第7話「ヤタ族」
「村に着いたぞ」
チグサが振り返って言った。
「え?どこだ?」
ケンが辺りをきょろきょろと見渡す。
タケルとサルも見渡したが、ただ深い森の景色が広がっているだけだった。
「なるほど。立派な村っすね」
サルが皮肉っぽく言うと、「バカか、こっちだ」とチグサが舌打ちをし、木と木の間に手を入れると姿を消した。景色が水面のように揺らぐ。
「!?」
タケルとケンは半信半疑で、チグサが立っていた場所に立った。
「タケルさん。おいら、バカって言われました…」
サルが泣きそうな顔をして訴えたが、タケルは一言「気にするな」とだけ言った。
それよりも、今チグサが森の中に消えたことの方が重大だった。丁度、チグサがやってみせたように手を伸ばし、宙をつかんでみた。
「ん!?」
なにもないはずの空間に、明らかに手にはなにかを掴む感触があった。
柔らかい何かだ。まるで布のような…。
そのままタケルは手をあげると、空間に隙間があき、その先に別の景色が見えた。
ケンが驚愕の目で見ている。
もう一度タケルは手を元に戻すと、森の景色になった。
よく見ると、それは絵?だった。物凄く精密に描かれた森の絵が、巨大な木と木の間に張り巡らされている。
「なにしている。はやくこっちに来い」
チグサの声が絵の向こう側から聞こえた。
タケルは絵をめくると、内側に体を入れた。
すぐに、ケンとサルもこちらが側に入ってきた。
「なんだここは」
「凄いっす」
二人は歓喜の声をあげた。
タケルもため息をつき景色を眺める。
内側には集落が広がっていた。正確に言えば、木の上に集落があった。
巨木の間を縫うように階段が頭上に伸び、建物が木に張り付くようにして建っている。ところどころには明りが灯されており、幻想的だった。
チグサが、「こっちだ」と手招きする。
巨木に登る階段の前で、チグサと同じような黒装束の男が立っており、チグサに声をかけた。
男は髭を生やしており、チグサほど美形ではなかったが、凛々しい顔つきをしていた。
「チグサ。どうだったムトウは?玉は取り返したか?」
「あぁ、ツカサ。もちろんだ」
ツカサと呼ばれた男が「ん?」と、タケルたちの姿に気付いた。
「チグサ。その者たちは?」
「実は…」
チグサはツカサに耳打ちをする。するとツカサは、目を見開いてタケルを見た。
「長老は上か?」
チグサが訊くと、ツカサが「そうだ」とうなずいた。
そして、再度タケルのことを見た。タケルはツカサの視線を感じながら、チグサに付いて階段を上がった。
木の上には通路が張り巡らされており、サルが歩くと足場がギシギシと鳴って心配になった。
「それぐらい大丈夫だ」とチグサが言う。
ひときわ大きな木の上の建物の前につくと、チグサが中に入った。
タケルたちも入ると、奥の座敷のような場所に顔の一面が白い髭で覆われた老人と、黒装束のものたちが並んで座っていた。
「おぉ、チグサ戻ったか。玉は取り返したのじゃな?」
髭の老人が口のあたりだけをもぞもぞと動かし言った。
「はい長老。こちらです」
チグサが背中から布に包んだ玉を取り出すと、長老の横にいた男が前に出て受け取り、部屋の奥の方へ持って行った。
「で、なんか客人がいるみたいじゃが?」
長老がタケルたちの姿を覗き込むようにして見た。よく見ると、まゆげの間からかすかに瞳が見えた。
「この村には部外者は立ち入り禁止のはずじゃが?」
「実は、長老…」
チグサがまた耳打ちする。すると長老は、「なぬ!?」とまゆげの間の目を見開いた。
「タケル。その胸飾りを長老にも見せてやってくれないか?」
チグサが手招きした。タケルは胸元から胸飾りを出し、長老の前に立ち、手に乗せ見せた。一同からどよめきが起こる。
「チグサ、どこで彼らと出会ったのじゃ」
長老が興奮を隠せぬ様子で言った。
「先程ムトウを追って森に入ると、タケルたちが追手と間違えられたのか襲われてました。助けてみると、タケルたちは東からやってきて森で道に迷っていたと説明し…」
「なるほど、東か…。やはり東に…」
長老は髭を撫でて少し考え込んだ。
「名は、タケルと言ったな?」
長老に突然尋ねられたタケルは、一瞬たじろいたが「はい」と返事した。
「タケルどの、詳しく話を聞かせてくれんか。どうして、東からこの森にやってきてのか」
長老は深々とタケルに対して頭を下げた。
タケルはチグサを見ると、チグサがうなずいた。
「わかりました」
そして、これまでの経緯を話した。
災厄に村が襲われ、妻がいけにえとなって消えたこと。村の裏山から現れた壁画を見て災厄を斬れる刃があることを知り、災厄を倒すことを決意し旅立ったこと。壁画に描かれていた刃の居所が、海辺の島のように描かれていたので、西を目指したこと。そして、森で道に迷っていたところ何者かに襲われ、チグサに助けられたこと。
タケルが話し終えると、長老は姿勢を正して言った。
「本来ならば、この村はヤタ族のもの以外は立ち入ることはできんのだが、そなたは特別なのじゃ」
「僕が特別?」
タケルは自分を指さした。長老はうなずく。
タケルは自分の村の長であることは自覚していたが、まさかこんな初めて来た村でも特別だなんて言われるとは想像していなかった。ケンとサルも同じように驚いている。
「ヤタ族に伝わる伝承じゃ。遥かいにしえの時代に、災厄はある王の手によって倒された。しかし、再びやってきた災厄によって、この世界は破壊されつくされてしまったという」
「それは壁画の…」
「うむ。我々の受け継ぐ伝承と同じじゃな。我ら一族も、多くの同志を失い、各地に散ってしまっていたが、この村の初代長老である男が各地をめぐり、残っていた同志たちを集めて影の同盟を作った。いつか王が帰還した時のためにと。その目印が首飾りなのじゃ」
長老は衣をめくり、肩を見せた。
長老の肩にはタケルの首飾りと同じ形の刺青が入っていた。
「我々は、その時が来れば役目を果たせるため、体と精神を鍛え、世を忍んで生きてきた。長い長い旅じゃった。多くの同志たちが、役目を果たすことなく寿命を終えていった。わしももうすぐそうなると思っていた。しかし、ついにその日が訪れることになろうとは…」
「僕はそんな…」
大それた人間ではないと、タケルは言いかけてやめた。ふと考えてみれば、今まで自分が感じていた理不尽さや、自分の意思とは違う場所で宿命づけられた運命に、ようやく納得できる回答を得たような気がしたからだ。
「あの壁画に描かれていたことは本当なんですね?」
「あぁそうじゃ。わしも今その確信を得た」
長老は髭を撫でて、ほほほと小さく笑った。
「タケルどのが求める刃とは、おそらくここから遥か西の岬に眠るとされるつるぎのことであろう」
タケルは驚いて、「つるぎ…」と初めて聞く言葉をつぶやいた。
「そこへ辿りつくためには海を渡らんといかん…」
「海を渡る…。もちろん僕たちを連れて行ってくれるんですよね?」
「いや、さすがに我らも行く手段までは持っていない。これは数百年前から受け継いできた話だ。かつては往来できた西も今となっては死の大地と呼ばれ…」
「死の大地?」
「あぁ。年中に霧に包まれ、行って帰ったものはおらんという」
「そんな…」
「しかし、必ず行く先は示されるであろう。それもこれも、“みちびき”の思し召し」
「みちびき…先程の?」
タケルがチグサを見ると、チグサがうなずいた。
「我ら一族に伝わる玉のことをみちびきと呼ぶのだ。みちびきは、行く先の道を示す不思議なもので、古代の技術で作られたとされている」
「そのみちびきがさっき盗まれたと…」
「あぁ。情けない話だが。もともとこの村にいたムトウという男が、いつしかおかしくなってしまって、そのみちびきが約束の地を示すものだと…」
「…チグサ、ムトウの話はよいじゃろう」
長老がチグサの話を遮った。
「タケルどの。そなたは、本当に災厄と対峙する覚悟をお持ちなのじゃな?」
長老が、そのまゆげの間から強いまなざしをタケルに向けた。
「はい。そのつもりで村を出てきました」
「よし。わかった」
長老は黒装束の者たちの方を向いた。
「お前たち、ついに我ら影の同盟の使命を果たす時が来た。お前たちの何人かは各地に出向き、他に同盟のものが残っていないのか探すのじゃ。そして、チグサ」
「はい」
「おぬしは、タケルどのたちと一緒に西へ向かえ」
「は…、はい」
チグサは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頭を下げ返事した。
「タケルどのと出会ったのはチグサ、お前じゃ。これも、みちびきが与えてくれた思し召しなのであろう」
「はい」
長老はタケルの方を向きなおした。
「よろしいかな、タケルどの」
「ええ…、僕たちは」
これからの旅を考えれば、チグサがいてくれればかなり心強かった。
「チグサはこう見えても、この村一番の腕の立つ忍びである。きっと、力になれるはずじゃ」
「もちろん、僕たちも助かります…」
サルが「これで道に迷わないで済むっす」とつぶやくと、ケンが「ごほん」と咳払いした。
「今日はもう遅い、明日一番で立つがよいじゃろう。チグサも準備があろうて」
「はい」
「今晩はここに泊まるとよい。まぁ気兼ねせんといてくだされ」
「助かります」
今更、森で野宿する気にはなれなかった。
タケルは立ちあがると、チグサに握手を求めた。
「チグサ、よろしく頼む」
「あぁ、こちらこそ」
チグサの手は、意外と柔らかく小さかった。どこからあの力と俊敏さが出るのかと、タケルは不思議に思った。
*
翌朝、タケルたちは起きて身支度を済ますと、階段を下りて地上に立った。
地上には、長老、および黒装束の一団が並んでいた。
チグサの姿が見えないなと思っていると、バッ!と音が聞こえ、木の上から黒いマントを羽のように広げて飛び降りてくるものの姿があった。
地上が近づくとマントをたとみ、クルクルと回転しマコトたちの前に着地した。チグサだった。
「チグサ。これを持っていくがいい」
長老はチグサにみちびきを渡した。
「長老、いいんですか?」
「村のことは心配するな。今こそそれの真価が問われる時だ。きっと、役立つことじゃろう」
「ありがとうございます」
チグサは礼をすると、みちびきを布に包み、背中に入れた。
「タケルどの。ここから近い海辺の村といえば、イズ村のことだろう。チグサに案内させる」
長老が言うと、タケルはケンに「それで合っているのか?」と尋ねた。
ケンは、「あぁ、イズ村で間違いない」と申し訳なさそうに鼻を掻いた。
「さぁ、行こう」
チグサが先導して村から出た。
タケルたちは、またあの不思議な森の絵が描かれた幕をめくり外に出た。外に出ると深い森の景色が広がった。
「こちらだ」とチグサが手招きし、森の中を歩き出す。足場が悪いのに、チグサはすいすいと進んでいった。
タケル、ケン、サルは改めて互いを見合いうなずき合うと、チグサに続いた。




