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第3話「災厄」

 三年の月日が流れた。

 タケルはヨシノを妻に向かえ、息子のハヤトも生まれた。 

 はじめ、タケルはヨシノは縁談を断るだろうと思っていた。

 あんな、実はどこかのんびり屋のヨシノが村の長の嫁になるはずがないと。しかし、ヨシノは縁談を受けると承諾した。ただ、「うん」と答えたという。

 タケルは長になってからも、それまでとほとんど変わらす村人と接した。じいやは反対したが、村人と一緒に狩りに出ては、一緒に畑をたがやし、収穫をもした。

 そのようなタケルの新しい村の長の姿は、成人を迎えるまで普通の村人として暮らした影響が大きく、また単純に、屋敷の中に鎮座し、皆に指示を出すような長の在り方は性に合わなかったのもあった。

 村の若いものは、そのようなタケルのある種、気さくな長としての姿を受け入れられたが、タケルの父を知る世代のものたちは違和感を感じていた。タケルのことを気安く呼ぶ若いものを、年長のものが怒る場面もしばしばあった。

 しかし、時が経ってくると、そのタケルの天性の天真爛漫さが、むしろ逆にカリスマ性を際立たせてきたことがわかり、年長のものもなにも言わなくなった。

 しばらくは平穏な日々が続いた。

 天候も良好で、作物もよく育った。

 不穏な空気がもたらされたのは、他の村に出向いていたケンたちの一行が帰ってきた時だった。

 それはある日のことだった。タケル、ヨシノとハヤト、女中たちが屋敷の高台から景色を眺めていると、村の門に一団が歩いてくるのが見えた。ケンたち一行だとすぐにわかった。子供たちが駆け寄っていくのが見える。しかし、すぐに様子がおかしいことに気付いた。一団の、どこか殺気立った雰囲気に、近づいた子供たちが離れていっているのだ。


「ヨシノ。ハヤトを連れて屋敷に入るんだ」


 タケルが言うと、ヨシノは短く「はい」と言い、小走りに屋敷に入った。一団が階段を登り、屋敷の前までやってくると、整列し、先頭のケンが「タケル。今帰った」と言った。

 声こそ、いつもと変わりはなかったが、顔も体も泥だらけで、他の面々も疲れ果てている様子だった。


「ケン、ごくろうだった。一体なにがあった?」


「いろいろあってな…。とにかく、まずは皆を休ませてあげてくれないか。話はあとでする」


 ケンがうしろを振り向くと、男たちが力なくうなずいた。


「わかった。風呂場は屋敷のを使っていい。急いで風呂を沸かそう」


 タケルは女中に風呂を沸かすよう指示した。

 ケンたちは屋敷に入っていった。



 風呂からあがったケンが、タケルとじいやの前に座った。

 ケンは大きく息を吐き、一呼吸おくと話し始めた。


「今回の旅は、まずは東に向かい、いくつかの村を訪ねたまでは問題なかったのだが、北上し、海岸線に出た頃から様子がおかしくなってな。どうも、以前と地形が変わっているように見えたんだ。しばらく、海岸沿いを歩くと、瓦礫の残骸が見え始めて、俺の記憶が正しければ、あのあたり一帯にあった漁村がなくなっていた」


 タケルとじいやが目を合わした。


「それで、急いで帰路につこうとしたんだが、道中で嵐にあってな。なんとか洞穴を見つけて難を逃れたんだが…」


 ケンが口ごもる。


「どうした?」


「一緒に行っていたサルが、おかしなものを目にしたと言うんだ」


 サルとは、村一番の大男のことで、熊みたいな見た目をしていたが動きが俊敏だったので皆からサルと呼ばれていた。


「サルを呼ぼう」


 ケンがサルを呼ぶために席をたった。

 すぐにサルが、「失礼しまっす」とケンと共に部屋に入ってきた。

 タケルが許すとサルは座敷に座った。床がどすりと揺すれた。


「サル。お前が見たものを、タケルとじいやにも話してくれ」


 ケンが促すと、「はいっす」と、サルは目をきょろきょろさせて話し始めた。


「あの嵐の中、おいらは体がでかいんで洞穴の一番外側の方にいたんです。だから外が少し見えていて…、それはそれは凄い嵐でした。まるで風呂桶をひっくりかえしたように。…おいらが風呂に入ると、よく母ちゃんが嵐が来たようだと言いました。まぁ、母ちゃんも大概に…」


「サル、簡潔に話せ」


 ケンが睨む。


「あっ、すいませんっす。それで、おいらが洞穴の外を見ていると、一瞬稲妻が走って、外が照らされたんです。そしたら見えました」


「なにが見えた?」


 タケルが身を乗り出す。


「…なにか巨大なものが歩いていました」


「巨大なもの?人か?」


「いえ、なにか、蜘蛛のようなものだったっす」


「蜘蛛?どんな大きさの蜘蛛だ?」


「山ぐらいの大きさがありました…」


「………」


 タケル、じいや、ケンは黙る。


「あっ、やっぱり、おいらの見間違いっすね!洞穴が窮屈でしんどかったんで変なものが見えたんっす」


 サルは自分のせいで場の空気が悪くなったと思い、あわてて手を振って否定した。


「災厄じゃ…」


 じいやが押し殺した声で言った。


「えっ!?」


 三人が同時に声をあげる。


「サルよ。おぬしは見てはいけぬものを見てしまったのじゃ」


「お、おいらはどうなるんっすか…?」


「まぁ…、おぬしなら大丈夫じゃろうが」


「そ、それって、どういう意味っすか…?」


 サルはきょろきょろと三人の顔を伺ったが、誰も返事しなかった。


「ともかくだ」


 ケンが大きな声で言った。


「タケル。もし、サルが見たのが災厄…だとしたら、この村にやってくるのも近いのかもしれない。急いで帰路についたのも、村が心配になったからだ」


「……」


 タケルは顎に手をやり考え込む。


「もし、そうじゃとしても、我々にはどうすることもできん」


 じいやがゆっくりと首を振って言った。


「いや」


 タケルは顔を上げると、


「災厄の姿を見たってことは、実体があるってことだ。攻撃をあたえることもできるはず。村に矢倉を立て、追い返すことでも出来れば…」


「ぶわっははは」


 じいやが笑った。


「じいや。なぜ笑う?」


「タケルよ。まだそんな子供っぽい考えを持っておったのじゃな。災厄は人知を超えた存在じゃ。我々の力でどうこうできるものではない」


「じゃあ、みすみす村が襲われ、村人が連れ去られていくのをただ見ていろと?」


「前にも言ったが、災厄はすべては奪わん」


「海岸線の村はなくなっていたというじゃないか」


「それじゃ…。もしかしたら、災厄に対してなにかを起こしたのかもしれん。昔から伝えられてきたことじゃ、“触らぬカミにタタリなし”と言ってな。何もしないことが一番何かを成し遂げるということもあるんじゃ」


「……」


 タケルは悔しそうに歯をかみしめた。





 翌日には、サルが災厄の姿を見たという話と、海岸線の村が消えていたという話は、村人で知らないものはいなくなっていた。


「やっぱり、災厄はやってくるのか…」


「逃れられんさだめなのだな…」


「せっかく村を立ち直し、平穏が訪れたと思っておったのに…」


 村人は口々にささやきあったが、災厄のことは語るのすら不吉なこととされていたので、表面上は村人はいつもと変わらないように振る舞った。災厄のことを実体験として知らない若い世代は、そんな大人たちの様子から、なにかよくないことが起こりかけているのではないかと察した。

 タケルは、ケンと共に高台から村を眺めた。


「村人に動揺が走っている」


「あぁ、一見いつもと変わらないがな」


 タケルはケンを見た。


「ケン。村の前を流れる川を掘削し、土塁を築きば、少しは災厄の足止めできないだろうか?」


「おいおいタケル!まだそんなことを言っているのか、じいやが無駄だと言ったではないか」


「しかし、なにもしないというのも無責任ではないか…」


「タケルの言う気持ちもわからないではない、俺だって災厄を討てるものなら討ちたい。しかし、海岸線のあの惨状を見ては…」


 ケンは遠くを見つめた。

 するとタケルは唐突に、「ケンも早く嫁をもらえよ。家族を持てば…世界も変わって見えるぞ」と言った。


「ちょっ、それとこれがなにが関係あるんだ!」


 タケルは、そのケンのあわてる様子に少し笑いながら、


「関係あるさ…。思いを寄せる女はいないのか、よければ僕が」


「いない!いない!」


 ケンは全力で手を振った。でも顔は赤い。


「そもそも、俺みたいな無骨な男に嫁に来てくれる女なんていないさ」


「そんなことはないだろう」


 タケルは本心でそう言った。たしかにケンは少し強面ではあるが、頼り甲斐がある男である。


「しかし、俺たちはこの世界のことをなにも知らないんだな」


 ケンが話題を変えるようにつぶやいた。


「どういう意味だ?」


「そのままの意味さ。俺たちはこの世界のことをなにもわかってはいないんだ。なぜ陽がのぼり、陽が沈むと夜が訪れるのか。どうして、生きているのか。死ねばどうなるのか。なにもわからないのに、俺たちは平然とこの世界で生きている。考えてみれば異常なことばかりなのに。俺たちは、もしかしたら自分の知り得ない、なにか大きな意思によって動かされ、生かされているだけなのかもしれない。あの川の流れのように、流れに逆らうことなんて出来ないんだ」


「………」


 タケルは、ケンがそんな風に考えていたことが意外で驚いた。

 実は、タケルもふとそんな風に考えることがあった。

 自分たちは、日々なにごともなく生きているが、もちろん、災厄の脅威は常に頭のどこかにあることはあるのだが、普段からはあまり意識することはなかった。

 むしろ、日々のどうでもない出来事で頭は占められていて、毎日同じことを繰り返し、その中で喜びを見つけて生きているのだ。しかし、ふとなにかの拍子に、なにか心の奥底にぽっかりと穴が開いているような、なにかが足りないような、気持ちになることがあった。自分はとても大切なことを忘れて生きているのではないのかと。そんな風に思うのは自分だけだと思って口にはしなかった。きっとバカにされるのがオチだろうと。だから、ケンが、まさに今言ったような掴みどころのない感覚を言葉にして言ったので、驚いたし意外だったのだ。

 ケンは気まずくなったのか、「村の様子を見てくる」と言うと、階段を足早に下って行った。

 タケルは屋敷に戻り、女中のヒトミに、ヨシノとハヤトの居場所を尋ねた。


「はぁ、奥様は、ハヤトさまと寝室だと思いますが」


 寝室に向かうと、たしかにヨシノとハヤトがベットで寝ている姿が見えた。近づくとヨシノが目を開けた。


「あっ、タケルごめん。ハヤトを寝かしつけようとしてたら私も寝てしまってたわ」


「いいよ。疲れているんだろう」


 ヨシノは起きようとしたが、タケルも一緒にベットに横になった。


「タケルこそ、大丈夫?」


「どうして?別に」


 ヨシノが体をひねらせ、タケルの方を向いた。


「最近、よく眉間にしわを寄せているわ」


「そうかな…」


「そうよ、こうやって…」


 と、ヨシノが眉間にしわをよせて見せた。


「そんなぶさいくじゃないさ」


「あっ、ひどーい」


 二人は、クスクスと笑った。


「ねぇ、タケル覚えている?子供ころ、わたしがいじめられてて泣いていた時のこと。そうしたらタケルがさ、やっぱり今のように眉間にしわをよせてやってきてくれて」


「そんなことあったっけ?」


「あったわよ。…まぁいいわ。それでね、タケルはわたしを村の外を見渡せるところに連れて行って、ただ黙っていただけだったけど、わたしはなんだか嬉しくて、また、しくしく泣き出したの。そしたらタケルが突然、僕がもっと強くなってヨシノを守ってあげるから、だから泣くんじゃないって」


「……」


 タケルは本当に覚えていなかった。恥ずかしくなって天井を向いた。


「でね、わたし聞いたの。わたしがどこにいても?と。そしたら、当たり前じゃん。どこにいても駈けつけるよって。そして、わたしが、あのお月さまの上にいても?って聞くと、当たり前じゃんって」


 ヨシノが声を出さず笑った。


「笑うなよ」


「でもその時はとても嬉しかった。タケルは、私だけのヒーローだって」


「よく覚えているんだな。だけど、僕はヒーローでもなんでもない。この村を守ることすら…」


「災厄のこと?村の人たちがいろいろ噂しているわ」


「あぁ…」


「最近、なんだか不思議に思うの。言葉ではうまく言い表せないけど、わたしたちは選んだわけではないのにこの村に生まれ、この村で育ち、ここがわたしたちの世界のすべてになっているわ。なにひとつ疑問を持たず。だけど、わたしは一つだけ確信するの。きっと、別の場所で生まれていても、タケルと出会って、一緒になっていただろうって」


「また大袈裟な…。でも、そうか、おれたちは、この世界のことをなにもわかっていないから…」


「なにそれ?」


「いや、さっき、ケンがそんなことを言っていたんだ」


「えっ?二人って、そういう関係だったの?」


「違うよ!」


「わかっているわよ、冗談よ」


 ヨシノがまた笑った。

 しかし、タケルは笑わず、ただ天井を見つめていた。

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