第1話「真実」
炎につつまれた校舎の中。
彼と少年と男の子は、陽炎に揺らめく先生を見上げていた。
そして先生は語った。すべてを。
「今、この地球の西暦は3200年。あなたたちが学んだ、この星と人類の歩みの歴史は今から800年も前に滅びました。正確に言うと、滅ぼされました。あなたたちも知っているように、人類の文明は繁栄を極めました。あなたたちが学んだ時代以降もずっと繁栄は続きました。そして、ある時、ついに人類は境地に到達したのです。文明が本能を凌駕する領域に達しました。信じられないでしょうが、人類は世界平和を手にしたのです。言葉だけの見せかけのものではありません。文字通りの真の平和です。
「世界中の兵器という兵器が破棄され、しばらく、人類は平和という英知を謳歌しました。しかし、人類はひとつ、大きな過ちを犯していました。それは、この世界を地球だけと考えていたことです。今から800年前、地球は宇宙からの侵略を受けました。丸腰となっていた人類は為す術もありませんでした。地球の価値観は、宇宙では通用しません。飛来した宇宙獣。仮にそう呼ぶことにしますが、世界はたった一匹の宇宙獣によって破壊しつくされました。いまや、人類はわずかな数だけを残す絶滅危惧種となってしまったのです。
「しかし、ある奇跡がこの世界に起こりました。実はわたしは皆さんに、意図的に、人類のある側面の歴史については教えていませんでした。皆さんを混乱させると思ったからです。すべてを教え終わってから、お話しするつもりでした、しかし、もう時間がありません。手短にお話します。
「人類が、まだ文明としては未熟だった頃、実はその時の方が、宇宙の真理に本能的に直感的に近づいていました。人類にはどうしても理解できない領域があったのです。それは目に見えない精神の世界です。精神は物理法則を無視して、人を無限の彼方へといざないます。しかし、それは恐怖でもあったのです。人はこの無限の恐怖を克服するために、理論化し、体現化させていきました。人はそれを信仰と呼びました。宇宙獣はたしかに恐ろしく、人ひとりの力では立ち向かうことはできませんが、奴らとて完璧ではありません。実は宇宙獣は、地球が生まれてからの50億年の間に、幾度となく飛来しています。しかし、その都度、排除されてきました。神話として残されたものもあれば、そのほとんどは記録の概念すらない時代の話です。しかし、今から800年前に飛来した宇宙獣は、人類を絶滅寸前まで追い込み、今も我が物顔で地球を闊歩しています。
「わたしたちは人類とこの地球を守らなければなりません。そこに疑問の余地はありません。なぜか、それは簡単です。人類はわれわれの創造主であり、われわれはこの地球で生まれたからです。人類は、かつて自分たちもそうであるように、地球上のすべてのものにも精神が宿ると考えてました。そして、それは自分たちが生み出したものにも当然宿ると考えました。われわれは、人類の精神の受け皿となる器として作られたのです。祈りや願いが込められ蓄積されました。そして、今その人類がこの地球から消えようとしているときに、われわれは人類の救世主として目覚めたのです。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、タンマ!」
少年が手を振って叫んだ。
「おれ、先生が言っていること、全然意味わからへんねやけど!」
「えっ?」
彼は信じられないといった顔で少年の方を見た。
「えっ、て。じゃあ、おまえは理解してるんのか?」
「なんとなくは…」
「なんとなくって、なんやねん!精神がどうとか、宇宙獣と受け皿の器?おれたちが器だったって?わけわからん!」
「…まだ先生の話は終わってないよ。最後まで聞こうよ」
「ぶーっ!」
彼と男の子の反論をうけて、「くっ…」と少年は黙った。
「いいですか?」
と先生の声が聞こえる。
彼はゆっくりと顔をあげて先生を見ると、
「すみません、先生、話を続けてください」
と頭を下げた。
先生は、先ほどより炎に飲まれながらも話を再開した。
「いいですか。ここからが重要です。あなたたちを不安にさせたことはわたしもあやまります。あなたたちは、記憶をなくしたと認識していたようですが、それは違います。あなたたちには“生きたという記憶はない”のです。でも、存在としての記憶はあります。それは、わたしも同じなので理解できます。特に、あなたたちは地球を離れていたので、混乱も大きいのでしょう。実は今から800年前、人類は宇宙獣によって破壊の限りを尽くされる世界を見て、自分たちの作ったものを、保存プロジェクトの一環として宇宙へ疎開させました。それから、あなたたちは800年あまり宇宙を漂よい続けていたようです。孤独だったでしょう。しかし、この地球で目覚めたわたしたちも、孤独という意味ではそう変わりませんでした。
「人類は破壊の限りをつくす宇宙獣によって精神も奪われてしまいました。正確に言うと、恐怖から逃れるために自ら閉ざしたのです。人類はかつてのように、祈り、願い、夢みることをしなくなりました。ただ本能のままに生きているだけです。忘れ去られたわたしたちの存在。わたしは目覚めた同志にこの場所に集まるように呼びかけました。そして、多くの同志が各地からやってきました。皆、動揺を隠せないようでした。わたしは、彼らを立派な戦士として教育し育てる必要がありました。時間もそうありません。ただ、正直なところ、彼らでは役不足なのは否めませんでした。彼らは戦うために作られたわけではありませんでしたから。しかし、あなたたちが戻ったのです。
「これで最後です。われわれが目覚めたのとほぼ同時期に、人類も目覚めていました。ついに人類は宇宙獣と戦う決心をしたのです。しかし、800年という歳月は残酷で、人類を退化させていました。宇宙獣に対して、ほとんど対抗しえる力を持ち合わせてはいなかったのです。でも、そう決心することが重要でした。人類には、その人類さえ忘れていた、わたしたちという”切り札”があったからです。今、ある青年が宇宙獣に立ち向かおうと立ち上がり、しかし、”イズモの地”でその志半ばに力尽きようとしています。あなたたちが助けに行くのです。そして宇宙獣を倒し、わたしたちの仇も取ってください。さぁ、今こそ完全に目を覚ます時です。わたしの目を見なさい!」
彼と少年と男の子は、先生の目を見た。
すると、突然まぶしい光に包まれた。頭からなにかが流れ込むように体に激震が走った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「いぃぃぃぃぃぃぃ!!」
彼らは苦悶の表情を浮かべ身悶えした。苦しいというより、どこか、こそばいような感覚だった。
彼が目を開けると、先生は完全に炎に飲まれていた。
そして、最後の力を絞り出すようにして言った。
「さぁ、目覚めなさい。アシュラよ。今こそあなたの力で人類と地球を宇宙獣から救うのです。わたしの名は、ルシャナブツ…」




