第15話「絶望」
タケルは、動かなくなったケンを見つめていた。
なんていうことだ…。ケンが死んでしまった。
この旅が危険なことは承知していた。ケンも覚悟をしていただろう。しかし、こんなのは無駄死にだ。僕たちはオロチを倒すために…ここまでやってきたのに…。
その時だった。地面が小刻みに揺れ始め、次の瞬間には、ドン!と跳ね上がるように地面が歪んだ。
タケルは、この揺れがなにを意味するのか、もちろんわかっていた。
轟音と共に、巨大な影が横切る。間違いない。オロチがやってきたのだ。
見上げると、影が闇の中にそびえ立っていた。何度見ても慣れることはない。おぞましい影だった。
タケルは咄嗟に後方の岩場に駈け、
「サル!」
と呼んだ。サルはおびえた顔をして後方の岩場から顔を出した。
「サル!オロチは僕とチグサで倒す。サルは、隙を見つけてヨシノを連れて船に行くんだ!」
「ケ、ケンさんは…?」
「…ケンは、死んだ」
「へっ…!?」
サルは口をあけたまま動かくなった。
「頼むサル。オロチがやってきた。ここは危ない。ヨシノを連れて…」
ドサッ!!
後方で大きな音がした。タケルは一瞬その音に気を取られたが、
「サル、頼んだぞ!」
と叫ぶと、岩場から離れた。
タケルは腰のつるぎに手を添え、走り出そうとしてなにかにつまずいた。
「うっ」
そこには打ち捨てられたかのように倒れているチグサの姿があった。
「チグサ!」
タケルはチグサの肩を持ち、抱き抱えようと腕に力を込めた。しかし、「はっ!」と息を飲んで固まる。チグサの片腕がなかった。
チグサの黒い衣が引き裂かれ、白い肌が見えていた。
そして、意外なものを目にする。それは乳房だった。
タケルは目を見張り、チグサの顔を見た。
「チグサ…、君は女だったのか………」
チグサは、ゆっくりと目を開くと、澄んだ瞳でタケルのことを見た。
「隠しているつもりはなかったんだ…。すまない」
「なぜ、あやまる……」
その時だった。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!!」
と身の毛のよだつ咆哮が轟いた。空気が震え、その振動をタケルは全身で感じた。
「タケル…。力になれなくてすまない……。ムトウは消えた。あとはオロチを…」
「わかった」
タケルは、そっとチグサの体を地面に寝かせると立ち上がった。そして、オロチのつるぎを腰から抜く。
ひーんという音と共に刀身が現れた。その瞬間、オロチの影が震えたかのように見えた。
タケルは、つるぎを両手で持ち、正面に構えた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄たけびを上げ、オロチに向かって走った。
オロチの一つの首が突き出すようにタケルの方に向くと、首の先端が裂けた。
「!?」
タケルを炎の渦が襲った。
立ち止まり、思わず両手を前にかざす。
ゴオォォォォォォォォ!
目を開けると、恐ろしい轟音と共にタケルの前でオロチのつるぎを境にして炎が二手に分かれていた。
「凄い……」
炎が止むと、生暖かい風が吹き、目の前に気配がした。目の前にオロチの顔があった。
タケルは咄嗟に両手を振り上げようとしたが、激しい衝撃とともに、後ろに吹き飛ばされた。
「ぐふっ!」
タケルの体は何度も地面を跳ね、岩場に叩きつけられた。
手から離れたつるぎが、カラカラカラと音を立て地面をすべっていく。
タケルは、激しい体の痛みで身悶えした。起き上がろうにも、全身に力が入らない。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!!」
またオロチが咆哮があたりに響いた。雨が豪雨になり、そして稲光と雷鳴も轟く。
タケルはなんとか体を起こし、立ち上がったが、それが限界だった。
オロチが首をくねらせ、何本もの首が、タケルめがけて飛んでくるのが見えた。
タケルの脳裏に、ケン、サル、チグサの顔が浮かんだ。
そして、ムサシと船乗りたち、マヨ、手を振るイズ村の村人たち、ヤタ族の長老、自分の村の村人、ハヤト、ヨシノの姿が順に浮かんだ。
皆が笑っていた。はちきれんばかりの笑顔…。
みんなすまない…。
タケルが目をつぶると、目元からはひとすじの涙が雨と共に流れた。
ガキーーーーーン!
と音が鳴り響いた。
「…………」
なにか硬いものがぶつかり合うような音だった。
そして、静寂が訪れる。正確には、雨が地面に打ち付ける音だけが聞こえていた。
どうした?なにが起こった?
タケルは、ゆっくりと目をあけた。
視界が歪んで、よく見えなかった。目の前に背中が見えた。
何者かが、自分の目の前に立っている。
一瞬、チグサかなとも思ったが、違った。
背を向けて立つ者は、よく見ると両手につるぎを持っていた。
正面で手をクロスするようにして、オロチの巨大な顔を受け止めている!
なんと!!??
タケルは、驚愕に目を見開いて見た。
これは現実なのか!?それとも夢なのか!?
すると、背を向けていたその者が、こちらを向いた。
幼い少年の顔だった。
「ちょっと待っててや。今からこいつやっつけるから」
少年はなんとでもない風にそう言った。




