第2話「墜落」
彼は夢を見た。
どこか狭い、薄暗い空間に彼は立っている。
体は動かそうとしても動かない。
前方に、自分を覗き込むようにして見ている大人が三人いることに気付いた。三人は自分のことを見ながらなにかを相談している。
話している内容は聞き取れないが、三人はしきりに手を動かし、厳しい顔つきをしていた。
ただ、そのうちの一人、その“彼女”の、自分を見る目がどこか優しげで寂しそうだったのが印象的だった…。
お母さん…?
彼は声をかけたいと思った。できれば駆けよって声をかけたい。
しかし、体は動かないし、口も開かない。
三人の大人がその場から立ち去っていった。
彼は暗闇に取り残された。
*
目を開けると白い天井が見えた。
一瞬どこにいるのかわからなかったが、徐々に自分の置かれている状況を思い出してきた。
彼は体を起こして辺りを見た。部屋はしんと静まりかえっている。
まだあの少年と男の子は寝ているようだ。
ふと大きな窓の外に光が走るのが見えた。彼は立ち上がり、窓際に向かった。
「あっ…」
彼は声を出すと、急いで少年を叩き起こした。
「ん、なんや?」
少年は眠たそうにまぶたをこすりながら起きる。
その瞬間だった。急にどすん!という大きな音とともに大きな衝撃で部屋が揺れ、ビービービーとけたたましい音が鳴り響いた。
「おいおいおいおい…なんや!?どねした!」
少年は慌てふためき、「うえーん」と目を覚ました男の子も泣き出した。
静かだった部屋は今や喧騒と化し、ガタガタと大きく揺れ、部屋の照明が赤く点滅した。
部屋が傾いて、彼らは反対側の壁にすべり落ちた。
「うわっ!」
すると、部屋の隅に置いてあった棚のようなものが彼らの方に向かって滑り落ちてきた。
彼が「危ない!」と叫んだ瞬間、少年が目にも止まらぬ速さで動き、棚を掴み受け止めた。
凄い瞬発力と腕力だった。
三人は、窓際にしがみつく。
彼がかろうじて顔をあげ窓の外を見ると、そこはまばゆい光の世界だった。
光がこちらに向かってきていると思ったが、それは違った。
こちらが光の方へ向かっているのだ。
彼は一瞬、このまま死ぬのかな…と思った。
不思議な感情だった。その時、初めて自分が生きているということを理解したのだ。
そう、自分は生きているんだ。
次の瞬間、大きな衝撃とともに気を失った。
*
「おい!起きろって!大丈夫かー?」
彼は揺れ起こされて目を覚ました。
「おお!生きてか。死んだんちゃうかと思ってビビったで」
少年が彼の方を見て言った。男の子も彼の方を心配そうに見ている。
彼は辺りを見渡した。そこは森の中だった。
先ほどまでとはまったく違う景色にも戸惑ったが、最も異様だったのは、目の前に木々をなぎ倒し、強大な建造物のようなものが横たわっていることだった。
それは球体と立方体を合わさしたような不思議な形をしており、側面に丸い窓がついている。あの窓には見覚えがあった。
「もしかして、僕たちはこの建物の中にいたってこと?」
「そういうことや」
「どうして外に出たの?」
「どうしてって…、さっきの大きな揺れと衝撃のあと、ドアが全部開いたんや。で、出てみたわけ。ほんまわけわからんわ」
少年はそうあっけらかんと言ったが、彼は信じられないといった感じで少年の方を見た。外になにがあるのかもわからないのに勝手に出るなんて無謀にも程がある。少年の行動こそ”わけがわからん”かった。
彼はなんとか気を失う直前の記憶を呼び覚まそうとした…。
暗闇からさした光と流れる景色…。
「…落ちてきたんだよ。僕たちは」
彼がつぶやくように言った。
その時だった。森の奥から「うぉ~ん」と獣のような声が聞こえてきた。
「ひっ!」
少年が怯えたような声を出す。
「静かに!」
彼は人差し指を口にあてた。
静寂の中耳をすましたが、もうなにも聞こえなかった。
「なぁ、ここから移動した方がええと思わへんか?」
少年が早口で言った。
「怖いの?」
「怖くなんかないわ!」
「じゃあ、移動するってどこへ?」
「そんなんわからんけど、適当に行ってみたらええんちゃうか」
また少年は無茶苦茶なことを言ったが、彼もこの場所に長居するのは得策じゃないと思った。
「え?どこかにいくの?」
男の子が今にも泣きだしそうな声で言う。
「大丈夫だよ。人がいるところ探して助けてもらおう」
彼は、自分にも言い聞かせるようにそう男の子に言った。
とはいえ、どこに向かえば良いのかわからなかったので、とりあえず三人は下り坂の方に向かって歩いた。
道のりは思いのほか険しく、ところどころに巨石がころがり、巻きつく蔓と樹木が行く手を阻んだ。
突然男の子が立ち止まり、「なにか聞こえる」と前方を指さした。
「なにも聞こえへんぞ。怖いこと言うなよ!」
少年が身を震わせる。
「なにが聞こえるの?」
彼が尋ねると、男の子はじっと一点を見つめ、
「なんかね。こっちだよっておじさんの声が聞こえたの」
少年と彼は互いに顔を見た。
彼は耳を澄ましてみたが、なにも聞こえなかった。
「じゃあ、そっちに行ってみようか」
彼が提案すると、
「えっ、なんでそうなるの?」
と少年が目を見開く。
「怖いの?」
「だから、怖ない言うとるやろ!」
結局、男の子が聞いたという、おじさんの声が聞こえた方向に向かって歩くことになった。
しばらく行くと、小川に辿り着いた。その川沿いを辿って歩くと森を抜け、一気に景色が開けた場所に出た。
眼下にはなだらかな丘と平地が見え、遠くにはそびえる山が見える。丘の下には建物のようなものが見えた。
「ほら、あれ」
彼が指さして少年に教えると、
「なんやあれ。誰かおるかもしれへん。行ってみよう!」
と少年は先ほどまでの臆病さはどこ吹く風で、軽快に歩きだした。
彼は少年の相変わらずの慎重なのか無謀なのかわからない行動に呆れながらも歩いた。
丘を下ると、遠くに見えた建物のようなものが近くに見えてきた。近くで見るとそれは人が住める建物というよりも、ただ柱を立て並べたようなものだった。
少年が空を見上げるようにして言った。
「なんやこれ、むちゃくちゃでかい…」
彼も見上げた。
彼らの身長より明らかに大きな構造物で、上の方には橋?をかけようとしたような形跡がある。不気味ではあるが人工物なのは明らかで、どこか安心もできた。
三人は恐る恐る柱の間に足を踏み入れていく。
その時だった、急にあたりが暗くなった。
「えっ!?」
三人は声をあげ、体を強張らせた。背後になにか気配を感じたのだ。
「もしかして、うしろになんかいたりして?」
少年が恐る恐る言うと、彼もうなずいた。
意を決し、彼らはゆっくりとうしろを振り返った。
次の瞬間、「ぎゃーーーー!!!!!!」と三人は悲鳴をあげた。
三人は腰を抜かしその場に座り込む。
彼らのうしろには、この巨大な構造物に見合う大男が立ちふさがっていたのだった。
大男がゴゴゴゴゴと不気味な音を立てながら顔を動かし、大きな目でぎょろりと彼らを見た。
「えらいこっちゃ!俺たちは”巨人の星”に来てしもたんや!!!!」
少年がこの世の終わりとばかりに叫んだ。




