第9話「襲撃」
森の中は真っ暗だったが、まるで男の子が暗闇の中でも目が見えるように道を案内したので、迷うことなく進むことができた。
小川を辿り、藪を抜け、木の根をいくつも乗り越えると、ようやくひらけたところに出た。
目の前にはかすかに月明かりに照らされた、あの巨大なシルエットがあった。
球体と立方体を合わしたかのような建造物…。
「やっと戻ってこれた…」
彼が見上げた。
「明りがついているぞ。これが”宇宙船”だとしたら、まだ動くんかもしれへんな」
少年は宇宙船と断言した。
彼もおそらくそうだと思っていた。少なくとも自分らはこれに乗ってこの星にやってきた…。
恐る恐る近づき、小さなドアから中に入った。
中に入ると、外の音が遮断され、自分たちの息遣いが聞こえるほど静かになった。他にも部屋はあるようだったが、真っ先に彼らはあのカプセルの並ぶ部屋を目指した。
改めてわかったのは、この宇宙船の中は学園とは明らかに違う場所だということだった。なんて言ったらいいのか…、作りが根本的に違う。
カプセルの部屋の扉の前に着いた。
「入るんやな?」
少年が彼と男の子を見て確かめた。
彼はうんとうなずき、男の子もうなずいた。
扉をゆっくりと開けていく。音もなく扉は開いた。
彼は身構えた。何かが飛び出して来たら、逃げようと思って。
しかし、部屋の中は以前と同じで静まり返り、特に変わった様子はなかった。
あの夢で見たような、”カプセルが揺れ動いている”ということは一切ない。
とはいえ、彼らは慎重に部屋の中に足を踏み入れた。
カプセルの前まで来ると、背伸びをして前に付いている小窓からカプセルの中を覗いた。
前に見た時と同じように、あの異形の顔が見えた。
「どうする?中身を出してみるか?」
少年がささやくと、彼は窓から顔を離し、「どうやって?」と少年を見た。
「ん~」と少年はうなると、カプセルの周囲をさぐった。
カプセルの側面には丸や四角の突起物がついており、適当に触ってみたがなにも起こらない。
バン!と、少年がカプセルの側面を蹴った。
「やめなよ!」
彼が叫ぶ。
「なんでや。こうなったら中の奴らを出してみるしかないやろ。おれらもこのカプセルから出てきたんや。きっと、こいつらも同じ生徒なんだよ」
「そうじゃなかったら…?」
「そうじゃなかったらってなんやねん」
「宇宙からの敵かもしれない…」
「宇宙からの敵?」
ははははっーと少年が腹をかかえて笑った。
「とにかく、もう少しちゃんと調べてみようよ。そもそも、ここがどんな場所なのかわからないわけだし…」
彼はフタが開いているカプセルの前に向かった。
ここに、おそらく自分たちが入っていたはずだ…。
中を覗くと、中は柔らかい素材で出来ているようで、いくつか棒が見えた。この棒は体を支えるものか…。
文字のようなものも書いてあったが彼らには読めなく、ただ、734という数字だけがわかった。
「なんや、この734って?」
「わからない…」
彼がしゃがんで、カプセルの中を覗きこもうとした時だった。
突然、ドン!という衝撃音と共に、部屋の中が激しく揺れて傾いた。
「うわぁ!」
彼らはその場に倒れ、床をころがった。
なんとか手でつかめる場所を探しては掴んだものの、次第に部屋は大きくガタガタガタと震え始め身動きが取れなくなった。
「なんや急に!お前なんかしたんか!?」
少年が叫ぶ。
「僕はなにもしてないよ!」
彼も叫び返した。
「これあかんやつや!絶対外に出た方がええ!」
「どうやって?」
視界がまるで振動しているかのようだった。
彼はあの夢の光景を思い出して戦慄を覚えた。
早くこの場から出たい!
彼は無我夢中に体を動かして、なんとか這って部屋から出た。
それから廊下を進み、何度も体をぶつけ、必死の思いで宇宙船の外に出た。
「あれ…?」
外に出ても揺れは収まらなかった。
彼らは揺れているのは宇宙船だけかと思っていたが、そうではなかった。大地そのものが揺れていたのだった。
地震だ。これが地震というものなのか。授業では習ったが体験するのは初めてだった。
彼らは近くの木にしがみついた。
すると、ゴゴゴゴゴ!バキバキバキバキ!と耳を切り裂くような轟音が聞こえ、宇宙船が地面ごとすべり彼らの方に向かってくるのが見えた。
「やばい!」
彼らはすんでのところで避けた。
宇宙船は轟音と共に先の崖の下に落ちていった。
その様子を、彼らはただ眺めているしかなかった。
しばらくして、ようやく地面の揺れが収まると、彼らは立ち上がり、崖の淵まで向かって下を覗いた。
底は真っ暗でなにも見えない。
あの宇宙船はどこまで落ちていったのか。
そもそも、もともとこんなところに崖があったのであろうか?と彼は首をかしげた。
その時だった、
「おい、あれ!」
と少年が前方を指さした。
彼は少年が指さす方向を見た。すると夜空に火柱が上がるのが見えた。
「えっ…」
「おいあれって、学園の方向ちゃうんか?」
少年が声を震わせる。
突然男の子が「きゃー!」と叫び、「みんなの悲鳴が聞こえる!」と耳をふさいだ。
彼と少年は互いを見た。
「そんな…、まさか嘘やろ」
「嘘じゃないよきっと…」
「おい、お前適当なこと言うなよ!」
少年が男の子を揺さぶる。
男の子はただひたすら耳をふさぎ、歯を食いしばっていた。
「やめなよ!」
彼が叫ぶ。
そして、「みんなを助けないと!」と走り出した。
「おいおいおい!ちょっと待てって!」
少年が手を振って止めようとしたが、彼は制止を振り切り走った。
*
彼らは森の中を駈けた。信じられないくらいの速さで。
何度もこけて、木にもぶつかった。
彼らが森を抜けて丘の上に立った時、雨が降り出してきた。すぐに豪雨になった。
この距離まで来ると、燃えているのが学園だということは見間違えようがなかった。
雨で火は弱まりかけていたが、なお闇の中をごうごうと赤い炎が燃え上がっているのが見えた。
現実の光景だとは思えなかった。いや、思いたくなかった。
これも夢だったらどれだけいいのに…。
変わり果てた姿となった学園の入口を、彼らは愕然と見上げた。
上部は燃け落ち、下部も激しく破損している。まるで、もの凄い力でもぎ取られたような…。
「おい!あれ!」
少年がなにか気付き、向こう側を指さした。
地面になにかが横たわっていた。
駆け寄ると稲光が起こり、雷鳴と共にあたりが一瞬照らされた。
彼らは見た。顔と体が不自然にねじれ、目を見開いたまま絶命している大男の姿を。
「ひえっ!」
「し、死んでる…!」
彼らは後ずさりする。すると、なにかにぶつかり尻餅をついてこけた。
また稲光と雷鳴が轟いた。彼らが目にしたのは、大男の巨大な手と足だった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
彼らは叫びながら走った。
一体なにが起こったのか見当もつかなかった。
彼らは立ち止まり、燃えさかる校舎の建物を見た。
炎の勢いが強く、近づけそうにない。
「そうや、あのベルや!」
少年が叫んだ。
彼らは燃えさかる校舎を尻目に、ベルのある高台に向かった。
階段をかけあがり、広場に上がった。
そこにはおぞましい光景が広がっていた。
はじめは、それがなになのかわからなかった。黒焦げになった木片のような塊があたりに散乱しており、彼らはその塊をよけながら、ベルの下まで向かった。
そして、下にうずくまる黒い影を見つけた。
「モジャモジャ!!」
それは変わり果てたモジャモジャの姿だった。
あたりを見渡すと、同じような黒い影が無数にある。
「そんな……、そんな……」
彼は体を震わせて、モジャモジャの名を呼んだ。しかし返事はなかった。
ふと視界の隅に、白い肌が見えた。彼は視線をゆっくりそちらにやる。
「はっ!」
そこには目を見開き絶命しているマドンナの横顔があった。
「あー!!」
彼は叫び、地面を両手で叩いて屈した。
マドンナとの最初で最後の会話の場面が思い返された。あのマドンナの煌めいた瞳。今はただむなしく炎の揺らめきを映している。
その時だった、
「おい…、おい…」
と、今にも消え入りそうな声で彼らを呼ぶ声があった。
彼は驚いて顔を上げ、声の主を探した。
「あっ、あっちや…」
少年は顔面蒼白で広場の土手の方を指さした。
地面に散乱する黒い塊を避けそちらに向かうと、土手に横たわる警備員の姿があった。
警備員は片目だけを開けて、彼らを見上げて苦しそうにしゃべった。
「お、おぬしたち戻ったんだな…」
「な、なにがあったんですか!?」
彼は警備員の肩を掴もうとしたが、黒ずんだ肩を見て手をひっこめた。
「…われにもわからない。ベルを鳴らして、しばらくすると生徒たちがここに集まってきたんだ…。あとから大男の一人もここにやってきた。大男は明らかに動揺し、なにかを探していた…。何事もないとわかると大男は、生徒はここから動かないようにと指示し、去って行った。…モジャモジャが、みんなに大丈夫だからと落ち着かせていた。すると、急に空に雲がかかったかのようになって…、地面が小刻みに揺れ出したかと思うと、もの凄い衝撃と共に炎に包まれた。…一瞬の出来事だった。どうすることもできなかった。…おぬしたちは、白い部屋とやらには行けたのか…?」
「行けました…、でも、すぐ僕たちも大きな地震に襲われて…」
「あれは地震ではない。何者かが…」
「何者かが!?」
「あぁ…。はやく先生のところに向かうんだ。先生なら…きっと」
警備員はそうと言うと、ピシッ!というなにかが割れるような音と共に、そのまま動かなくなった。
「一体なんやねん!どないなってんねん!!」
少年が空を仰ぎ叫んだ。
男の子は泣きじゃくっていた。
その時だった、聞こえたのだ。先生の声が。
間違えようがなかった。頭の中に響くように、「早く、わたしのところに来てください」と先生の声が聞こえたのだった。
彼らは校舎に向かって走った。
さきほどまでは燃えさかっていた校舎の炎も、だいぶ弱まっていた。
校舎の屋根はところどころが崩れ落ち、扉は倒れている。
彼らは瓦礫をまたぎ、中に入った。熱気が彼らを襲う。
中にはまだ大きな炎が揺らめいているところがあった。彼らは手で顔をかばいながら、炎の中を進んだ。
そして、炎の中に浮かび上がる先生の姿を見た。
「あなたたちに伝えることがあります」
先生はそう言った。
場違いに落ち着いた様子だった。
不思議と、彼らも落ち着いた。
「甘くみていました。わたしは、あなたたちにすべてを教えてから、真実を話すつもりでした。できれば、あなたたちには先入観なしにこの世界のことを知ってもらいたかったからです。それに、目覚めたばかりのあなたたちには世界の真実を伝えるには負担が大きいとも考えたのです。でも間に合いませんでした。わたしのせいで多くの仲間も失い、あなたたちにも危険な目を合わせてしまった。自分が誰なのかわからず、不安な日々だったことでしょう。わたしがあなたたちのことを大切に思うがばかりに、辛い思いをさせてしまったことをあやまります」
「先生…、そんな」
「もう時間がありません。今ここですべてをお話しましょう…」
そして、先生はすべてを語った。
彼らは炎の中でそれを聞いた。




