第9話「西の岬」
航海は、しばらくは穏やかに進んだ。
沖合に出ると不思議な光景をタケルは目にした。
海岸線が遠くには見えるのだが、それ以外はすっぽりと白い煙のようなものがかかり何も見えないのだ。あれがヤタ村の長老が言っていた…。
「気になりますか…?」
ムサシがタケルの様子を見て話かけてきた。
「あぁ」
「あれが西の大地です。年中あのような霧がかかり何も見えません」
「あの先にはなにが?」
「…わかりません」
ふと、タケルはチグサの姿が見えないことに気がついた。
「チグサっすか?チグサなら船室で寝てます」
サルが目をそちらにやって言った。
「寝てる?」
「はい。船酔いみたいっす」
「あぁ…」
タケルは納得してうなずいた。心配になりチグサの様子を見にいくと、チグサは青ざめた顔をして座っていた。
「チグサ、大丈夫か?」
「今、薬を飲んだのでもう大丈夫だ」
「それならいいんだが…」
正直、全然大丈夫そうには見えなかったが、チグサが大丈夫というのなら大丈夫なのだろうと、それ以上なにも言わず扉をそっと閉め外に出た。
甲板に出ると、進行方向の空が次第に黒い雲に覆われてくるのが見えた。たまに稲妻が走るのも見えた。
「タケルさん、海が荒れます」
ムサシが風になびく髪を押え言った。
「進めるのか?」
「このあたりはいつもこんな感じです。普段なら引き返しますが…。僕たちを信じてください。必ず目的地まで届けますから。タケルさんたちは危ないので船室の中に入っていてください」
「わかった」
タケルは船室に入る時、もう一度空を仰いだ時だが、黒い雲が蠢くように迫っているのが見えた。
しばらくして船は大きく揺れ始めた。雨や風の打ちつける音が船室に響く。
「おいらも、ちょっと気持ち悪くなってきたかもっす」
サルが船室の扉をあけようとしたので、タケルが「ダメだ!」と叫んだ。
しかし間に合わず、サルが少し開けた扉から海水がドバーッと流れ込んできた。
「うわぁ!」
サルは水の勢いで後ろに倒れた。ケンとタケルが急いで扉を閉める。
今度は船体が大きく傾いた。
「みんな何かにつかまるんだ!」
タケルが叫ぶと、急に体が浮いたような感覚になった。
そして激しい衝撃とともに、次の瞬間には部屋が回転し、タケルたちは部屋の中をころげまわった。
「今、船が回転しなかったか?」
ケンが柱につかまり青ざめた顔をして言う。
「まさか…。ムサシたちを信じよう」
タケルもそれだけ言うのが精一杯だった。
サルとチグサも真っ青な顔をし、じっとしていた。
そしてまた大きな揺れが起こる。
タケルは腕と足に力を入れ、なんとか体を支えようと踏ん張った。
*
どれくらい時間が経ったであろう。タケルには数時間も続いたような気がした。
やがて揺れは徐々に収まっていき、叩きつける風雨の音も止んだ。
フラフラになりながら甲板に出た。外はウソのように晴れ渡り快晴が広がっていた。
「タケルさん!大丈夫でしたか?嵐はなんとか抜けることができました」
ずぶ濡れのムサシが声をかけてきた。
「まぁ、なんとか…」
タケルが答えたその時だった。
「ムサシ!舵がきかない!」
船尾で舵をとっていたトラが叫んだ。
船はものすごい速さで海峡の方に吸い込まれるように流されていた。
男たちは、帆の向きを変えようと苦戦していたが、無駄のようだった。
船が海峡を抜けると、不思議なものが水面の中に見えはじめた。
その一部は飛び出し、行く手を阻む障害物となっている。船はその間をすり抜けるように進んだ。
「ここは一体…?」
タケルはムサシに尋ねた。
「もしかしたら、このあたりはもともと海じゃなかったのかもしれません。異常な潮の流れです」
「もともと海じゃなかった?」
「ええ。かつて、この水面の下は集落だったのでしょう。かなり大きな…」
突然トラが「危ない!!」と叫んだ。
激しい衝撃と音と共に船首がなにかがぶつかり、帆が折れ、甲板に破片が飛び散った。
タケルは咄嗟にしゃがみ、頭を押さえていた。
「皆さん、大丈夫ですか!?」
ムサシが声をかける。タケルは「大丈夫だ」と言いながら、ムサシの腕から血が流れているのを見た。
「ムサシこそ、大丈夫か!?」
「これくらいなんともないです」
ムサシは軽く笑みを浮かべた。
船はそのあとも止まることなく進んだ。
しかし、やがてゆっくりと蛇行するようになると、底を擦る音と共に船は座礁して止まった。
座礁した船の前には砂浜とその奥には森が広がっていた。
トラたち船員は浜辺に下りると、浅瀬に乗り上げた船を見て、
「あちゃー」「うわぁ」「こりゃマズイ」と口々にわめいた。
「ムサシ、船の状態はそれほど酷いのか?」
タケルが尋ねた。ムサシは甲版から船底の方を覗いて、
「修理にはかなりの時間がかかるかと…」
と顔をしかめた。
すると、”みちびき”を手に持ったチグサがタケルのとなりにやってきた。
「タケル、今俺たちのいる場所はイズ村から丁度ほぼ真西に位置している。もしかしたら、ここが目指していた岬なのではないのか?」
「え?」
ムサシも顔を上げ、タケルと共にあたりを眺めた。
たしかに見渡すと、無人島かなにかと思っていたが、ここは岬の先のようにも見える。
「ムサシ、僕たちは船を下りてこのあたりを調べてみてもいいか?」
「もちろんです。僕たちは船をなんとか修理できないか調べてみます」
タケルは礼を言うと、下船する準備をした。船室は荷物があちこちにちらばり無茶苦茶になっていた。なんとか各自の荷物を探し出した。
「タケル、これを見てくれ」
ケンが弓を持って見せた。タケルは「あっ」と声を漏らす。弓が折れていた。
「仕方がない。これは置いていこう」
ケンは弓を壁にたてかけるようにして置いた。
荷づくりをすまし、甲板からはしごをつたい浜に下りた。
とりあえず砂浜を森の方へ向かって歩いた。しばらく森沿いに浜を歩くと、景色がひらけ、先が陸になり続いていた。ここが岬であることは間違いないようだった。
「タケル、あれを」
チグサが指さす。
タケルは目を細めた。なにも見えない。
チグサは背中から筒のようなものを取り出すとタケルに差し出した。この筒を覗けということらしい。タケルは半信半疑でその筒を覗いた。
「おおっ!」
筒を覗くと、遠くの景色が近くに見えた。
「チグサ!一体なんだこれは?」
「それは望遠鏡というものだ。これも古代の技術による…」
「おれにも見させてくれ」
ケンがタケルから望遠鏡を受け取ると、同じように覗いた。
「うわっ!」
「おいらにも貸してくださいっす!」
サルは奪い取るようにケンから受け取ると覗いた。
「す、凄いっす!」
チグサは盛り上がる三人をおもしろそうに見ていた。
「それでタケル、見たか?」
とチグサがタケルを見て言う。
「あぁ。なにか入口のようなものがあったな。行ってみよう」
森の一部に裂けるように穴が開いている場所があった。遠くから、その望遠鏡というものでも確認することが出来たが、森の中になにかが建っているのまで見えた。
近くまで来てみるとそれが思っていたよりも大きかったので、タケルたちは驚いて見上げた。
それは木を組み上げて作った門のようなものだった。
明らかに人工的なものだったが、建てられてから相当時間が経っているのか、ほとんど森と同化するように朽ちかけている。
タケルは「入ってみよう」と皆を見た。
サルが「えっ?」と驚き、「この中に、魔女がいるんすよね?」と身震いした。
「おい、サル」
とケンが笑う。しかし、タケルはケンに「油断はしない方がいい」と諭した。
ケンは「そうだな」と身を引き締める。
チグサだけ、黙ってずっとその木組の門を見ていた。
「チグサ?」
チグサが振り向きタケルを見る。
「大丈夫か?」
「あぁ。俺は大丈夫だ」
チグサはなんでもないといった風に手を振り、「ここが目的の岬なのか確かめるためにも入るしかないだろう」と言った。さらに「なにか出たら俺に任せておけ」と付け加えた。
なにかとは、魔女のことを言っているのは明白だった。
タケルは心強く思いうなずいて、足を一歩と動かした。




