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第4話「嵐」

 その日は、朝から雨が降っていた。

 昼過ぎには風をともない、夜には豪雨となった。

 屋敷のものは皆、広間に集まっていた。

 その時だった。ドンドンドン!と扉を叩く音が玄関の方から聞こえてきた。

 タケルとケンが立ち上がり、玄関に向かう。

 ケンが玄関を開けると、そこにはずぶ濡れの男の子と、同じくずぶ濡れのサルが立っていた。


「父ちゃんが!父ちゃんが!」


 男の子が叫んだ。


「とりあえず、中に入るんだ」


 タケルが手招きすると、サルが男の子の背中を押し屋敷の中に入った。ケンが扉を閉める。


「と、父ちゃんが帰ってこないんだ…」


 再度男の子が言い、そのまま泣き出してしまった。

 これでは埒があかないと思い、タケルは「どうした?」とサルの方を見た。サルがうなずいて話す。


「お、おいらが家の戸締りをしようとしていたら、この子が外でうろついていたんで、どうしたんだ?って聞いたんっす。そしたら、父親が村の外の畑を見に行って帰ってこないんで探しに行こうとしているんだと。それはダメだと言ったんすが、どうしても行くときかなくて。だったら、タケルさんのところに相談に行こうって言って来たんす」


「トウマ、父さんはいつ頃に家を出たんだ?」


 タケルはしゃがみ尋ねた。男の子の名前はトウマといった。いつもは元気に村の中を走り回っている子だったが、今は怯えるように震えている。父の名はヤキチといった。母はいなかった。


「雨が強く降りだしてすぐだ…。父ちゃんが、畑が心配だから見に行くって。すぐに戻るって言ったのに。おいらはこんな雨だから危ないって止めたんだ…」


「たしかに結構時間が経っているな…」


 タケルは振り向いてケンを見た。


「ケン、ヤキチの畑は、たしか川の近くだったな?」


「あぁ、そうだ」


 タケルが考え込んでいると、屋敷のものたちも心配し、皆が玄関まで出てきた。


「よし、わかった。トウマの父さんは僕たちが探しに行く。トウマはここにいるんだ」


 タケルがそう言ってトウマの肩を持つと、じいやが「タケルよ。今は外に出るでない。この雨は不吉じゃ…」


 と前に出てきて言った。


「村人が危険に晒されているのに放ってはおけない」


 タケルは立ち上がって反論した。


「ケン、すぐに外に出る準備してくれ!」


 ケンは、じいやとタケルの顔を交互に見て、迷うように少し立ち尽くしたが、


「わかった」


 と言い屋敷の裏に向かった。


「お、おいらも手伝うっす」


 サルも付いて行った。

 その時だった。ガタガタガタと屋敷が揺れた。


「ひゃあ」


 玄関にいた女中のものたちが悲鳴をあげた。

 天井から砂埃が落ちてきたのを、タケルは見上げた。


「タケル、行くでない…。嫌な予感がする」


 再度じいやが諭すように言った。しかし、タケルはじいやの顔を見ただけで、女中たちに戸締りをしっかりするように指示した。

 ケンが雨具を持って戻ってきた。


「タケル本当に行くのか?俺たちだけでも…」


 タケルは首を振ると、雨具を着た。

 サルも、なんとかサイズの合わない雨具を着た。


「タケル!」


 ヨシノが呼んだ。タケルが振り返る。


「大丈夫なの?タケル」


 ヨシノの顔が怯えていた。少しタケルの気持ちが揺らぎかけた。

 しかし、タケルは、


「ケンとサルもいるので大丈夫だ。すぐ戻る」


 と言うと、屋敷を飛び出した。

 風雨が吹き荒れる中を、タケル、ケン、サルの三人は村の入口に向かって走った。

 途中、外の様子を見に出ていた村の男数人が、タケルの姿に気付き駆け寄った。


「タケルさん、どうしたんですか!?」


 タケルは事情を説明する。

 事情を聞いた男たちは、


「それなら、おれたちも行こう」


 と、うなずきあった。

 タケルは「皆は家でいてくれ」と言ったが、男たちが「それはダメです」と譲らなかった。ここはタケルが折れた。正直、心強かった。

 門を開け、村の外に出た。

 強風が木々を揺らし、地面を吹き上げていた。


「これじゃ、今年は作物はダメかもな」


 男たちが呻くように言う。

 タケルたちは畑の中を進んだ。


「おーい、ヤキチー。どこだー」


 口々に叫んだが返事はなかった。

 雨が激しく顔に叩きつけ、人影どころか、ロクにあたりを見渡すこともできなくなってきた。

 すると先を歩いていたケンが、「危ない!」と叫び、うしろに引き下がった。


「どうした?」


 タケルはケンのうしろに立って先を見た。

 そして、「これは…」とタケルも引き下がった。

 男たちも同じく先を見て、「なんじゃこりゃ!?」「まさか!」「うわぁー」とわめいた。

 タケルたちが目にしたのは、畑の外周部分の川辺が崖のようにえぐれ崩れ落ち、恐ろしい音と共に濁流が渦巻いている光景だった。


「ヤキチー!」


 男たちは声の限り叫んだが、風雨と濁流の音で声はかき消された。

 タケルが崖を下ろうとしたので、男たちが止めた。


「タケル!死ぬつもりか!」


 ケンが叫ぶ。


「しかし…」


「タケルの気持ちもわかるが、これではどうしようもない。仮にヤキチがいても、助けようとする俺たちが死んでしまう!」


 それでもタケルは崖を下りようと足を踏み出そうとした。

 すると、「タケルさん!駄目っす!」とサルが叫び、タケルの体を抱き上げると、肩に担ぎ上げて、村の方に向かって走りだした。


「おい!サル!なにをする!」


 タケルは叫んだが、サルはそのまま突っ走る。

 ケンや男たちは呆気にとられてその光景を見ていたが、


「俺たちも行こう」


 とうなずき合うと、後を追って走った。





「わかった!わかった!サル!もう行かないから降ろせ!」


 村の門を入ったあたりでタケルがサルの背中を叩いて訴えた。

 サルは立ち止まったが足をすべらせこけた。タケルは地面に投げ出された。


「タケル、大丈夫か!」


 ケンたちが駆け付ける。

 その時だった。大きく地面が、ドン!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!と音を鳴らし揺れた。


「うわぁ!」


 ケンたちは立っていられず、その場に倒れた。

 サルとタケルは、そのまま地面に這いつくばって堪えた。

 しばらく、体が浮き上がるほどの突き上げる衝撃が続いた。近くの住居が傾くのが見えた。


「くそっ」


 タケルはどうやっても立ち上がることができなかった。地面の揺れとは別に、体も震えているような気がする。こんな強い地震を体験するのは初めてだった。

 どれだけ経ったのかわからない。物凄く長いようにも思えたが、意外と短かったのかもしれない。徐々に揺れが収まると、ようやくタケルは立ち上がれた。


「みんな大丈夫か!?」


 タケルが声をかけると、男たちは各自立ち上がり、「大丈夫だ」「大丈夫です」と互いを見合って無事を確かめた。

 サルは腰を抜かしたようで立ち上がれず、ひっぱって立たせた。


「屋敷は…」


 タケルは高台の方を望んだが、陽が沈んだ上に靄がかかったようになり、なにも見えない。


「屋敷は大丈夫だろう。このあたりの住居でも全壊はしていない」


 ケンが自身も落ち着かせるようにして言った。

 その時だった。高台の方からこちらに歩いてくる一団が見えた。

 先頭にじいやが歩いている。


「タケル!今すぐ屋敷に戻るんじゃ!今の揺れがなにを意味するのか、おぬしもわかっておろう!災厄が近いぞ!」


 じいやがそう叫ぶと、男たちが息を飲んだ。


「皆も家に帰れ!そして、なにが起ころうと家からは出るな!過ぎるのを待つのじゃ」


 男たちは困惑しながらも、各々に散って行った。


「さぁ急げ!」


 じいやはタケルにも大声で叫んで言った。

 タケルは再度村の外の方を振り向いて、苦悶の表情を浮かべたが、ケンとサルに促されると屋敷に向かって走った。

 タケルたちが屋敷に戻ると、トウマが玄関に駆け付け、「父ちゃんは!?」と叫んだ。

 タケルが「すまない」と言うと、トウマは「うわぁーん!」とその場に泣き崩れた。

 女中のマサエが駆け付け、トウマを抱えて広間へ戻る。

 タケルも広間に行き、


「みんな、決して屋敷から出ないようにしてくれ」


 と見渡して言った。

 広間にいたものたちは無言でうなずく。皆顔が怯えていた。

 ふとタケルはヨシノとハヤトの姿が見えないことに気が付いた。

 広間を出て、寝室、風呂場と見て行ったが、ヨシノの姿はない。

 まさかと思い奥の座敷に向かうと、向こうからハヤトを抱いた女中のメグミが歩いてくるのが見えた。


「おい!ヨシノの姿を見なかったか!?」


 タケルがメグミに駆け寄る。

 メグミははっと顔を上げ、タケルの顔を見た。目には涙が浮かんでいる。


「どうした!?」


「奥さまは、裏山に向かわれました」


「ヨシノが、どうして裏山なんかに…」


 メグミは、タケルが事情を知らない様子に困惑し目を伏せた。


「メグミ、どうしてヨシノが裏山に向かうんだ!」


 タケルが再度叫ぶ。その声に気付いたケンがうしろから駈けつけた。


「タケル、どうした?」


「メグミが、ヨシノが裏山に向かったと言うんだ」


「なんだって!?」


 ケンも絶句する。


「タケルさま…。わたしたち村の娘は、成人を迎えると村のおばばの元へ向かうのはご存じでしょう?」


 メグミは目を伏せたまましゃべった。


「あぁ…、それが?」


「そこで、わたしたちは大人の女になるためにいろいろなことをおばばから教わります。そして村の言い伝えも聞きます。その中の一つに、かつて村を守るために身をささげた女の話があります」


「!?」


 タケルは、あまりの衝撃に言葉を失った。


「遠い昔、災厄から村を守るためにいけにえを捧げていた時があったそうです。わたしたちは村の女として、いざという時には身を捧げる覚悟を知らされます」


「………」


「わたしは奥さまを止めました。しかし、奥さまの決意は固く…」


 タケルは後ずさる。

 なんということだ。自分がそのような事実を知らなかったことにもショックだが、騙されていたような気がして激しい怒りで体が震えた。

 タケルは壁にかけてあった弓矢を取った。


「タケル、どこに行く!?」


 ケンが叫んだ。

 タケルは弓矢と防具を体に取り付けながら、


「僕も裏山に行く。ヨシノは渡させない」


 と凄んだ。ケンは、タケルのその剣幕にたじろき、なにも言えなくなった。


「ケン、あとを頼む」


 タケルはそれだけ言うと、奥の扉に向かい、扉の外に出ると外から鍵を閉めた。


「おい!タケル!」


 ケンが扉の向こうから叩いて呼ぶ声が聞こえた。

 しかし、タケルは答えず、岩場を抜けると、ごうごうと音を立てて風雨が叩きつけられる裏山へ続く道を見上げた。

 両手のにぎりこぶしに力を込める。

 ヨシノを失うなんてありえない。こんなことは絶対あってはならない。絶対に許されない!

 タケルは一気に山頂目指して駈け上がった。





 山頂へは、成人の儀式を受けるものが登る通常の登山道と、別に近道が出来るルートもあったが、そちらは険しく一部岩場をよじ登ろうとしなければならない場所もあったので、さすがにタケルはこの風雨の中では危険だと判断した。

 仕方なく、通常の登山ルートを駆け上がった。

 間に合ってくれ。間に合ってくれ。

 タケルは何度も心の中でそう叫んだ。

 そして、山頂に着いた。


「はぁ…、はぁ…」


 タケルは今にも倒れんばかりに肩で息をした。

 それでもなんとか暗闇の中、目を凝らす。

 雨はほとんど止んでいたが、不気味な音をたて風が岩場を抜けていた。


「ヨシノ…、どこだ」


 その時だった。稲光が走り、雷鳴と共に祭壇が照らし出された。

 祭壇の中央に人影が見えた。


「ヨシノ!」


 タケルは近づく。

 すると、再度稲光が起こり、ヨシノがこちらを向くのが見えた。

 雷鳴のあと、ヨシノの声だけが聞こえた。


「タケル、こないで!」


「ヨシノ、なにをしている!屋敷に戻ろう!」


「ダメよタケル!わたしはタケルとハヤト、そしてこの村を守れるなら、命は惜しくはないわ!」


「ヨシノ…」


 再び稲光と雷鳴が轟き、そしてタケルは見た。

 祭壇の向こうに、なにかとてつもなく大きな影が蠢いていた。

 サルの言葉を思い出す。たしかに巨大な蜘蛛のようだった。いや、タケルには大きな蛇にも見えた。まるで何匹もの蛇が絡まるようにして…。

 タケルが弓矢を構えようとした瞬間、黒い影がもの凄い勢いで横切り、タケルは吹き飛ばされた。


「うぐっ」


 地面に叩きつけられ、全身に激しい痛みを感じ、のたうった。

 それでもなんとか起き上がって、再び弓矢を構えようとした。しかし、再度稲光に照らされた祭壇には、もうヨシノの姿はなかった。


「ヨシノ!!」


 タケルの叫び声と雷鳴が同時に響いた。


「はぁ…、はぁ…、ヨシノ、ヨシノ」


 その時だった。頭上から恐ろしい咆哮のような音が聞こえて、思わず耳をふさいで座り込んでしまった。

 想像以上だった。まさか災厄がこれほどの存在とは。体が震えて思うように動けない。

 自分は間違っていたのか。じいやの言うことが正しかったのか。

 くそっ。ちくしょう!ちくしょう!

 地面が大きく揺れた。どこかにつかまろうと手を伸ばしたが、その岩場ごと砕け散った。


「ぐはっ!」


 また地面に叩きつけられた。

 なんとか目だけを開けて、暗闇の空を仰ぐ。

 すると暗闇の空の中に、さらに漆黒の影が飛び立っていくのを見た。


「ヨシノ…」


 タケルはそう声をしぼりだすと、そのまま気を失った。


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