第11話「オロチのつるぎ」
タケルたちは、マヨと共にあの奥の建物に向かった。
「あの建物の中に、オロチのつるぎはあるんですか?」
タケルがマヨの背中に向かって尋ねた。
「そうじゃ。と言っても、わても見たことはないがのう」
「では、先ほどは中でなにをしていたんですか?」
「おいのりをしておったのじゃ。毎日のお務め」
「おいのり…」
またタケルの聞いたことのない言葉が出てきた。
建物の前に到着すると、マヨは振り返ってタケルを見た。
「オロチのつるぎは、奥の扉の向こうの部屋に置かれておる。大きな箱があるはずなんで、すぐわかるじゃろう」
「なにか、鍵とか特別なものは必要ないんですか?」
「そんなものはない」
「えっ?そんな大事なものをただ置いてあるだけなんですか?もし盗まれたりでもしたら…」
「ひょっ。ひょっ。ひょっ。だからこその呪いじゃろうて」
「そうか…」
今更ながら、タケルは自分は恐ろしいものを手にしようとしているのではないかと寒気がしてきた。もし、自分がつるぎに選ばれなかったら…?
しかし、あの森の中で山賊に襲われた時は、ここで死ねば死にきれないと絶望感に陥ったものだったが、今は不思議と落ち着いていた。どこかで、ここまで来てだめならそれまでだとういう、諦めのような気持ちもあるのかもしれない。
タケルは建物の入口の前に立った。
「ここからはタケルどの一人だけじゃ」
マヨがとおせんぼうすると、ケン、サル、チグサは立ち止まった。
「みんなすまない。ここは僕一人で行く」
ケンがうなずいて引き下がった。
タケルは目を閉じて深呼吸すると、足を踏み出した。
建物の中は真っ暗だった。しかし、徐々に目が慣れてくると部屋の中を見渡すことができた。正面に人影が揺らいだので身構えたが、それは鏡に映った自分の姿だった。
奥に進むと、たしかに扉があった。扉を開けると、わずかに光が差し込む。
どうやら奥の部屋の天井に穴が開いており、陽の光が差し込んでいるらしい。
部屋の中に入ると、中央を光の線が交差し照らしだしていた。大きな箱がある。これがマヨが言っていた箱であろう。
タケルは箱に近づきしゃがみむと、箱の上部に手を触れた。埃が舞った。
そっと両手でフタを持ち、ゆっくりと持ち上げると中を覗いた。中にはなにか布につつまれたものが寝かされていた。
タケルは慎重にフタを床に置き、手を伸ばし触れてみた。
布ごしに堅い感触を感じる。ゴツゴツしている。
タケルは深呼吸し、いっきに布をめくった。
それは一瞬青白く光ったように見えた。そして長く、かつ不思議な装飾が施されていた。
タケルは、今までこんな長い刃物を見るのは初めてだった。村でも、せいぜい刃物といえば料理をする時に使う小さなものしかない。これがつるぎというのか。
タケルは、つるぎの端に指を触れ、握ってみた。
手にしびれるような冷たさが伝わってきたが、なにも起こる様子はなかった。
タケルは、ふうと大きく息を吐き、両手でつるぎを持ち上げた。
端と端を持ち、力を込めると、カチっと装飾の部分に隙間が現れた。
そのまま腕を広げていくと、ひぃーんと不思議な音と共に、刀身が現れた。
装飾の部分は刀身を覆うものだったらしい。長い刀身が姿を現した。
それは闇だった。まるで、刀身の部分だけ空間が切り取られたかのように黒い闇になっている。これがオロチの…。
タケルは瞬きせずその刀身を見た。すると頭痛が起き、一瞬頭の中に黒くおぞましいものが湧いたような気がした。
タケルは、刀身を装飾の中に納めると、腰のベルトに挟んだ。
*
タケルが建物から出ると、
「タケル!」
とケンが駆け寄ってきた。サル、チグサも近づく。三人はタケルの腰のものを見た。
マヨは、「おおおおおおお!」と雄たけびのような声をあげて、タケルに駆け寄ると、
「まさしく、それがオロチのつるぎ!」
と叫び、空をお仰いでなにか不思議な言葉をつぶやいた。
「タケル、体は大丈夫なのか?」
ケンがタケルの顔を覗き込み言う。タケルは小さくうなずくと、皆に安堵の表情が浮かんだ。
そして、タケルが「とても不思議なんだ。これを見てくれ」と、刀身を見せようと手を腰にやると、「待て!それをここで抜くんではない!」とマヨが叫んだ。
タケルは手を元に戻す。
「そのつるぎを抜くときはオロチを斬るときだけじゃ。それ以外にそのつるぎを使おうとすると災いが起こるとも言い伝えがある」
「……」
タケルは素直に従った。先ほど刀身を見た時に感じた、おぞましいイメージ。良い感覚でなかったのは間違いない。
「あとは、それでオロチを斬るだけじゃ」
マヨが微かに微笑んで言った。
しかし、タケルは表情を曇らせた。
「それなんですが…。肝心のオロチがどこにいるのかわかりません。また現れるのを待つとしても、どれくらい待てばいいのか…」
「なんじゃ、それも知らんかったのか。オロチの居所は、”イズモ”じゃ」
「イズモ!?」
四人が同時に声をあげた。
そうじゃと、マヨはうなずく。
「で、イズモって何なんですか?」
タケルが言うと、マヨはずっこける風にした。
「かつてオロチが降り立った地の名前じゃ。ここから遥か西の大地の先にある。その地には、空から来るオロチを見張るため巨大な建物が建っているそうじゃ」
「遥か西の大地の先…。西は死の大地なのですよね?どうやって行けば…」
すると、マヨは「ひょっ。ひょっ。ひょっ」と楽しそうに笑った。
「婆さん笑い事でない」
ケンが怒る。
「いやいや、すまんすまん。わてら一族がこの地で守ってきたのは、なにもオロチのつるぎだけではないんじゃぞ」
マヨが意味深に微笑む。タケルたちは互いに見合って首をかしげた。
「ひょっひょっひょっ。さぁお前さんたちに見せてしんぜよう。こっちに来るがいい。」
マヨが手招きして歩き出した。
マヨがタケルたちを連れて案内したのは、マヨの家からさらに藪に入り、先にあった洞窟の中だった。
洞窟の中は、地下に潜ったはずなのに昼のように明るく、平らな壁に覆われていた。
「なんなんっすか、ここは!?」
サルが叫ぶ。タケルも今まで目にしたことのない空間だった。地下にいるのか地上にいるのかわからないその明るさもさることながら、なによりも目を奪ったのは、中央に置かれていたとてつもなく大きく不思議な形をした物体であった。亀のような形をした流線型のそれは、銀色に輝き、正面と側面に丸い窓がたくさんある。
「マヨさん。一体これは何なんですか?」
タケルが訊くと、マヨは満足気に笑みを浮かべて言った。
「これは、”古代船”じゃ」
「古代船!?」
「婆さん冗談はよしてくれ。これが船だとしたら帆もないし、一体どうやって動くんだ?」
ケンが手を仰ぎ言う。
「わてもよくわからんが、太陽の光を動力にするらしい」
「…太陽の光?」
「そうじゃ、この洞窟内が明るいのも太陽の光を力に変えているからなのじゃ」
「…婆さん、ボケてしまったのか?」
ケンが思わずつぶやくと、「ボケとらんわ!」とマヨが一喝した。
タケルは「すいません」とケンの失礼をあやまり、
「マヨさん、本当にこれでイズモに行けるんですか?」
と尋ねる。
「たぶんな…」
ほら言わんこっちゃないと、ケンが肩をすくめる。
「じゃあ中に入って確かめてみるか?」
「中に入れるんですか!?」
「当たり前じゃ、これは船と言ったじゃろう。えーっとな」
マヨは船に手をかざし、あちこちを触った。
すると、突然、プシュー!という音がして、マヨの立っていた横のあたりから、船の側面がフタが開くようにして開いた。ご丁寧に階段まで付いている。
タケルたちは、恐る恐るマヨと共に船体に入った。
船の中は、不思議な匂いがした。歩くと、カツカツ、コツコツと足音が鳴る。
「この部屋で船を操縦するんじゃ」
マヨが案内した部屋に入った。部屋の正面には大きな窓があり、窓の前には小さな黒い板のようなものが並んでいた。
「かつて、このような船で、人々はいろんな場所にすいすいと移動したそうじゃ。この船は、なんじゃったかな。そう、ジーなんたらで動かすと聞いたことがある」
「婆さん。さっきは太陽の光で動くと言ったじゃないか」
ケンが詰め寄る。
「太陽の光と、そのジー…なんたらで動くんじゃ!」
マヨが怒鳴って反論した。
すると、チグサが部屋の中央にあった台座のような場所に近づいた。
「もしかしたら…」
とチグサは背中からみちびきを取り出すと、その台座の上のくぼみにはめ込んだ。
驚いたことに、カチッと音を立ててみちびきはピッタリ収まった。
「あっ」
とマヨが声を出すと、部屋の中が、突然チカチカと光り出し、ブーンとなにか低い音が鳴り響いた。
「おぬし、一体なにをしたんじゃ!?」
「この台座のくぼみに、俺の村に伝わるみちびきを置いたんだ」
チグサが台座の上でにぶい光を放つみちびきを指差した。
「みちびきじゃと…」
すると突然部屋に、ビービービーと音が鳴り響いた。
そして、「船底に異常あり!船底に異状あり!」と女の声が部屋の中に響いた。
「誰の声だ!?」
ケンが身構えた。
「船がしゃべっとるんじゃ…」
「船がしゃべる!?」
チグサだけが黒い板を見て回り、考え込んだあと「この船は壊れているようだ」と顎に手をやり言った。
「チグサ、それを見てわかるのか?」
タケルが黒い板に表示されるものを指さした。
「あぁ。俺の村には古代文字の一部が伝わるんだ。少しだけ読める。この船はこのままでは動かせないみたいだ。修理しないと」
チグサがみちびきを台座から取り外すと、船は静かになり、また部屋は元に戻った。
「まさか古代船が壊れておったとは…。いくらなんでも時間が経ち過ぎていたのじゃな」
マヨが頭を抱える。
タケルは歯痒かった。せっかくのオロチを倒せる剣を手に入れても、オロチのいるところまで行けないと意味がない。
「船を修理できるものたちがいればな…」
マヨがつぶやいた。
しばし静寂が訪れた。
タケルは、なにか大切なことを忘れているのではないかと、思考を巡らせた。
そして、「あっ」と声を出して思い出す。ケン、サル、チグサの顔を見ると、表情から、三人も同じことを考えていることがわかった。
「マヨさん。船が直ればばいいんですよね?」
「そうじゃが…。どうやって直すんじゃ。ここにはもう職人なんておらんぞ」
「マヨさん。僕たち船でやってきたと言いましたよね?実は、今その船乗りたちが浜で船を修理をしてるんです!」
「なんじゃと!なんで早ようそれを言わんか!」
タケルもいろいろ衝撃なことが連続して、完全にムサシたちのことを忘れていた。
「それなら可能性が見えてきたかもしれん。そうとなれば話は早い、その船乗りたちもここに連れてくるのじゃ!」
マヨがまくし立てた。
タケルたちが洞窟から外ると、もうあたりはもう夕暮れ時だった。
船の場所に戻ると、なにやら騒いでいる声が聞こえてきた。
何事かと近づくと、船乗りたちが宴会を開いている。
タケルはムサシを呼び、事情を簡単に説明した。
ムサシは「ええーー!」と叫び、船乗りたちを呼んだ。
ムサシが今タケルが話したことを軽く説明すると、船乗りたちは「ぎょぎょっ!」と驚いた。
そして、船乗りたちと共にタケルたちは、再度古代船のある洞窟の地下に戻った。
案の定、古代船を目の前にしたムサシと船乗りたちは腰を抜かし驚いた。
「ぎょえええええ!!!!」
さらにマヨが階段を下りてきて姿を現すと、船乗りたちは悲鳴をあげ「出た!魔女だ!」と叫んだ。
マヨは「どけぃ!」と一同を一喝すると、前に躍り出た。
タケルは、先程は急いでいたせいで簡単にしか説明しなかったことをムサシと船乗りたちに侘び、改めてマヨを紹介し、古代船についても説明した。
ムサシたちは古代船をぐるぐると見て回った。
「こんなの船、今まで見たことがないし、ちんぷんかんぷんです」
ムサシは頭を抱えて座り込んでしまった。
見かねたチグサが「船内も見てくれ」と、皆を連れだって船内に入った。
操縦室に入り、チグサがみちびきを台座にセットすると、またムサシと船乗りたちは「ぎょえ!」と驚き、きょろきょろと部屋の中を見渡した。
チグサは、黒い板に表示されているものを見せ説明した。
「修理しないといけないのは、ほとんど船の外装の部分だけのようなんだ」
次第に落ち着いたムサシたちも、真剣な面持ちで黒い板に表示されるものを見ていった。
ムサシと船乗りたちは、しばらくあーだこーだと言い合っていたが最後にはムサシが、
「なんとかしてみましょう。いや、なんとかしないといけないですね」
と自信なさげにも言い切った。
タケルは「ムサシたちが頼りなんだ。よろしく頼む」と頭を下げた。
ムサシは「はい」とさらに深く頭を下げた。




