第8話「宴」
学園祭の当日、朝から彼らは準備に追われた。
小人が倉庫からいろいろ装飾品を出してきては、校舎の外や中、校庭のあらゆる場所に置いていくように指示をした。相変わらずのこき使われ様だったが、生徒たちも学園祭を楽しみにしていたので、どこか雰囲気は楽しげだった。挙動不審気味なのは彼らだけであった。
警備員が彼らのもとにやってきた。
「今、あのベルを確認してきたのだが、鳴らそうと思えばいつでも鳴らせるだろうな。問題はタイミングだが…」
すると、モジャモジャも彼らのところにやってきた。
「今、いろいろと聞きまわってたんですが、学園祭は陽が沈むと同時に始まるそうです。初めは校舎に集まって先生からお話があるそうで、それが終わると自由行動…。夜通しで宴を開くそうです。なんだが、あちらで楽器を渡されて練習しているグループもいました」
「今、あのベルを鳴らすタイミングの話をしていたんだけど、宴が始まってしばらくしてからがよさそうだね」
彼が言った。
「そうですね。宴が始まってみんなが外にいる時の方がいいでしょう。ベルが鳴ったら、僕が騒ぎ立てて、ベルのところへ生徒のみんなを誘導します。もしかしたら、先生やあの大男もベルのところに向かうかもしれません」
「そんなにうまいこといくやろか」
少年が頭を掻いた。
「おぬしらは入口近くに待機しておくのがいいだろう。大男がどんな反応するかはわからないが、隙が出来れば…」
警備員が皆を見る。
「そうだね。入口の近くにいるようにするよ」
彼がうなずいて言った。
「きっとうまくいきますよ!」
モジャモジャがガッツポーズをした。
そして、彼らは怪しまれないように別々に散らばった。
*
夕方になってすべての生徒が校舎に集められた。
先生が話をした。
「あなたたちがここに来た日、この場所はかつては多くの者が集い、世界の真理を知ろうとしたものたちが学んだ場所だと話ました。しかし、その人たちは去ってしまい、現在は我々だけとなってしまいました。ただ、今こうして我々がここに存在し、学べるのも、かつてこの場所を開き、伝えた先人たちがいたからなのです。今日はその先人たちの魂が帰ってくる日なのです」
「え?誰かくるんか?」
少年が耳打ちした。彼はさぁ?と首をかしげる。
すると突然、先生が唸るような声を出し、呪文のようなものを唱え始めた。
聞いたことのない旋律だった。耳がむず痒いような感じがする。
長い先生の呪文が終わると、校舎の扉が開けられた。開けたのは小人だった。
「では、皆さん外に出て宴を始めましょう」
先生の言葉で、生徒たちは一斉に「イェーイ!」と騒ぎながら扉の方へ向かった。
彼らもつづく。先に扉の外に出た一団から、「うぉ」とどよめきのような歓声があがった。
「なんやなんや?」
少年が背伸びをして外を見ようとする。
ようやく彼らも外に出て、そのどよめきの意味がわかった。
校舎の周りや校庭の一面に小さな明りが灯り、まるで地上にも星空が現れたようになっていたのだった。
「綺麗だね。いつもと同じ場所とは思えない」
彼はその光景に見惚れて言った。
少年と男の子も、うんうんとうなづく。
校舎の前に楽器を持った一団が並んだ。そして音を奏で始めた。
「なんか、踊りたくなってくるな!」
少年がそう言って体をくねらせると、男の子が笑った。
他の生徒も、皆適当に体を動かして踊りだした。
「さぁ、行こう」
こんなことをしている場合ではないと、彼が少年と男の子を促した。
二人は名残惜しそうにしたが、学園の入口の方に向かって歩きだした。
すると、前方からドンドンドン!と足音を鳴らしながら、大男の片割れが歩いてきた。
彼らは咄嗟に木の影に身を隠した。
大男が、足をふらつかせながら歩いてくる。
「ははは。今日はめでたい日だべ、今日ぐらい許してもわらんとな、…ういっぷ!」
大男は倒れるようにその場に座り込んでしまった。
「なんやあれ、あいつもしかして酔っぱらってるんか?」
少年が言った。
「そうみたいだね」
「なんちゅう奴や!じゃあ、もう一人はどないしてるんやろ?」
彼らは少し期待を持ちながら入口のところまで来た。
「げっ!」
少年が急いで身を隠した。
もう一人の大男は、道の真ん中で手足を広げ一人で入口を塞いでいた。
「これは簡単には出してはくれないぞ…」
「そうだね。もうちょっと離れたところで様子を見よう」
彼らは来た道を少し戻った。
校舎の方から聞こえてくる音楽が先ほどより軽快になり、生徒たちの笑い声なども聞こえてくる。
彼らが丁度、入口と校舎が見えるあたりの木の影に隠れて、様子を伺おうとした時だった。
「あら、こんなところでどうしたの?」
と声をかけてくるものがいた。彼が驚いて振り返った。
そこにはマドンナが立っていた。
「ふふ。そんなに驚かなくても」
マドンナが微笑みながら近づいてくる。
彼はごくりとつばを飲み込んだ。マドンナと話をするのは初めてだった。
「お話するのは初めてね」
「そ…そうだね」
彼はマドンナの顔を見た。マドンナと目が合った。
彼は恥ずかしくなって視線を反らした。いつもはおしゃべりな少年も、なぜか黙っている。
「い、いつも一緒にいる彼らは?」
彼がいつもマドンナを取り囲んでいる親衛隊のことを尋ねると、マドンナはうしろを振り返り、
「あぁ。あの人たち…」
と再度彼の方を振り返って、
「なんか、向こうの方で盛り上がってるみたい。私ああいうの苦手だからこっちに来たの」
と少し恥ずかしそうに言った。
明りに照らされたマドンナの顔は、いつもより綺麗に見えた。
「わたし、あなたたちのこと知っているのよ」
マドンナが上目使いでそう言ったので、彼は驚いて目を見張った。
「え?ぼ、僕たちのことを!?」
「そう…。ずっと昔から」
「もしかして、記憶があるの?」
「あっ、そういう意味じゃないわ。そんな気がするだけということ。ごめんね!」
あやまる姿もマドンナは可愛かった。
「わたし、うまく言えないけど、あなたたちのことを初めて見た時、初めて会った気がしなかったの。きっとどこかで見たことのあるような…」
警備員もそんなことを言っていたなと、彼はふと思い出した。
「あなたたちは、もしかしたら有名人だったのかもね。私、ずっと、あなたたちとお話がしてみたいと思っていたのよ…」
「え?」
彼は固まった。
マドンナの瞳がキラキラと輝いてこちらを見ている。
彼は咄嗟にこの瞬間が永遠に続けばいいと思った…。
なんなら止まってしまってもいいと…。
ドワーーーーーン!
そんな、ちょっと我を忘れかけはじめていた彼を現実に戻すには充分すぎるほどの、大きな音があたりに鳴り響き渡った。
「きゃ!なに?」
マドンナが両手で耳をふさぐ。
はじめ彼らも、その音がなんの音かわからなかったが、いつもと違い勢いよく鳴らされたベルの音だということを、すぐに理解した。警備員があのベルを鳴らしたのだ。
タイミングは…。最悪だった。
音が鳴り止むと、不気味な静寂が訪れた。
さっきまで校舎の方から聞こえていた音楽も聞こえなくなり、かわりにざわざわと騒ぐ声が徐々に聞こえてきた。
「あの音って、いつも授業の時になる音よね?どうして今頃…」
マドンナは不安そうに彼を見た。
「あのね…」
彼が答えようとすると、
「みんなーこっちだー!こっちに逃げるんだー!」
と叫ぶ声が聞こえてきた。モジャモジャの声だ。
そして、今度はドンドンドン!と大男が入口の方から走ってくる足音が聞こえてきた。
「はやく行って!」
彼はマドンナに言った。
「あなたたちは行かなくていいの?」
「僕たちもすぐ行くよ!」
彼は手を振り、マドンナを先に行かせるようにした。
振り向くと、すぐうしろに大男が立っていた。
大男は彼らの存在に気付いてないようで、一人でしゃべった。
「なにが起こったんだべ。まさかよりにもよってこんな時に…、別の場所から来たんだべか。まずいべ!!」
そう叫ぶと大男は走って行った。
彼らは学園の入口を見た。入口はもぬけの殻になっていた。
「こんなうまいこといくもんなんかい」
少年が関心して言った。
「よし今のうちだ。行こう!」
彼が手招きした。もうこうなったら今更引き返せない。
彼らは走った。
入口から外に出ると、大きな樽のようなものも置いてあってビックリした。
彼らはそれが何を意味するかわからなく首をかしげたが、考えている暇はなかった。
最後にもう一度校舎の方を振り返って、それから暗闇の中に飛び出した。




