第14話「約束の地」
タケルたちは外に出た。
あたりは薄暗くなり、不気味な音を立てて強い風が吹いている。
「とにかく、一度船に戻ろう!」
チグサが叫んだ。
タケル、ケン、サルは無言でうなずく。
穴の淵を目指して歩いている途中、ヨシノを背負うタケルがよろけてこけそうになった。
見かねたサルが、「おいらが代わるっす」と代わりにヨシノを背負った。
「すまない。助かる」
タケルは不本意ながらもヨシノをサルに託した。
「ヨシノ。もう少しの我慢だ。僕たちは立派な船で来ているんだ。そこまで行けば安全だ」
サルの背中に収まるヨシノに声をかける。ヨシノは力弱く微笑んだ。
そこからは、ほぼ走るくらいのペースで進んだ。それでも淵に辿り着いた時には、すでに あたりを見渡せないほどに夜の闇に覆われていた。
チグサはみちびきを見て方向を確認する。
「ここでは身を隠す場所もない。少し下ろう」
タケルたちは疲労が顔に現れ始めていたが、チグサに任せるしかなかった。
先頭のチグサが、手にあのダイオードを持って小走りする。闇の中、その光を追って入っているとタケルはまるで自分が虫にでもなった気がした。そして、またあの子供のころの記憶が蘇る。穴の中で虫どうしを戦わせていた記憶。オロチからすれば、人間は虫のような感覚なのであろうか。ならば、あれほど惨たらしい、人間をごみのように打ち捨てる感覚も理解できないことはない。
…ふざけるな。僕たちは虫ではない。この報いは必ず受けさせてやる。
額に、なにか冷たい感覚があった。ポツ、ポツと。雨だ。
チグサが前で、ダイオードの光を円のように振った。前方に大きな岩が見える。
「ここで休憩しよう」
チグサが大きな声で言った。
岩陰に入ると、雨の音が聞こえてきた。
さすがのケンとサルも「はぁはぁ」と息を切らせ座り込む。ヨシノはタケルが抱き抱えて支えた。
雨が岩に打ちつける音が強くなった。
「まずいな…」とチグサがつぶやいた。
その意味をタケルも理解した。不吉な雨だった。もしこのまま風と雨が強くなり、地面が揺れ出せば…。
「チグサ、船まではあとどれくらいなんだ?」
タケルが尋ねると、チグサはみきびきを見て、「もう近い。走れば数十分もかからないだろう」と答えた。
「それなら、急ごう。船で一度、島から離れた方がいいかもしれない」
タケルとしては、オロチの居場所がわかった以上、ヨシノの安全が確保できてから、再度この地にやってくればよいと考えていた。
「わかった」
チグサは岩陰から身を乗り出し、あたりの様子を伺った。
そして、「行こう」と手を振った。
*
またチグサのダイオードの光を頼りに、雨の中を歩いた。風が先ほどより強くなり走るのは難しかったが、それでも必死で足を急がせた。
時折、稲光が起こりはじめ、辺りが照らされた。しばらくして雷鳴が遠くで聞こえる。
前方に奇形の岩の影が見えてきて、稲光でシルエットが映し出された。
タケルはこの光景に見覚えがあった。もう少しで船のはずである。よかった間に合ったと安堵しかけた、その時だった。
なにかがタケルの顔の横をかすめた。
ヒュン!
そして、「うっ!」という声。
振り向くと、ケンが首もとに手をやり、ドサリと倒れた。
「ケン!」
タケルが駆け寄ると、ケンの首に矢が刺さっているのが見えた。
チグサが「危ない!」と叫び、タケルに飛びかかるようにして地面に伏せさせた。次の瞬間、タケルの頭上を矢が飛ぶ。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!
何本かは後ろの枯れ木に刺さり、それ以外は岩場に当たって跳ね返った。
サルはすんでのところで避けていたが、バランスを崩し倒れ、ヨシノが地面に投げ出された。
「ヨシノ!」
タケルが叫んで、起き上がろうとしたが、
「タケル!ここは俺に任せてくれ。奴らを片づける。動かないでくれ」
とチグサが早口で言った。
「チグサ、奴らって?…まさか」
「そうだ。ムトウたちだ」
「なぜこんなところまで…。どうやって…?」
「わからない…」
チグサはあの温度を見分けられるもの目元に付けると、素早く起き上がり、近くの岩場まで移動した。
「ムトウは俺が引き付けておく。タケルたちはその間に岩場に隠れるんだ。そして隙が出来たら船に走れ」
タケルは「チグサはどうする?」と言いかけたが、チグサは岩陰から身を乗り出すと、前方に向かってなにかを投げ、ボン!と破裂音と共に光と煙が舞うと姿を消した。
サルの姿を探すと、サルは地面にうつ伏せになってこちらを見ていた。
「サル!ヨシノを頼む!」
サルは「わ、わかったす!」と言って、這いつくばってヨシノに近付くと、抱き抱えて後方の岩場まで逃げた。
その間も、ビュンビュンと矢が飛んできていた。
タケルは、ケンのもとにほふく前進で進んだ。
「ケン!大丈夫か!?」
ケンはうつろな目をこちらに向けた。首を押えていた手の間からは、どくどくと血が流れ出ている。
「タ…タケル、無念だ…こんなとこ…ろで……」
「ケン、しゃべるんじゃない」
「すまない…。力になれな…くて……」
「ケン!!!」
タケルはケンの首元を手で押さえ、怒りに震える目でチグサが消えた方を見た。
*
チグサは岩陰から飛び出すと、前方の木に向かって音もなく走った。
相手は木の陰から矢を放とうと身を乗り出したが、それより早くチグサが手裏剣を投げつけた。
「うっ!」と唸り手に手裏剣が刺さった相手は弓を落し、屈みかけたその瞬間、チグサが通り抜けるようにして斬った。
別の方向からチグサをめがけて矢が飛んだが、チグサは体をひねり飛び上がると、枯れ木を蹴り上げ高く飛び、矢を放った相手の方に向かって滑空した。相手は弓矢を投げ捨て、滑空してくるチグサに向かって構えたが、チグサが投げた手裏剣を食らい、ひるんだそのうちにのどを掻っ切っられた。
背後と前方の二方向からチグサをめがけて人影が迫ったが、チグサが間髪入れずに手裏剣を投げつけ、背後の相手には、後ろ蹴りを見舞い、つま先から飛び出した刃物が相手の首を斬った。前方の相手は、ひるんだその隙に、懐に入るようにして胸を刺した。
次の瞬間、ブウン!と風を切る音と共に、チグサの立っている場所に鎌のような刃が飛んできた。
すんでのところでチグサはそれをかわし、前方に向かってすばやく手裏剣を投げると、そのまま「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」と雄たけびをあげながら突進した。
カキーン!と音が響き、チグサの短刀を首元で受け止めたムトウとチグサは目を合わした。
「ムトウ!」
「久しぶりだなチグサ!」
「きさま、どうやってここまで来た!?ここがどこかわかっているのか!!」
「お前たちの船に張り付いてきたのさ。さぁ、みちびきを渡せ」
「きさまになんか渡すっものか!」
「おれは“約束の地”へ行くのだ…」
チグサはムトウの目を見た。もはやその目は狂人の目だった。
約束の地とは、ヤタ族に伝えられた伝承のひとつだった。
この世界のどこかには、災厄にも襲われず、永遠の命さえ手に入る場所があると…。
ムトウは、その場所はみちびきが示すと思い込んでいた。
ヤタ村では、忍びは精神を鍛えるために、世界の真理に身を投げうる深い冥想を行うが、 それは危険を伴う行為でもあった。一歩間違えば、自分を見失い闇に落ちる。ムトウは闇に落ちたのだ。
長老を襲いみちびきを奪ったムトウだったが、すぐにチグサが奪い返した。今思えば、あの時に切り殺しておけばよかったと、チグサは自分の甘さを悔やんだ。
それからムトウは村から消えた。
意外だったのは、ムトウが消えると他にも数人が村から消えたことだった。それから、幾度となく村はムトウたちによって襲撃を受けるようになった。
長老は、「あまりに時間が経ち過ぎたのじゃ。もはや、我々もこれまでか…」と嘆いた。
次第に、チグサも葛藤を感じるようになった。もしかしたら、各地のヤタ族とも連絡が取れなくなったも、同じような原因だったのかもしれない。
そんな矢先だった。タケルたちが村に訪れたのは。
「ムトウ!きさまが襲っている相手が誰だかわかっているのか!彼らが伝承の一族なのだぞ」
「ふん、あんなひ弱なやつらが……。とんだお笑い草だ」
「くっ!」
ムトウはその巨体にまかせてチグサを跳ね飛ばすと、斬りつけようと手を振り上げたが、煙とともに消えたチグサの姿はそこになかった。
ムトウは「こざかしい」とにやりと笑うと、頭上から迫ってくるチグサに向かって、口から針状の刃を吹いた。チグサはすんでのところで避けたが、着地で少し体制を崩したところにムトウが斬りかかった。
「うっ!」
刃がチグサの肩をかすめ、血しぶきが散った。
チグサはすばやく後方に回転しながら飛ぶと、間合いを取る。
ムトウは「フン」と言って構えた。
その時だった。地面が小刻みに揺れ始めた。
瞬時にその意味を悟ったチグサは、
「ムトウ!一時休戦だ!」
と叫んだ。
「はっ、おじけついたか」
「きさま、この揺れがなにを意味するのかわからないのか!」
ムトウは構わずチグサに斬りかかってきた。
「くっ!」
チグサは後ろに飛んだが、着地すると同時に、ドン!と突き上げるような揺れに見舞われ倒れた。
さすがのムトウも異変に気付いたようだった。
ムトウがこちらを見ていた。しかし、それがチグサが見たムトウの最後の姿となった。
次の瞬間、なにか巨大な影が横切り、ムトウの姿をかき消したのだ。
チグサは空に飛び上がり、現れたその巨大な影を見た。
それは、虫を思わせた。長い手足が地面を掴むように這い、木の幹のような寸胴な胴体の上に、扇状にいくつも長い首が伸びていた。
その長い首が、チグサを追うようにぐるりとひねった。
「まずい!」
気付いた時には遅かった。
チグサの全身を凄まじい衝撃が襲い、そのまま地面に落下していった。




