第8話「イズ村」
チグサの案内で森の中を進むと半日あまりで森を抜け、眼下に海岸線と砂浜が眺められる場所に辿り着いた。
遠くに集落が見えた。
「あれがイズ村だ」
チグサが指さした。
タケルとサルは確認するようにケンの方を見た。ケンは「間違いない」と言い、「村にはたしか温泉もあるはずだ。イズ村の村長は知っているからおれに任せてくれ」と胸を張った。
さすがにサルはもうケンのことを揶揄するようなことは言わなかった。チグサもイズ村のものたちとは面識はないので、ケンに任せると言った。
大きく迂回しながら丘を下った。村の入口に差し掛かると、タケルたちの姿に気付いた子供たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「……」
しかし、サルとチグサの姿を見た子供たちは、怯えた顔をし距離をとった。
その様子に気付いた大人がこちらに走ってきた。若い男だった。
「あぁ、これはこれは。お久しぶりです!」
日焼けした男がケンと握手をする。
「タケル。紹介するイズ村の村長の息子のムサシだ」
ムサシはケンからタケルに視線を移し、はっと驚いた顔をした。
「タケルさんって…まさか?」
「そうだ。うちの村の長のタケルだ」
「村の長が直接この村に来るなんて…。一体、何があったんですか?」
「いろいろあってな…。村長さんに会えないか?」
「も、もちろんです。ご案内します。こちらです!」
ムサシの案内でタケルたちは村長の屋敷へ向かった。
ムサシが屋敷の玄関先で呼ぶと、
「なんじゃうるさいのう。朝っぱらから」
と、めんどくさそうな顔をした、やはりよく陽にやけた男が出てきた。
「こちらが父、いや、村長のコジロウです」
ムサシがそう紹介すると、コジロウは玄関先に立つ一行を見た。
「村長、こちらの一行は…」
今度はタケルたちのことを紹介をすると、コジロウはずっこけるようにして驚いた。
「どうも、これはこれはお恥ずかしいところをお見せして失礼しました!どうぞお上がりください!」
と頭を下げ、タケルたち一行を屋敷に上げた。
着替えを済ましたコジロウが改めて奥の座敷でタケルら一行を迎えると、タケルはここに来るまでの経緯を話した。
コジロウは聞いているうちに徐々に顔を青ざめさせ、額に汗を流した。
タケルが話し終えると、顔をあげ、そして慎重に言葉を選ぶように話し始めた。
「災厄を倒すつるぎ…。西の岬ですか…。たしかに西の海に何かがあるような話は、私も昔に聞いたことがあります。しかし、もうかれこれ何年も、わたしらは西に向かったことはありません。死の大地とも呼ばれ、海も荒れるので…」
「父さん!タケルさんの話を聞かなかったのか?僕たちも協力しないと」
ムサシが訴えた。
「お前は黙っとれ。かつて、西の海に挑んだ船乗りもいましたが、結局、帰ってきたものはいませんでした。しばらくすると船の残骸と思われるものが浜に流れついて…。さらに西の岬には、魔女が住んでいると聞いたこともあります」
「魔女!?」
一同驚きの声をあげた。
「ははは。本気にはしゃんといてくださいませ。村に伝わるおとぎ話のような話です。きっと西の海は荒れるので、子供たちが近づかないように昔の人が子供たちに戒めるように伝えたんでしょう」
「僕らはそこに向かいたいんです」
タケルを姿勢を正して言った。再度コジロウは青い顔し、黙り込む。
「いやぁ…タケルさん、わたしのようなものが言うのもなんですが、若い命を無駄にはせんことです」
するとムサシが、再度「父さん!」と横から言った。
「タケルさんたちは、本気でこの世界を変えようとしておられるんだ。僕らにも他人事ではない!」
「お前は黙っとれ!」
コジロウが叱責した。しかし、ムサシは引き下がらず食い下がった。
「僕は、タケルさんたちの覚悟に感銘を受けました。この村にも災厄はやってきます。親のいない子や、子がさらわれた親もいます。僕にも姉さんがいましたが…」
「ムサシ、おまえ…」
「今まで僕たちは災厄を怨もうとは思いませんでした。災厄は人知を超えた絶対の存在と教えられてきたからです。しかし、あきらめてはいけなかったんだ…。船は僕が出します!」
「ムサシ!お前本気か!?」
「僕は本気です。父さん!」
「いいのか、ムサシ?」
タケルが尋ねた。
「これでも僕は一流の船乗りです。他に、村の優秀な船乗り仲間も連れていきます」
そう話すムサシの姿を、コジロウは感慨深く見ていた。
タケルは複雑な心境だった。ここで船を出してもらえるなら、自分として願ったり叶ったりだ。しかし、これ以上誰も危険に晒したくないという気持ちもある。いや、決断するのは自分ではない。
「僕は行く」
ムサシが再度決意するように言った。
タケルはコジロウに頭を下げた。コジロウは恐縮し、
「そんな…、頭なんて下げないでください。…わかりました。ムサシに船を出させるのを許可させましょう。ムサシ、村で一番大きく頑丈な船を使うんだ。しかし、決して無理はするなよ」
「わかったよ、父さん」
ムサシはタケルを見てうなずいた。タケルもうなずき返した。
*
船の出航は、翌朝の早朝となった。
その夜は、タケルたちを歓迎する宴が行われた。
海の幸が色とりどり出た。タケルの村では見られないようなものばっかりだった。
「どれもうまいっす」
サルが頬張る。
「たしかに」
タケルも、新鮮な海の幸はこうも違うものなのかとしみじみ思った。
ケンは黙々と食べ、チグサも食べてはいたが、あまり手を付けている様子はなかった。
「チグサ、海のものは口に合わないか?」
タケルが尋ねると、チグサは首を振り、
「いや、俺たちは普段からあまり飯を食べないように鍛えているんだ。もう充分いただいた。どれも旨い」
「そうか、それはよかった」
タケルたちが食べ終わると、村の娘たちが踊りを披露した。
初々しい姿に、タケルは癒されると共にどこか言い知れぬ寂しさも感じた。
ヨシノのことを思い出したのだ。
タケルとヨシノの結婚の儀のとき、ヨシノが皆の前で歌を披露した。タケルはその時はじめてヨシノの歌声を聞いた。透きとおるような声だった。ヨシノの歌声を聞いていると、無性に愛しさが込み上げてきて、この人のことを一生かけて守ろうと誓ったのだった。
「あぁ~、おいらこの村に住みたいかもっす」
サルが嘆くように言ったので、タケルは驚いてサルの方を見た。
「おいおいサル。僕たちは…」
「タケルさん。わかってるっす。わかってるんっす」
サルはタケルの方を向いて、頭を何度も下げた。
タケルはその姿が少しおかしくて、頬を緩ませた。
そして思った。村に帰ったら、サルの嫁も探してやらないとと。
宴は夜更けまで続いた。
翌朝、タケルが浜辺に向かうと船が停留しているのが見えた。かなり立派な船だった。
すでに見送りの村人たちが多く集まってきている。遅れてサルがやってきた。額を腫らしていたので、
「サル、どうした?」
とタケルが訊いた。
サルは腫れた部分を手のひらで撫で、
「お、おいらゆうべ温泉に入ろうと思って、丁度チグサもいたんで一緒に入ろうと誘ったんす。そしたら、おもいっきり殴ってきて」
「どうしてだチグサ?」
丁度やってきたチグサにタケルは尋ねた。
「親しき仲にも礼儀ありだ」
チグサはそう言ってそっぽを向いた。
「はっはっはっ」
ケンが豪快に笑った。
ムサシたち船乗りが、村人たちと別れを惜しんでいた。
昨晩、踊りを踊っていた女の一人がムサシと抱き合っていた。それを見てタケルは胸を締め付けられる思いがした。
タケルのもとにやってきたムサシに、タケルは再度「本当にいいのか?」と尋ねる。
ムサシは「えぇ」と力強く言ってうなずく。その目に迷いはなかった。
タケルたちが船に乗り込むと、船上ではムサシと共に上半身裸の日に焼けた屈強な男たちが並んで待っていた。ムサシが代表して挨拶した。
「皆さん、おはようございます。昨日は父が失礼しました。あれでも、若い時はかなりの船乗りだったそうですが、腰を痛めてから…、というより娘、僕の姉を災厄で失ってから、どこか世捨て人のようになってしまって」
「いや、立派なお父さんだよ。僕たちの旅を認めてくれた」
タケルは本心で言った。
「いえいえ」
ムサシは照れ臭そうに頭を掻く。
「では皆さんに紹介します。今回の航海を手伝ってくれる、うちの村でも選りすぐりの船乗りたちです」
ムサシが紹介すると、整列した男たちの一番右端の男が一歩前に出て、
「わてはトラと申します。ムサシからタケルさんたちのお話は伺っております。大変なお役目の力添えを出来て、わてらも光栄に思っております。このあたりの海なら、わてらに行けないところはありません!どうぞご安心しんくださいませ!」
と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく」
タケルも頭を下げた。
男たちが慌ただしく船上を動きだすと、「錨をあげよ!」と叫ぶ声が聞こえた。
そして、「いざ、出航だ!」「帆をあげろ!」「取り舵いっぱーい!」と矢継ぎ早に男たちの声がこだますると、船がゆっくりと動きだした。
村人たちが手を振って見送っていた。タケルたちも手を振った。
しだいに、互いの顔が見えなくなるまで岸から離れた。
それでも、ずっと手を振り続けた。




