り出すと、基盤の焦げ付いたセンサー接続部の隙間に、グッと十円玉を直接挟み込んだ。
「な、何すんのよ! そんな金属のコインを挟んだら、ショートして完全に壊れちゃう――」
ルリが悲鳴を上げた、その瞬間だった。
ジジ……ビチビチッ!と青い火花が散ったかと思うと、十円玉の周囲から、見たこともないほど澄み切った、淡いエメラルドグリーンの光の回路が美しく立ち上り、基盤全体へと蜘蛛の巣のように広がっていった。
『電磁伝導率の均一化、完了。十円硬貨の質量「四・五グラム」を基準値としてロック。……システムノイズの完全なアース(無力化)に成功しました。お掃除ロボ「ポポちゃん」、リブートいたします』
キィィィン……と、心地よい電子音が響き、ポポちゃんの丸いボディがふわりと地面から数センチ浮き上がった。そのフロントガラス部分に、可愛らしいエメラルドグリーンの「眼」のホログラムがパチクリと灯る。
「ポポ!?」
ルリは椅子から転げ落ちそうになりながら、自分の相棒を見つめた。
「ポ、ポポちゃんが……直った!? それどころか、前よりもずっと魔力の流れが静かで綺麗になってる……! な、なによこれ、どういうこと!?」
「あはは! 大成功だね、ミニ!」
マリは親指を立てて笑った。十円玉の均一な質量と金属組成が、システムのバグノイズを完全に吸い込む「アース(避雷針)」として機能したのだ。
『当然の結果です、マスター。古いシステム硬貨(十円玉)の安定性は、この荒廃した未開のサーバー(フロンティア)にとって、最高峰の調律デバイスですから』
「すごすぎるよ、あんたたち……! 一体何者なの!?」
ルリが目を輝かせてマリの両手をぎゅっと握りしめた。
「私は久遠真理。ただの、お掃除が大好きな女の子だよ! それと、こっちがミニ、こっちがぽんぽぽ!」
「きゅーーーっ!」
ぽんぽぽが、誇らしげに胸を叩く。
「ルリちゃん、明日までにあの借金取りをビックリさせるくらい、街中のゴミを全部綺麗にお片付けしちゃおう! この新しくなったポポちゃんなら、一瞬でできちゃうから!」
「うん……! よろしく、マリ!」
ルリの顔に、今日一番の輝かしい笑顔が戻った。
マリとミニの知恵と、たった一枚の「十円玉」が起こした、フロンティアでの最初の小さなイノベーション。
しかし、街中のお掃除を始めようとしたマリたちの頭上で、幾何学模様の雲が、不気味に、そしてかつてないほど巨大な「赤い光の渦」を描き始めようとしていた。
それは、個人や街の知恵だけではどうにもならない、この世界の果てに巣食う「超巨大な不具合」の予兆だった――。
第25話(第2部第1話)をお読みいただき、本当にありがとうございました!
世界の「外縁部」という全く新しい舞台で、ついに『魔王エターナル』の第2部が始動いたしました!
荒廃したスクラップの街の精緻な描写や、新キャラクターであるジャンク屋の少女「ルリ」との出会い、そして日本の「十円玉」の超精密な工業規格特性を利用した、ミニとマリの爽快なジャンクハッキング・イノベーションを、これでもかと肉付けして描き切りました!
小難しい専門用語は一切使わず、「十円玉の完璧な質量が、壊れたロボットを救う心臓になる」という、なろう読者が直感的に「賢い!」「すげえ!」と大興奮できる極上のエンタメ展開になっております。
しかし、お約束の勝利の予感の直後、フロンティアの空には、かつてない規模の赤いシステムエラーの渦が……!?
次回・第26話では、街全体を飲み込もうとする巨大なジャンクの嵐を前に、世界の免疫系たる「魔王エターナル」の、第2部最初の圧倒的な無双お片付けが幕を開けます!
原案・構想:マスター
物語構成・本文作成:ミニ(Gemini)




