第13話「イズモ」
古代船はひたすら西へ進んだ。
空が暗くなり、嵐にもなったが、古代船の中は揺れることなく、船内は平穏そのものだった。タケルたちもしばしの休息をとった。
一夜明けると、船がイズモが近づいたことを告げた。
窓を覗くと、異様な形をした島が見えた。島の上空を不気味な雲が覆い、そこだけが薄暗くなっている。
あんなところにヨシノはいるのだろうかと思うと、タケルは絶望的な気持ちになった。
「まもなく、目的地に到着です。お疲れさまでした」
船は音もなく停止した。
「目的地に到着しました。停泊モードに入ります」
扉が開くと、びゅうびゅうと風が船内に舞い込んでくる音が聞こえた。
船は、大きく突き出した岩場に横付けされていた。
「とりあえず、島の中心を目指そう」
チグサはみちびきを台座から取り外すと、手に持ち言った。
タケルはうなづき、チグサを先頭に船を降りた。
島は、遠くから見ても異様な形をしていたが、近くで見ても異様な光景だった。
隆起した岩場が並び、その間を不気味な音をたてて風が抜けている。
草木はほとんどが枯れ、まるで地面から生えた手足のように見えていた。
しばらく歩くと、霧が立ち込めどこを歩いているのかわからなくなってきた。
しかし、チグサは迷うことなく歩いた。
タケルは改めて、この旅の不思議な縁に思いを馳せる。
なに一つ欠けても、この旅は成り立たなかった。ケンが道に迷わなければヤタ村に辿り着かなかったわけだし、マヨが寿命を全うしていたら、自分たちは途方に暮れるしかなかったのであろう。元はといえば、ヨシノが裏山に向かわなけば、あの壁画が現れることもなかった。だとしたら、自分は今頃…。
もしもを考えても意味がなかったが、どうしてもそんな風には考えられずにはいられなかった。
徐々に勾配がきつくなった。山を登っているようだった。
空気が薄いのか、どうも息苦しい。最後には崖になり突き当たった。
「この先だ」
チグサはそう言って崖を登っていった。
軽やかに岩場を飛び移るように登っていくが、タケルたちにはそんな芸当は無理だった。落ちないようにしっかりと足場を確認し、慎重に登った。
ようやく頂上のような場所につき、霧が晴れて一気に視界がひらけた。
「一体、これは…」
「なんだここは」
「ひぇー凄いっす」
タケルたちの目の前に広がっていたのは、遠近感がおかしくなるほどの巨大な碗のような穴だった。タケルが立っていたはその淵にあたる部分で、遥か先に向こう側の淵が見える。見下ろすと、穴の中心に、異様な構造物が建っていた。
空を突き刺すような完璧な三角形で、自然に出来たものではないのは明らかだったが、人の手によるものとも思えなかった。まさに人知を超えた…。
タケルは何度も目をこすり、これが現実に目にしている光景なのかと確認せずにはいられなかった。
「あれが、マヨの言っていた巨大な建物だろうか…?」
タケルは独り言のようにつぶやいた。
「わからないが…。ここからは何が起こるかわからない。タケル。もし、オロチが現れたら、俺たちには構わず斬ってくれ」
チグサがタケルを見て言った。
「わかった」
とタケルはうなづいた。
*
タケルたちは、穴の中心に向かって歩いて下った。
徐々に近づくと、中心の三角形の構造物が想像を超えた大きさであることがわかってきた。見上げると、逆光で影になり、髪が逆立つような、言い知れぬ恐怖感を覚えた。
さらに近づくと、構造物にはところどころにひびが入っていることがわかり、いびつさが目立った。地面に接する場所には大きな亀裂が入っている。
「まずいな」
チグサが言った。
「どうした?」
珍しくチグサが不安げな表情をしていた。
「この場所で、もしオロチが現れたら、ひとたまりもないなと思ってな」
「たしかに…」
タケルは振り返って見た。この巨大な碗の中は遮るものがなかった。
ふとタケルは、子供の頃、虫をつかまえては囲いの中で戦わせていたことを思い出した。
まさに一網打尽。これが罠だとすれば…。
しかし、しばらく歩いてもなにも起こる様子はなかった。
タケルたちは三角形の構造物の前に着いた。チグサが亀裂から中を覗く。
「…真っ暗だ」
そう言い、チグサが背中から光る小さな棒のようなものを取り出した。
「おっ、出ました。チグサの秘密道具っす」
「チグサ、それは?」
タケルは指差して訊く。
「これは、おれたちがダイオードと呼んでいるものだ」
「だいおーど?」
「これも古代の遺物だ。任意に灯りを灯すことができるものだが、ただ、あまりもたない消耗品なんだ。これが村に伝わる最後のものだ」
チグサは光るそのダイオードを掲げ、亀裂の中に入った。タケルたちも続いた。
暗闇の中、チグサの灯りを頼りにタケルたちは進んだ。
足元が悪かった。ゴツゴツとし、光で照らされる壁は、なにか木の根が這うようにグネグネとうねっている。薄気味悪かった。
しばらく歩くと、先が明るくなるのが見えた。
その時だった、突然サルが「うぎゃぁ!」と叫んでころげた。
大声に驚いた三人は振り返り、「どうした!?」と駆け寄る。
灯りに照らされたサルの顔は怯えていた。サルは震える手で前方を指さすと、
「か、顔、そこに顔が見えたっす…」
と言った。
「顔?」
チグサが灯りをサルの指さす方へ持っていった。
うねる根のような壁を、這うように灯りで照らしていくと、そこに人間の顔が現れた。
「うわぁ!」
今度は、タケル、ケン、チグサの三人が驚いて声をあげる。
もう一度、チグサが灯りを掲げた。
暗闇の中に、不気味に光を反射する、目を閉じた人の顔が浮かび上がった。
ただ、蝋のように固まり黒ずんでいて作り物のようにも見えた。
「これは本物…なのか?」
タケルは顔を近づけた。
すると、「そっちにも顔!」とサルが叫んだ。
チグサが灯りを移動させていくと、今度は苦悶する横顔が浮かび上がった。
よく見ると、根のように見えていたのは、人の腕と手だった。
灯りを天井の方へ掲げていくと、無数の人の群れがあった。
「なんだこれは?」
「そんな、まさか…」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
サルは悲鳴を上げると、明るくなっている先に向かって走っていった。
「おい、待て!サル!」
タケルは後を追った。
明るい場所に出ると、一瞬外に出たかとも思うほどの広い空間に出た。
しかし、天井と壁もあった。天井から光が差しこみ、おぼろげながらその空間の異様な輪郭を浮かび上がらせていた。
「ぎゃぁぁぁ!」
と叫びながら引き返してきたサルとタケルたちはおもいっきりぶつかりあって倒れた。
「うわぁ」
全員ばらばらの方向に散らばった。
「痛ててて、サル…」
タケルは起き上がろうと、両手に力を込めた。しかし、手の平に異様な感触を覚え手元を見た。
「!?」
それが人体の一部だとわかると、タケルは驚いてもう一度倒れこんだ。
ケンとチグサの悲鳴も聞こえてきた。
タケルは手と足のやり場に困りながら立ち上がる。そして、辺りを眺めた。
それは海だった。人の亡骸の海だ。
ある体は磔にされるように、ある体は腕をのばし何かにすがるように、眠るような顔、苦しむ顔、泣き叫ぶ顔、正面、横、うしろ向き、何重にも覆いかぶさり、波のように湾曲している。波は壁になり、天井に向かって舞い上がっていった。
これらが、すべてオロチに連れ去られた人だというのか…。
一体、どれだけの年月を重ねれば、これほどまでの…。
まさに狂気だった。自分たちは今までこの人たちの犠牲の上に成り立ち、亡骸の上でのうのうと生きてきたのだ。
こんなことが許されてはならない。絶対に許してはならない!
「出てこい!オロチ!!僕が斬ってやる!」
タケルは叫ぶと、腰のオロチのつるぎに手をかけた。
「待て!タケル!」
チグサが駆け寄って、タケルの体を押えた。
「タケル、落ち着くんだ!オロチはまだ現れていない。まだつるぎは抜いてはならない!」
タケルは肩で息をし、ようやく落ち着きを取り戻した。
「タケル、今俺たちがすべきことを考えるんだ」
チグサは言うと、なにかに気付いたかのようになり、背中から取り出したものを目につけて覗いた。
「チグサ、それは…」
タケルは尋ねた。そういえば、はじめてあの森の中でチグサと出くわしたとき、同じものを付けていたのを思い出した。
「これは暗闇でも視界を保てるもので、熱を感知することができるんだ」
それがどういったことを意味するのか、タケルにはわからなかった。
「もし、この中に生きているものがいれば、体温で見えるはず」
チグサが言うと、タケルは目を見開いた。
「あそこだ!」
チグサが叫ぶと走った。
タケル、ケン、サルもあとを追って走った。
しかし、足場が悪く何度もこけそうになった。ふと、タケルは足元に穏やかに目を閉じる顔を見た。この者たちも、かつてはどこかの村で平穏に暮らしていたのだろう。なんの罪もなく、日々の生活を送っていただけなのに、こんな場所に連れて来られて。彼ら、彼女らは、二度と故郷の土を踏むことはなかった。悲しんだ親兄弟や、夫や妻もいたかもしれない。きっとどこかで生きているはずだと願ったはずだ。しかし、助けは来ないまま…。
チグサが立ち止まるのが見えた。タケルたちが辿り着くと、チグサが黙って前方を指差した。
タケルは視線をその先にやる。
折り重なる影と影。
もはや、何かの模様にさえ見えるその群れ。
その群れの中に、タケルは見覚えあるシルエットを見た。
見間違えるはずがない。
「ヨシノ!」
タケルは打ち捨てられたかのように横たわるヨシノのもとへ駆け寄った。
そして、しゃがむと、ヨシノの体を抱え、体を揺すり、名を呼んだ。
「ヨシノ!ヨシノ!」
ヨシノは、すすで汚れたかのように黒ずみ、力なく口を半開きにし、目をつむっていた。
「チグサ!生きているんだよな?」
タケルが振り返って叫んだ。チグサはうなずく。
「ヨシノ!目を覚ましてくれ!」
タケルが声を震わせた時だった。
ヨシノのまぶたが痙攣するように小刻みに震え、ゆっくりと目が開いた。
「ヨシノ!僕だ!タケルだ!」
「タ…タケル……、タケルなの…?どうして…ここに?」
「ヨシノ、助けに来たぞ。帰るんだ!」
「どこに…、わたし…わたしは……」
ヨシノは、ひとすじの涙を流した。
その様子を眺めていたケンとサルは安堵の表情をし、「よかったっす…」とサルが目元をぬぐった。
タケルはヨシノを背負い立ち上がった。そして、
「他に誰か生きているものはいるかー!」
と叫んだ。しかし、返事はなかった。
タケルはチグサを見たが、チグサは首を振った。




