第10話「魔女」
森の中は一本道だった。
道の左右には巨樹が生い茂り、伸びた枝と葉が空を遮り自然のトンネルと化している。ジャリジャリと、足音だけがあたりに響いた。
奥に進み、ひらけた場所に出ると正面に大きな建物が建っているのが見えた。どこか、タケルの屋敷と雰囲気が似ている。しかし、苔がむし雑草と蔓が這う姿は、長らく人の手が入っていないことを伝えていた。
建物は吹き抜けになっており、中に入ると、さらに奥にも建物が並んでいるのが見えた。
「集落にしてはおかしいな。こんな風な村は見たことがない」
ケンがあたりを見渡して怪訝な顔をして言った。
タケルは他の村を見たことがなかったので、ケンの言う言葉を信じるしかなかったが、たしかに集落にしてはあまりにも殺風景で生活感を感じられなかった。
「でも、ヤタ村みたいな変な村もあったすよ」
サルが言うと、チグサがじろりとサルの方を見る。
「いや、たしかにそうなんだが、ここはなんていうのか…」
ケンが首を傾げた、その時だった。
遠くからかすかに、「シャラン、シャラン、カラン、カラン」という音が聞こえてきた。
サルが「ひっ!」と声をあげる。
タケルは「しっ!」と指を口元に当てた。そして全神経を耳に集中させた。
シャラン、シャラン、カラン、カラン、チン、チン、チン。
また音が聞こえた。明らかに自然に発生する音ではなかった。
「今の音、皆も聞いたか?」
タケルが囁く。三人が小さくうなずいた。
「行ってみよう」
タケルが手招きし先導した。すると、また音が鳴った。
シャラン、シャラン、カラン、カラン。
今度は近い。タケルは正面の建物を見た。
一番奥にあった建物は、壁もあるしっかりした作りになっていた。入口の扉が開いていたが、中は暗くてなにも見えない。
音は明らかにこの中から聞こえていた。誰かいるのだろうか…。
タケルは意を決すると、息を吸い込み、大きな声で言った。
「すみません!誰かいらっしゃいますか!」
「……」
しかし、返答はなかった。
静寂が訪れる。
「タケル驚かすなよ」
ケンが囁く。
「そうっす。タケルさんがいきなり叫ぶんで、おいらビックリしてちょっとおしっこ漏らしてしまったっす」
サルが泣き顔で言うと、チグサが顔をしかめた。
タケルは「悪い」と言い、再度大きな声を出そうと息を吸い込んだ。その時だった。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
と、突然叫ぶ声が聞こえて、正面の建物中から老婆がもの凄い形相で走り出してきた。
「うわぁ!!!」
四人は腰を抜かすように後ずさり、タケルはこちらに向かって走ってきた老婆を反射的に避けた。するとタケルを横切った老婆は、うしろにいたケンに飛びかかる。
「ぎゃあ!」
ケンは奇声を上げて倒れ、老婆が馬乗りになった。
老婆の手になにか刃物のようなものが握られているのをタケルは見た。
真っ先に動いたのはチグサだった。チグサは老婆のうしろにつき、顔に向けてなにか粉のようなものを撒いたかと思うと、羽交い絞めにして老婆をケンから引き離した。
老婆は「きぇぇぇぇぇぇ!!!」と叫んで暴れたが、すぐ動かなくなり静かになった。
「ケン!大丈夫か?」
タケルが駆け寄ると、ケンはゆっくりと「大丈夫だ」と言って乱れた服を直した。
タケルたちは、仰向けに倒れている老婆を見下ろした。
「チグサが婆さんを殺したんですか?」
サルが言うと、「バカ。殺すか」とチグサが舌打ちする。
「眠り粉を撒いたのだ。すぐに目を覚ますだろう」
老婆の顔は、どこからどこまでが顔がわからないくらい皺だらけで、長い白髪が地面に扇状に広がっていた。衣から覗く手足は痩せ細り、右手には柄のある小さな刃物が握られている。
「もう少しで刺されるところだった。凄い力だった」
ケンが首を摩った。
「もしかして、この婆さんが魔女ってやつなんすか?」
サルが言うと、タケルとケンは首をひねる。
「目を覚ますぞ」
チグサが言うと、老婆は皺だらけの顔をさらに皺だらけにするようにしかめ、モゾモゾ
と口を動かしたと思うと、目を見開き、いきおいよく起き上がった。
しかし老婆は、タケルたちに囲まれているのを見ると、「ひぇぇぇぇぇぇ!!!」と言って身を固めた。
「お婆さん!驚かしてすみません!僕たちはお婆さんを襲いにきたのではありません!僕はタケルと言います!」
タケルが大きな声で言うと、老婆は「へ!?」と声を出し、タケルの顔を見た。
そして、視線を落としタケルの首飾りを見た。
「僕の名前はタケルと言います。ここはどこなんですか?」
タケルは、まるで子供に言い聞かすように大きな声でゆっくりと言った。
すると老婆は「ひゃ!」と言い、うしろに引き下がると、頭を地面につけた。
タケルたちは身構えたが、老婆がそのままの姿勢で絞り出すような声でしゃべったので、すぐに体の力を抜いた。
「お待ちしておりました。タケル王」
*
タケルたちは老婆に連れられ、森の茂みの中にあった小さな小屋のような家に案内された。
「まぁ、遠慮せず、入ってくだされ」
小屋は、まるで地面から生えてきたようなおどろおどろしい見た目をしていたが、中に入ると意外にも小奇麗で整頓されており、タケルは感心して眺めた。
老婆は湯を沸かし、お茶を出してくれた。
「お婆さんは、ここで一人で暮らしておられるんですか?」
タケルはお茶を一口飲んでから言った。
「そうじゃ。どえりゃあお前さんらを驚かせてしもてすまんかったのう。なんせ、人の姿を見るのは100年ぶりじゃったから」
「100年ぶり!?」
四人は驚いて声を出す。
「お婆さん、一体何歳なんすか?」
サルがズバリ訊いた。
「う~ん。ハッキリとは覚えとりゃせんが、140歳くらいかのう」
「ええーーー!!??」
「ひょっ。ひょっ。ひょっ」
婆さんはひきつるように笑う。
「まぁ大体じゃ、もう数えるのも忘れてしもうた」
一同ちょっと落胆する。おそらく、見た目からして90歳くらいではないかとタケルは推測した。
「で、お婆さんは、ずっと一人でこちらに?」
タケルが改めて尋ねる。
「んや。かつてはここにも人は住んでおった。代々わてら一族がこの地を守ってきてたんじゃ。しかし皆死んでしもた。わてが最後の生き残りじゃて」
「一族…。お婆さんの名前はなんというのですか?」
「わての名か?わてはマヨと言う」
「マヨ?」
ケンが耳打ちした。
「タケル。もしかして、それが”魔女”と間違われた原因じゃないのか?」
マヨには聞こえていたようで、
「わても若いころは美魔女とも呼ばれたもんじゃ。ひょっ。ひょっ。ひょっ」
と笑うと、さすがのタケルも言葉を失った。
少し間をおいて、タケルが「先程から気になっていたんですが、それはなんですか?」とマヨの後ろを指差した。
「ん?」
マヨが振り返って見る。
壁には不思議な模様が描かれたものが貼ってあったのだ。
「あぁこれか。これは先代が書いたものじゃそうだ。古代の文字で、“信”と書いてある」
「しん…」
「かつて人はしんじるという心を持っていたというのじゃ」
「しんじるというこころ…」
「この世界は、目にしているものだけがすべてではない。目には見えないが何か感じるもの。かつて人は、それらをしんじるということが出来たというのじゃ」
「目に見えないものをしんじる…」
「そうじゃ」
タケルには初めて聞く言葉と感覚だった。しかし、今その「しん」という言葉の響きを聞いた瞬間、なにか心の奥底に明りが灯るような感覚があったのも事実だった。
「おいら、なんとなくわかるっす」
サルが言った。
「ほう」
マヨが感心する。
「わては意味わからんのに」
全員ずっけこそうに肩の力が抜けた。
「しかし、おぬしたちよくここまで辿りつけたのう。東が霧に包まれてからは、人の往来がなくなったのに」
「あの霧は何なんですか?」
タケルが率直に尋ねる。
「わてもわからん。わてが物心ついた時にはもう霧に包まれていた。むかし、わての両親が生きとったころには、よく言い聞かされたもんじゃ。東には向かうんじゃないと。何度も東に向かおうと旅立ったものもおったそうじゃが、帰ったものはおらんかったという」
「僕たちは船でここまできました」
「ほう。無事に来れたのか?」
「えぇ、まぁなんとか」
タケルは、これまでの経緯をマヨにかいつまんで話して聞かせた。
マヨはずっとうむうむとうなずきながら聞いていた。
タケルは話し終わり、
「マヨさん。ここがその壁画に描かれた場所なんでしょうか?代々この地を守ってきたのは何故なんですか?」
と身を乗り出して尋ねた。マヨは姿勢を正して言った。
「つるぎがあるからじゃ」
「!?」
タケルは息を飲む。ケン、サル、チグサも互いを見合った。
「"災厄"を斬れるつるぎが、ここにあるんですか?」
「うん、あるよ」
「こ、ここのどこにあるんですか!?」
タケルが立ち上がり、今にも駈け出しそうになったのでマヨが制した。
「まぁまぁタケルどの。そう焦りなさんな。もうここまで来たんじゃ。つるぎは逃げやせんよ。ひょっ。ひょっ。ひょっ」
マヨは一息つき、目を閉じると言った。
「つるぎの名は、"オロチのつるぎ"という」
「オロチのつるぎ…?」
マヨは目を開けてうなずいた。
「そうじゃ。お前さんたちが言う災厄というのは、わてら一族の間ではオロチと伝えられている。こんな伝承が伝わる。かつてこの世界はオロチが支配していた。わてら人間は力なくひれ伏し、オロチがやってくる度にいけにえを捧げてしのいでいたという。しかしある時、王がオロチを倒した。その時から、この大地を支配するのはわてら人間となったのじゃ」
タケルは壁画を思い返した。きっと、今のは初めの方に描かれていた場面のところであろう。ヤタ村の長老の話とも符合する。
「しかし、その倒したオロチが今もいるということは、オロチが蘇ったということですか?」
マヨは首をふった。
「んや。新たなオロチがやってきたのじゃ。空から」
「空から…?」
「再び大地に降り立ったオロチは、この大地に多くいた人間と、その文明を破壊しつくした。オロチは、この大地のものではない。だから、大地に存在するものでは対抗できなかったのじゃ。この地に伝えられるつるぎは、王がオロチの体から作ったもの。オロチを斬れるのはオロチのみ。ある意味、恐ろしいものなのじゃ。だから誰それと使えないように呪いがかけられた」
「呪い?」
「そうじゃ。つるぎが選んだものしか、オロチのつるぎは使えない」
「つるぎが選んだもの…。もしそうではない人が使えば…?」
「死ぬであろう」
ケンとサルが息を飲んだ。
「つまり、今までそのつるぎを使えるものが誰も現れなかったということですか?かつてはもっと人間はたくさんいたというのに、何故…?」
マヨはため息をついた。
「そこまではわてもわからん。繁栄を極めた人間は自分たちが正しいと思い込んでいたのかもしれん。だから、そんな伝承や神話なんてものは忘れてしもうていたのかもな。しかし、わてら一族だけは、いつの日かのためにと、この地を守り伝えてきたのじゃ」
タケルはチグサのことを見た。
「しかし訪れたのじゃ、この時が…」
あー長かったと、マヨは茶を飲んだ。
「僕がそのオロチのつるぎが使えると…?」
「うむ…。その首飾りを持つものが現れた時だけ、つるぎの間に通せとわてらには伝えられてきたからのう」
「……」
「あぁ~、もう少し早くタケルどのが来てくれていたら、わてもぴちぴちの娘で出迎えられたものを」
「えぇぇぇ」
サルがボソリと言うと、「なんじゃ!?」とマヨが凄んだ。
「わしの若い時の姿を見てみぃ」
とマヨは部屋の隅の方から四角い額を取り出して見せた。
「うわぁ!」
サルが飛び上がりそうになったのも無理はない。
マヨの若い頃という絵?は、今のマヨとは似ても似つかない黒髪の目をキラキラさせた娘で、軽く微笑みながらこちらに笑顔を向けていた。
「めっちゃ、可愛いっす…」
サルが額に顔を近づけると、マヨは額をうしろにしまった。
「さすがのわても正直、もうあきらめる寸前じゃった」
そう言ってマヨは遠くを見た。
「タケルどの。本当にオロチに挑む覚悟がおありなんじゃな?」
「はい」
タケルが答えると、マヨは皺の中から澄んだ瞳でタケルを見つめて、深くうなずいたのであった。




