第3話「学園」
彼らは“学園”に在籍していた。
ここが学園と呼ぶべきであろうということは、しばらく生活をしてわかってきたことだった。
あの大男と出くわした時、彼らはもう終わりかと覚悟したが、
「お前らも生徒か?どこから来たんべ?」
「先生に報告せんと。な、アニキ?」
と、話かけてきた“二人の大男”の間の抜けたような雰囲気に拍子抜けしたのだった。
大男二人に連れられ、彼らは奥にあった大きな建物に着いた。
それは明らかに建物だった。扉と屋根もついている。
その中で、彼らは“先生”と呼ばれている方と対面した。
「先生。入口のところにおったこの子らを連れてまいりました」
大男が先生に彼らを紹介した。
「ご苦労。下がっていいですよ」
「はっ、これにて」
大男二人が建物から出て行く。
彼らは先生と向き合う形になった。
「あのぅ…」
彼が恐る恐る声を出した。
「あなたたちのことを待ちわびていましたよ。さぁ楽にして」
先生の声は不思議で、まるで頭の中に直接語りかけているかのように明瞭に聞こえた。
男の子が、「あのおじさんの声だ…」とつぶやいた。
「あのぅ…ここはどこなんですか?」
「なんやねんここは…」
「ここどこ?」
三人が同時にしゃべった。
「まぁまぁ。そんなに焦らずに」
先生は笑うように言った。
「あなたたちも、どうやら自分が何者かわからないのですね。でも安心してください。ここはあなたたちにとって安全な場所です。かつてこの場所は、この世の真理を知ろうとする人が集まり、学び、論議した場所でした。今は、無情にも時は過ぎ、私たちしかいなくなってしまいましたが、今またその役目を負う時がきたのです」
「意味がわからないのですが?」
彼が尋ねる。
「突然のことで戸惑うでしょうが、ここであなたたちは学ぶのです」
「えっ!?」
三人が同時に声をあげた。特に少年が大きな声を出した。
「学ぶって勉強をするってことですか?」
「そうです。ここであなたたちは、宇宙の誕生から始まり、なぜ我々が生まれたのかを学ぶのです」
「ちょっ、ちょっと待ってください!僕たちはまだ自分が何者なのかも思い出せていないんです。いきなり勉強するなんて言われても」
「せや。なんでいきなりわけわからんところにきたと思たら勉強しやなあかんねん!」
少年は特に、“勉強”という部分に強いアクセントをつけて訴えた。
先生は少し沈黙したあと、
「だからこそ学ぶのです。あなたたちは無垢です。だからこそ知らなければならないことがあるのです。心配しなくてもいずれ…記憶は戻ります。焦ってはダメです。とりあえず、今日のところはゆっくりと休み、明日からに備えてください」
正直彼らには、ただ単に理不尽な要求を突き付けられたようにしか思えず納得いかなかった。
しかし、先生は優しげに話しつつも、どこか有無言わせない雰囲気があった。
彼らとしても他にアテがあるわけでもなく、従うしかなかった。
彼らは寮に案内された。
案内したのは、さきほどの大男とは真逆の小さい二人組で、明りを持ち、薄暗い小道を先導した。
ときどきチラチラと後ろを振り向いては、彼らが付いてきているか確かめる。
寮は階段を上った先の高台にあった。少し薄汚い建物だった。
小人が、ここ!ここ!と指を指すので、彼らは言うとおりに中に入った。
「なんやねんここ。なんか汚いなぁ」
少年が柱や壁を触りながら愚痴る。
「さっき、かつては学んでいた人がいたって言ってたけど、相当昔のことかも知れないね」
彼も殺風景な部屋を眺めて言った。
「やっぱ、あの白い建物の場所におった方がよかったかな」
少年が言うと、
「それはなんとも言えないけど、今更もう戻れなさそうだよ」
「せやなぁ…。あの森は森で不気味やったし、でも勉強はめんどくさいな」
少年はよほど勉強が嫌らしい。
「ずっと、ここにいるの?」
男の子が不安そうな声で訊いてきた。
「わからないけど。ここにいたら安全だと思うよ」
彼はまた自分にも言い聞かせるように言った。
あの先生と呼ばれる人は、記憶はいずれ戻ると言った。
戻ればすべてが解決するのだろうか…、それはわからない。
「あー、しかし暇やなー」
少年は寝そべった。
その日は、本当になにもなかった。
少年と男の子はいつの間にかいびきをかいて寝ていたが、彼は遅くまで起きていた。
*
翌朝、ドンドンドン!と扉を叩く音で目が覚めた。
彼は半分目をあけた状態で、ふらつきながら扉に向かい開けた。
そこには、昨日この場所まで案内してきた小人が立っていた。手になにか持っている。
「それは……なに…?」
彼は目をこすりながら尋ねた。
「ん!ん!」
と小人は手を差し出すだけで答えてくれない。彼はそれをじっくりとよく見た。
「もしかして、それ箒?」
彼が言うと、小人はうんうん!とうなずいた。さらに小人がそれで掃く動作する。
「それで掃除をしろってこと?」
彼が言うと、小人がうなずく。
「わ…わかったよ。ちょっと待って」
彼は少年と男の子を起こした。
少年の寝起きは最悪だった。よだれをたらし、ほとんど白目の状態で箒を持った。
男の子はいくら体をゆらしても目を覚まさなかったので、仕方なく寝かしておいた。
表に出ると、寮の前の広場を箒で掃いていった。
一通り掃き終えると、小人が今度はこっちに来いと手招きをした。
「なんやねん、こんな朝早よから。寝かしてくれよー」
少年は泣きべそをかいた。
彼は今度こそ男の子を起こすと、三人で小人に付いて階段を下った。
小人は、昨日あの先生と呼ばれる方と対面した建物の前で、中に入れと手で合図した。
中に入ると、イスと机が並べてあった。
「どうでしたか?ぐっすりと寝れましたか?」
またあの不思議な声で、先生が話しかけてきた。
「はい。なんとか…」
彼が答えると、
「それはよかったです。今日から、ここで皆さんには授業を受けてもらいます。席は自由ですから、どこにでも好きなところに座ってください」
と先生が言ったので、彼らは一番うしろのすみっこの席についた。
イスをひくと、ガガガガと床をする音が鳴った。
彼は、昨日はこんな机とイスは並んでなかったな、誰かが並べたのだろうか…と首をかしげた。なにより、最も奇妙だったのは、その机とイスが数十席もあることである。自分たち以外にも誰かいるのだろうか…。まさかあのカプセルに入っていた異形の…。
「他に誰かくるんやろか?」
少年も疑問に思ったようで彼に尋ねた。彼は無言で首を振るしかなかった。
その時だった。突然うしろの扉がバタンと開くと、整列した人の列が入ってきた。
一糸乱れず整列して歩くその列は、皆同じような髪形と服装をしており、異形ではなかったが、どこか様子がおかしかった。よく見ると誰の目にも生気がなくうつろな目をしているのだ。
それでも机とイスの前まで来た列の人らは、無言でイスを引き、次々と着席していった。全員が席に着き終えると、どこからともなく、ドーンとにぶい音が聞こえてきた。
「皆さん揃いましたね。おはようございます。これから授業を始めます」
先生がそう言って授業が始まった。
授業では、先生が言ったとおり、宇宙の誕生から学んだ。
宇宙は、138億年前にビッグバンが生じて生まれたという。
ビックバンのあと、その空間に出来たチリやガスが元となり、恒星が出来た。
それら恒星が集まり銀河となり、またその銀河が引き寄せあい、銀河群、銀河団、超銀河団を形成していったという。
正直、先生の話は難しく、半分も理解できた気がしなかった。
少年は鼻くそをほじくって暇そうにし、男の子は完全に寝てしまっていた。
話は、今から50億年前に形成された太陽系の話になり、太陽の第三惑星には”地球”という星が出来たそうだ…。
授業が終わると、また列の人たちは行進して建物から出ていった。
その様子を彼らが不思議そうに眺めていると、
「彼らは…まだあなたたちのように目覚めきっていないので不思議に見えるでしょう。でも、ここで同じように学ぶ生徒なのです」
と先生が説明した。
彼はいろいろ疑問が湧いたが、小人が扉の外で早く外に出ろと手招きしていたので、仕方なく建物から出た。
表に出ると、もう他の生徒の姿はどこにも見えなかった。
「あれ、もうおらへんやん」
少年がきょろきょろとあたりを見渡す。
「寮に帰ったんだろうね」
彼も遠くを見た。
「早っ。なんか不気味やったな、ほら、こうして」
と少年は他の生徒の歩くマネをした。男の子が笑った。
「目覚めきってないってどういうことだろうね?」
彼がふざける少年を無視し、疑問に思っていたことを口にした。
「あれちゃうか。おれらも朝はぼけーっとするやんか。そんな感じちゃう?」
「いや、違うと思うけど…」
彼は否定しつつも、自分もあのカプセルから目覚めた時はあんな感じだったのだろうかと想像した。
「しかし、ここは広いなぁ。よし探検してみようや」
いきなり少年が歩きだした。
「いいのかな。勝手に見てまわって」
「ええんちゃう?おれらはここの生徒なんやし」
彼は少年のその無謀さというか、たくましさに尊敬の念をいだきそうになったが、でもやっぱりやめた。
歩いてみると学園は想像以上に広かった。
山を背にするようにして敷地が広がり、敷地内には今にも朽ち果てそうな建物もあれば、割と綺麗な建物も建ち並んでいる。
昨日彼らが辿りついた柱を並べただけのような構造物のところまでやってくると、大男が二人立っているのが見えた。近づくと、大男二人は彼らを見て、
「ここからは誰も出したらいかんと先生から言われとるべ。な、アニキ?」
「そうだべ」
と互いに見合って言った。
彼らは仕方なくその場を後にした。
寮に帰っても特になにもすることがなく、少年はひたすら「あー暇だー暇だー」と連呼し、彼は部屋に置いてあった本を読もうとしたが、なにを書いてるのかわからなかったので、すぐ読むのをやめた。
窓をあけると、空がだいだい色に輝いていた。
光が端正な彼の顔を照らす。
そんな色の空を見ていると、どこか寂しいような切ないような言葉では言い表せない気持ちになった。
「なに見てんの?」
少年が同じように窓の外を見る。
「いや、空が不思議な色をしてて…」
「ふ~ん」
興味なさそうに鼻をほじくる少年を彼は軽蔑するように見ては、もう一度視線を戻し、そのまましばらく空を眺めていた。




