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第1話「成人の儀」

「タケル!起きなさい!」


 タケルは母親の声で目を覚ました。


「今日はあなたの成人の日でしょ。村長さんのところに向かうんじゃなかったの!?」


 タケルは勢いよく起き上がると、寝ぼけ顔で母の顔を見た。


「どうするの?朝は食べるの?」


 タケルは窓の外を見た。もう完全に陽は上がっている。完璧な寝坊だった。


「ごめん母さん、急いでいくよ!」


「もうほんとに…」


 タケルは急いで身支度すると、飛び出すように家を出た。母親が呼びとめる。


「村長さんに失礼ないようにね」


「うん」


 タケルは、半ば適当に答えたが、その時ふと母親が少し寂しそうな顔をしたので違和感を持った。しかし、すぐいつもの顔に戻ったので、それ以上気にすることなく家を飛び出した。母親が玄関から顔を出して言う。


「あっ、そうそう、さっきからずっとヨシノちゃんが外で待ってるからね」


 タケルは「げっ!」と声を出して固まった。

 恐る恐る視線を玄関から門の外へもっていく。

 たしかに向こうを向いて立っている人の姿が見えた。ゆっくりと長い黒髪の人物がこちらを向く。間違いなく幼馴染のヨシノだった。


「ごめん、寝坊してしまって…」


 タケルはあやまりながらヨシノに近づいた。


「やっぱり…。遅いから村長さんに呼んでこいって言われて来たの」


 ヨシノは、じっとタケルのことを見ている。

 ヨシノは普段からあまり感情を顔に出さない。でも、今日は怒ってはいなかった。呆れているといった顔だ。

「ほんとごめんごめん」とタケルは言いながら、ヨシノと一緒に村長の屋敷がある村の奥の高台に向かって歩いた。

 タケルの住む村は300人ほどが住む小さな集落で、男は狩りをし、女は作物を育て自給自足の生活をしていた。

 村には大小の建物が建っており、村で採れた作物などを貯蔵する倉と、村人が生活する住居にわかれている。住居は地面に柱を立てた簡素なもので、高台の村長の屋敷だけがひときわ大きく立派な形をしていた。

 村長の屋敷には、住み込みで仕えているものが何人かいる。ヨシノもその一人だ。

 ヨシノには両親がいない。タケルは小さい頃から、母につれられて村長の屋敷に行った際にはヨシノとよく遊んだ。遊びと言っても大した遊びはない。基本屋敷の中をかけめぐり、隠れたり、追いかけあったり、たまにヨシノに付き合ってままごとをしたり。

 屋敷の中は隅々まで巡ったが、中に入れない部屋がいくつかあった。

 特に謎めいていたのは、奥の広間の裏にある大きな扉で、「大人になったら入れるんだよ」とヨシノが教えてくれた。

 そのような、村には子供には制限されてる決まりが多々ある。

 一番大きなのは村の外に出ることを禁じられていることで、塀の外は子供にとっては未知の世界だった。タケルは何度も塀を乗り越えようとしては見つかっては怒られたが、ここだけの話、一度だけ成功したことがある。村の外は畑が広がっており、その先にさらに塀があり川が流れていた。しかし、岩場をつたい川を渡ったところで、急に胸騒ぎがして引き返したのだった。あとあと知ることになるが、この世界には“災厄”というものが存在しており、決して大人も一人で村の外に出ることはなかった。

 年に数回、他の村の住民がやってくることがあり、そのときはここぞとばかり子供たちははしゃいだ。単純に村で取れない珍しい果物などをくれるという楽しみもあったし、村によって違う衣装や言葉が子供心にわくわくしたものだった。村人は数日滞在すると帰っていく。その時は、なんだかもう会えないような気がして、妙に寂しかったりしたものだった。タケルはいつまでも手を振っていたのを思い出す。今日でそんな日々も終わるかと思えば感慨深く思った。


「おや、タケルちゃん。今日はめでたいね!」


 通りがかりのおばちゃんが声をかけてきた。

 タケルは頭を下げて挨拶する。


「あんなにやんちゃだったタケルちゃんも立派になって…」


 おばちゃんは目を細めてしみじみとタケルを眺めた。

 村では成人を迎えると、男は村長に呼ばれ試練を受け、女はおばばのところに行く習わしになっていた。それが終えるとはれて大人の仲間入りというわけだ。


「ヨシノちゃんも美人になって…」


「おばさん、そんなことないです」


 ヨシノが手を振った。


「ね?タケルちゃんもそう思うでしょ?」


「えっ?」


 タケルはまさか自分に話をふられるとは思わず驚いた。ちらりとヨシノの方を見る。ヨシノは向こうを向いていた。


「ははは、どうかなぁ」


 タケルは頭を掻いてごまかす。


「ありゃ、タケルちゃんも照れちゃって」


 もう一度ヨシノを見ると今度は目が合った。ヨシノは顔を赤く染めて、怒っている顔をしていた。まずい…。


「ごめんおばちゃん急いでいるから」


 タケルはそう言うと、強引におばちゃんから離れた。

 ヨシノが去り際におばちゃんに頭を下げてあやまる。


「すみません。タケルが遅刻したんで」


 おばちゃんは、タケルちゃんらしいわね、と言って「ははは」と笑った。

 タケルは歩きながら横目でヨシノを見た。もう表情はいつものように戻っていた。

 ヨシノは来年に成人を向かえる。美人になったかどうかはタケルには判断しかねるところではあったが、たしかに最近妙に大人っぽくなったとは思っていた。正直、時々ドキっとすることもある。しかし、小さいころからほぼずっと一緒だったヨシノの存在は、タケルにとって妹のようなまた姉のような存在で、女として見れるかと言えば複雑なところがあった。でも、先程顔を赤くしていたヨシノの顔は怒っていると思ったが、実はまんざらではない…。


「おいタケル。村長がお待ちだ。遅いぞ!」


 突如、頭上で声がした。

 見上げると、村長の屋敷へと登る階段の上に男が一人立っているのが見えた。

 ケンだった。ケンはタケルより三つ年上の先輩で、成人を迎えてから村長の家で使用人として働いている。

 タケルとヨシノは階段を駆け上がった

 階段の上でケンと並ぶと、長身のケンは腕を組みタケルを見降ろした。


「わるい、わるい…」


 タケルがバツが悪そうに頭を下げる。


「さぁ急いで屋敷に入るんだ。ヨシノ、ごくろうだったな。ここからはタケル一人だ」


 ケンが手招きすると、ヨシノはタケルから離れた。


「じゃあ、またあとで」


 タケルが手を振ると、ヨシノも小さく手を振って見送った。



 見慣れた村長の屋敷の中を、タケルは躊躇することなく奥の広間に向かった。

 村長のカクゾウは村一番の高齢で、怒ると怖いが普段はじいやと呼ばれ皆から慕われている。タケルも何度じいやから叱責されたことかわからないが、じいやはタケルにだけは手をあげることはなかった。しかし、逆に長い説教を聞かされる羽目になり、それなら叩かれた方がよかったといつも思った。

 奥の広間に入ると、じいやは座って待っていた。

 いつになくかしこまっているじいやの姿に、タケルは笑いそうになってしまう。


「なにをにやけておるタケルよ。ここに座りなさい」


 じいやが前を指差した。タケルはじいやと対面した。


「今日は、おぬしのなんの日かわかっておるよな?」


「はい。僕の成人の日です」


「うむ。昔はこのような日のことを元服とも呼んだそうじゃが…。まぁそれはよい」


 じいやはうしろから弓矢と矢を入れる靫、また矢を放つ際に左手を守る防具である鞆を取り出しタケルに渡した。

 タケルは今まで弓矢は使ったことはなかったが、大人がいつも狩りに向かう時などに着けているのを見ていたので、なんとか見よう見まねで付けることができた。


「おぬしには、これから村の裏山の祭壇に向かってもらう。そこで成人の儀を行うのじゃ。まさか、おぬしなら辿りつけないということはないだろうが、油断はせんことだ。山はなにが起こるかわからないからの。裏山へは、この部屋の裏にある扉を出て向かう」


 タケルはついに自分があの扉を開ける時が来たのだと身震いした。


「これが扉の鍵じゃ」


 タケルはじいやから鍵を受け取ると、部屋の裏側にまわった。

 大きな扉がある。鍵を差し込み回すと、ガチャリと重い音が鳴った。

 タケルは深呼吸して扉を押した。にぶい音がして扉があく。

 扉の向こうは予想に反して、ただむき出しの巨大な岩が迫っているだけだった。なにか特別なものでもあるかと期待していたのだが…。

 かがむと、岩と岩の間のすきまから細い登り道が先に続いているのが見えた。

 四つん這いになって岩の間をすり抜ける。すると、一気に景色がひらけ、はるか上空の山頂を望めた。

 今からあそこまで登るのか…。

 タケルは「よし!」と気合いを入れると、山を登り始めた。

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