表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/13

第2話「継承」

 山の中腹で眼下を望んだ。はるか下に村の建物が見える。

 思いのほか登ってきていたことにタケルは驚いた。たしかにこんなところから足を踏み外したら、ひとたまりもないであろう。

 ふと、今まで落ちて死んだものはいないのだろうかと思ったが、そんな話は聞いたことがない。実は、事前に年上の先輩たちに成人の儀式はどういったものなのか聞いて周ったのだが、誰も教えてくれなかった。

 皆、行けばわかるとしか言わない。危険なことはないとは思うのだが…。

 タケルは竹筒に入った水を飲むと、わらじの紐を結びなおし、慎重に足をすすめた。

 しだいに足場がないほどの急な坂になってきた。体力には自信があったタケルだったが、さすがに息があがり、何度か休憩する。そして、最後に大きく蛇行する急な坂道を上りきると山頂についた。

 山頂は少し平地のように平らで、大きな石が規則正しく並べられ、真ん中に大きな模様が彫り込まれた平たい岩が置かれていた。タケルは祭壇がどんなものか聞かされていなかったが、ここがそうで間違いないであろうと、手をついて、平たい石の上に登った。


「ん?」


 タケルは巨大な石の真ん中に、人影があることに気付いた。

 ついにきたかと身構える。

 タケルは、勝手に成人の儀式は”決闘”をするものだと思っていた。この数日はずっとそのイメージトレーニングをしていたが、想像していたとおりの展開だった。

 人影は微動だにせず下を向いている。顔はフードのようなものをかぶっており見えない。

 タケルは少し間をつめ、弓を打とうと構えた。


「そんな危ないものを向けるでない。名を名乗れ」


 声がした。タケルは首をひねる。

 しかし、いつでも矢を打てるように手に力は込めていた。


「さぁ、名を名乗れ」


 人影は語尾を強めて言った。

 どこかで聞いたことある声である。


「おい、名を名乗れというとるだろうに」


 人影は呆れた風に言った。


「え?僕?」


「おぬし以外に誰がおる」


 タケルはうしろを振り向き、前に向きなおした。


「タケルと言います」


 静寂が訪れた。しばらく二人は向かい合って黙った。

 しかし、タケルは我慢できずに言った。


「もしかして、じいや?」


 すると、人影はゆっくりとフードをめくり顔を見せた。やっぱり、じいやだった。


「バレたか。そうじゃ、わしじゃ」


 タケルは拍子抜けしたが、一体いつの間にじいやはここまで登ってきたのだろうと驚いた。山道の途中で誰にも追い抜かれなかったはずである…。


「これから成人の儀を行う。こっちにくるのじゃ」


 タケルは納得いかないままも、中心に歩いた。


「昔は大それた儀式もしておったようじゃが、最近では形だけのようなものになってしもた」


 そう言うとじいやは目を閉じ、なにかブツブツと変な言葉を唱え始めた。

 タケルは仕方なく、終わるのをじっと待つ。

 ふと風が吹き、周りの木々がざわめく音がした。

 じいやは唱え終えると、うしろから冠を取り出し、ゆっくりとタケルに被せた。


「おぬしもこれにて晴れて成人じゃ」


「これで終わり?」


「そうじゃ」


 タケルはじいやがふざけているのかと思った。しかし、じいやの顔は真剣そのものである。


「ただ、他の村の男ならこれで村の言い伝えなどを伝えるだけで終わりなのじゃが、おぬしには、特別に伝えんといけんことがあってな…」


 まさかここでふいうちで決闘する相手が出てくるのかとタケルは身構えたが、じいやは小さな箱を取り出しただけだった。

 フタを開けるとタケルに中を見せた。中には不思議な形をした首飾りが入っていた。


「この首飾りは、代々村の長に継がれるものじゃ。本来ならば、おぬしの父から受け継がれるはずのものじゃったんだが、おぬしも知っておるように、幼い頃におぬしの父は病気で死んでしもうてのう」


「これが、父からの…?」


 タケルは首飾りを手に受け取って眺めた。

 不思議な形はしてはいたが、特別に綺麗なものでもない。


「そう、おぬしの父。先代の長だ。それを受け継ぐということは、おぬしがこの村の長になるということなのじゃ」


「えっ!?」


 寝耳に水だった。母親から、父が病気で亡くなったことは聞かされてはいたが、長だったことは聞かされていなかった。もちろん、自分がそれを受け継ぐものであるということも…。


「…じいや、本気で言っているのか?」


「当たり前の本気じゃ。まぁ、いきなりのことで、おぬしも戸惑うかもしれんが、おぬしの父、そしてまたその父もこの村の長を継いできたのじゃ」


 茫然とするタケルを尻目に、じいやは咳払いをすると続けた。


「実はな、わしの家系も、代々おぬしの家に仕えてきた身でな。このような、成人の儀も任されてきておった。しかし、おぬしの父が亡くなった時、おぬしはまだ赤子でのう。せめて、おぬしが育つまでは代わりに長の座も仮で務めてくれと頼まれたのじゃ。本来ならば、おぬしも屋敷で住むべきなのじゃが、父の遺言で、成人を迎えるまでは普通の村人として育てるようにと申された。なにか、考えがあってのことじゃったのだろう。そして、母役のユウコがおぬしを引き取り育てることとなった」


「母役?」


「あぁ。おぬしの実の母は、”災厄”に連れ去られたんじゃ」


「なっ…」


 タケルは目を見開いてじいやを見た。


「じいや、なにを言っているのか意味がわからない。僕をからかうのはやめてくれ!」


「おぬしをからかったりなんてしておらん。辛いだろうが、わしの話を聞くのだ。タケルよ」


 タケルは睨むようにして、じいやのことを見た。


「おぬしも、この村のものであるなら災厄のことは耳にしたことがあるであろう。災厄は何十年かに一度村にやってきては村人をさらっていく。それは、いにしえの時代から変わらない摂理じゃ。人によっては、災厄は人間の犯した罪に対する罰だとか言う奴もおるが、実際にはなにかわからん。前回の災厄がやってきた時は、おぬしらが生まれてすぐの時じゃった」


「おぬしら…?」


「そうじゃ、おぬしは双子の兄として生まれた。しかし、母親とおぬしの双子の妹は共に災厄に連れ去られてしまった」


「……父は?父は、その時なにをしていたのですか?二人を助けにいかなかったのですか?」


「あの年の災厄は、村に甚大な被害を与えた。連れ去られたのもおぬしの母と妹だけではない。多くの村人がさらわれ…、おぬしの父は、村を再建するために尽力した」


「いえ、そうではなくて。父は母と妹を連れ戻そうとしなかったんですか?」


「連れ戻す?タケルよ…、よく聞くのじゃ、災厄に連れされたものは帰らない。災厄は摂理であり、絶対だ。我々はそれを受け入れるしか道はない。もちろん辛いことじゃ。おぬしの父も悲しみ苦しんだ。しかし、我々には、残されたものの義務として、村を立て直し、村を守り、繋ぐ役目がある。それは、いにしえから変わらぬ…」


「義務…いにしえ………」


「まぁ、おぬしもいずれわかるじゃろう。ともかく、今日という日、おぬしが無事成人を迎えられてよかった。ようやくおぬしの父へも顔向けできる。その首飾りは、肌身離さず持っておくのじゃ。それがおぬしの”おぬしたる証明”となる」


「……」


「さっそく明日、新しい長が誕生したことを村のものに伝えよう。しばらくは、引き継ぎもあるし、わしが補佐として付く。村を頼むぞ、タケル」


「……」


 タケルは今朝、母親がどこか寂しそうな顔をしていたことの意味を理解した。

 しかし、今更そんなことを言われても、あまりに理不尽だった。今まで、のうのうと生きてきた自分が情けなくなる。大人になるということはこういうことなのか。世界の不条理を知っても、何事もないふりをして生きていく。

 悔しかった。怒りが湧いた。





 山を下るとケンが出迎えた。あたりはもう暗くなっていた。


「腹が減っただろう?こちらに飯を用意してある。一緒に食おう」


 ケンに連れられ屋敷に入った。たくさんの食事が並べられていた。


「もしかして、全部ケンがつくったのか?」


「まぁな」


「凄い…」


 ぎゅるるる…タケルの腹がなった。


「ははは。まぁとにかく食え。そして、これだ、酒!」


「ありがとう」


 しばらく二人はもくもくと食べた。

 ひとしきり食べ終えたところで、ケンは箸を置き、タケルを見て言った。


「明日。タケルの村長就任を村のものに大々的に知らせる」


「ぶっ!」


タケルはせき込んだ。


「僕が長になることを知ってたのか?」


「まぁな。実は、この村では成人を迎えると、村長から伝えられてたんだ」


「え?」


「タケルの家系が代々この村の長を務めてきたことと、村人であるおれたちは、タケルを守ることを誓わされる。村の大人は皆知っている」


「……」


「もう、タケルと気安く呼べるのも今日までだな」


「僕なんかを守っても何にもならないよ。父は、母も妹も守れなかった…」


「いや、タケルを守ったではないか。おれは、小さい頃のかすかな記憶しかないが、村のものからもタケルの父上は立派な方だったと耳にした」


「母と妹を見捨てておいて…?」


「それは辛いことだが…、一番辛かったのは父上のはずだ。相手が災厄ならば、どうしようもないことだ」


「…僕ならその災厄を討つ」


「ははは。やんちゃ坊主だったタケルらしいな。まぁ、冗談だろうが」


「……」


「おっ、もうこんな夜更けだ。さぁ、早く帰って母上にも報告するといい」


 ケンが食器を片づけ始めた。

 タケルは屋敷を出ると、家に向かった。

 村は夜の静けさに包まれていた。いつもと変わらない光景だった。違ったのはタケルの心の内だけだ。

 家の前についても、しばらくタケルは中に入れなかった。母にどのように今日のことを報告しようと考える。しかし、よくよく考えれば、母はすべてを知っていのだ。

 今思えば、小さい頃よく屋敷に向かったのはじいやに自分のことを報告するためだったのだろう。今更ごまかしても仕方がない…。母はすべてを知っていて自分を育ててくれた。

 自分にとっては、母はユウコでしかない。

 意を決すると、タケルは玄関の扉をあけ中に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ