第6話「西を目指して」
丸1日歩き一泊することになった。
タケルは村の外で泊まるのは初めてだった。ケンが野宿の準備をし火を起こした。手慣れたものだった。
タケルは、当初一人で旅に出ようと考えていたことを今更ながら恥じた。
「こんなこと大したことないさ」
ケンがなんでもないといった感じで言う。
「はい、本当に大したことなっす」
サルが言うと、「お前が言うな」とケンが殴りかかるフリをした。
食料は、数日間は余裕で持つくらいには持参していた。しかし、いずれ現地で調達しないといけなくなるだろう。タケルは狩りは得意だった。そこで名誉挽回できるはずだ。
夕食後、三人は焚き火を囲み、揺らぐ炎を眺めた。
サルがなんだかそわそわしているので、「サルどうした?」とタケルが尋ねた。
サルは、「大丈夫っすかね?」とケンの顔を見て言った。
「なにが?」
ケンが首をかしげる。
「おいら、西の山には”山賊”が出るって聞いたことがあるっす…」
「山賊?」
タケルが身を乗り出す。
ケンは、なんだそんなことかと説明した。
「村に属さない連中のことさ。常に移動しながら生活しているらしい。おれは出くわしたことはないが」
「ケン、大丈夫なのか?」
「タケルらしくないな。災厄以上に恐ろしいものなんて、この世界にはないと思うが」
タケルはたしかにとうなずく。
「心配なら、サルと俺で交代で寝ずの番を立てようか?」
「僕もやろう」
「……」
結局三人で交代して見張りをし、その日は夜が明けた。
次の日もひたすら歩いた。途中断崖絶壁に出くわし、足止めを食らった。
「おかしいな。ひたすら海岸線を歩けば着いたはずなんだが、地形が変わったのか」
ケンが辺りを見渡す。
タケルが崖下を覗くと、遥か下の岩場に波がうちつけ、うねっているのが見えた。
「とてもじゃないがここは下りれないな。仕方ない。森を抜け迂回しよう」
ケンが先導した。
一行は森に入った。森は初めのうちこそ陽が差し込み、まだあたりを見渡すこともできたが、徐々に木々の密度が濃くなり、巨木が増え、差し込む陽の光も限られてくるようになった。
「なんか、不気味な森っすね」
サルが少し息を切らしながら言う。
「あぁ。僕らの村の周りでもここまで深い森はなかった。やっぱり、外の世界は違うんだな」
タケルは木々を見上げた。
「ケン。森が深くなっているようだが大丈夫か?」
ケンは振り返り、「方角はこっちであっているはずなんだ。もう少し進んでみよう」と答えた。
「わかった」
一行はさらに森を進んだ。
しかし、日が暮れてしまい森の中で一泊することになった。
また、三人は同じように交代で見張りをたてて夜を明かした。
*
翌日も朝からひたすら歩いたが、一向に森を抜ける様子にならない。
ついにしびれを切らしたサルが言った。
「ケンさん、もしかして道に迷ったんじゃないすっか?」
ケンは立ち止まり振り返ると、タケルとサルを睨むように見た。
そしてもう一度前を見ると、名残惜しそうに後ろを振り返り、
「どうやら、そうかもしれない…」
とつぶやいた。
「ええーーーーー!!」
タケルとサルは叫ぶ。
「ケン、どうするんだ、戻るか?」
「戻るって、どうやって?」
タケルは辺りを見渡した。すでに辺りは薄暗くなり景色はどこも同じに見えた。どの方向からやってきたのかもわからない。
「陽の差し込む方向を見てたから、方角は間違っていなかったはずなんだ。どうもこの森はおかしい」
「ケンさん、森のせいにするんすか」
「あのな、おれは…」
ケンがサルに反論しようとしたその時だった。
タケルは森の中になにかの気配を感じ、「静かに!」と二人を制した。
「どうした?」
タケルが視線だけを動かすと、ケンは同じようにタケルの視線の先を見た。
しかし、ケンは小さく首を振り、「なにも見えないぞ」と目で言った。
タケルは囁くように声を出した。
「なにかがこの先で動いたんだ」
「獣か?」
「いや、そういうのではなかった」
「あっ!」
と場違いな声をあげたサルが、タケルとケンの横についた。
「なんか森の中にいるっす」
三人は背を向け合い立った。
「ケン、弓矢だ」
タケルは森の中を睨んだまま言った。ケンが「わかった」と、背負っていた弓に手を伸ばす。次の瞬間だった。
ヒュン!トン!と音がし、タケルの丁度横の木に矢が刺さった。
「まずい!伏せろ!」
ケンが叫び、三人は伏せた。
すると、矢継ぎ早に、ヒュン!ヒュン!ヒュン!トン!トン!トン!と周りの木に矢が刺さっていった。
三人は木の根の間に隠れた。
「まさか、僕たちを獣かなにかと間違えているのか?」
タケルが言うと、ケンは「そんなはずは…」と首をひねった。
間違えられているのなら、正せばいいだけだ。
タケルは立ちあがり、
「僕たちは人間だ!撃つのはやめてくれ!」
と手をあげて大きな声を出した。
しかし、間髪入れずに、ヒュン!ヒュン!ヒュントン!トン!トン!とタケルの頭上の木の枝に矢が刺さった。
ケンがタケルをひっぱってしゃがませる。
タケルは驚愕の目で、その木に刺さった矢を見た。明らかに殺意を持って狙われていた。これが山賊か?とタケルはケンに尋ねた。
「わからない…。山賊なら持ち物だけを奪っていくだけのはずだが…」
こちらから反撃するにしても、どこから打ってきているかわからない上に、矢の向きも一方からだけではない。おそらく、取り囲まれている。非常に状況はフリだった。
タケルは絶望的な気持ちになる。まさか、こんなところで死ぬわけにはいかない。
その時だった、遠くの方でなにか「ほーっ」という音がした。
「ケン、なんだ今の音は?」
「わからない…」
周りから気配が引いていくような感じがした。
タケルが目で合図すると、ケンも同じように感じているようで、三人はその場から離れようと、姿勢を動かした。その時だった。
ケンの背後の木の陰から、なにかが飛び出してきた。
草のかたまりのようなものがケンに飛びかかり、「うぐっ!」とケンは声をあげて、かたまりと共にうしろにころがり倒れ込んだ。
「ケン!」
タケルはケンの方へ身を乗り出そうとしたが、反対方向にひっぱられて倒された。
仰向けで、自分に馬乗りになってきたものをタケルは見た。シルエットは人間だったが全身に草を張り付けたような恰好しており、顔は黒塗りで、その中に、ぎょろと目が二つ見えた。タケルは咄嗟に頭を庇った。
すると、「ほーっ」という音がまた聞こえた。今度は近い。
次の瞬間、体から重みが消えた。
タケルに跨っていた者が、空中に浮き、ひっぱられるようにして後ろに飛んでいった。「うわぁぁ」と声があがった。
タケルは起き上がり、辺りを見る。ケンは何者かともみあいになり格闘し、サルは両足、両手、頭を何者かにしがみつかれ、振り落とそうともがいていた。タケルは、背後に気配を感じてしゃがんだ。
シュン!シュン!シュン!シュン!
と固いものが飛ぶような音が聞こえたかと思うと、森の中から「痛っ!」「うぎゃ!」「うぐ!」と声がした。
足元見ると、なにか銀に光る、先がひし形に尖がった小さな刃物のようなものが落ちていた。
サルにしがみついていた奴らも、その小さな刃物の攻撃を食らうと、離れて森に消えていった。
ケンだけが、向こうでまだ何者かともみ合っている。
「ケン!」
タケルが駆けよろうとすると、突然頭上をなにかが飛んだ。
見上げてわが目を疑う。巨大な鳥?のようなものが滑空して、ケンの方へ向かっていった。どう見ても、鳥にしては大きすぎた。翼を閉じて加速したそれは、ケンにしがみついていた者に突撃した。
地面にころがったその者は、すぐ体勢を直したが、「ちっ」と言うと、森の中に消えた。
タケルが「ケン!大丈夫か?」と駆けつけると、「ゴホゴホゴホ」とケンは首を押え咳き込んだ。
鳥のような恰好をした人物は、二人に背を向け立っている。
タケルが声をかけようとすると、その人物は振り返り、目のあたりに付いていた不思議なものを手で頭に押し上げた。
すると人間の顔が現れた。ちゃんとした人間の顔だった。むしろ、タケルも驚くほどの綺麗な顔立ちをした青年だった。
タケルは、ともかく礼を言わなければならないと思った。
「助けてくれてありがとう…。君は?」
しかし、美形の青年はこちらを見ているだけで返事はしない。
「言葉が通じないのじゃないのか?」
ケンが言うと、「先にお前たちが名乗れ」と青年がよく通る声で言った。
タケルは失礼をあやまり、
「僕たちは東の村からやってきたものだ。名はタケルと言う。こちらは、ケンとサルだ」
「東からやってきた…」
青年は眉間に皺をよせ、そしてタケルの胸元を見た。すると驚いた顔をして、「その首飾りは?」と尋ねた。
「これか?」と、タケルは首にかかる首飾りを、手に取り見せた。
青年は、目を見開き首飾りに見入っている。
「おい、失礼だぞ!タケルに名乗らせておいて」
ケンがとなりで凄むと、青年は「はっ」と姿勢を正し、表情も元の美青年に顔になった。
「すまない。申し遅れた。俺はヤタ村のチグサだ」
チグサと名乗った青年は頭を下げた。
「ヤタ村?そんな村、聞いたことないな」
ケンが首をひねる。もちろん、タケルも聞いたことがなかった。
「当たり前だ。俺たちは忍んだ存在。知らなくて当前だ」
「……」
「そんな、ヤタ村のチグサがなぜ、こんなところに?」
タケルが尋ねると、チグサの目つきがきつくなり森の方を睨んだ。
「奴らを追ってきたのだ」
「奴らって…、先程の?」
山賊と、タケルは言いかけてやめた。
「あぁそうだ。いろいろと深い事情があるのだが、奴らはもともとヤタ村にいた連中でな。村に伝わる玉の“みちびき”を盗んだのだ。それを追いかけてきたのだが、逃げられてしまった」
疑問がいっぺんに湧いたが、「どうして、僕たちを襲ったのだろうか…」とタケルは尋ねた。
「おそらく、追っ手と勘違いしたのだろう。…すまないが、奴ら追わないといけない。玉を取り返さないと」
チグサは、鳥の羽のような衣装をひるがえし、去って行こうとした。するとサルが、
「玉ってこれっすか?」
となにか少し平べったい透明の石のようなものを持って、チグサに見せた。
「あっ!それをどこで!?」
チグサが驚いて、サルに手を伸ばす。
「さっきの奴らが落していったんす」
サルはそう言って身を引いた。タケルは、サルに返してあげるんだと目配せする。サルは名残惜しそうに玉をチグサに手渡した。
チグサは、玉を布のようなもので大切そうに包むと背中の方に持っていった。
「しかし、東からやってきたというタケルたちが、なぜこんな森の中に?」
今度はチグサが尋ねてきた。
タケルは、ケンの顔色を窺った上で、
「道に迷ったんだ」
と言った。ケンが「ごほん!」と咳払いする。
チグサは少し考えるようにして、
「俺に付いてヤタ村にきてくれ。タケルに会わせたい人がいる」
と親指を立てて、森の奥の方を指した。
「僕に会わせたい人?」
「あぁ。長老だ」
ケンとサルが息を飲むのがわかった。
「なぜ、僕が長老に?」
「話せば長くなる、このあたりはもうすぐ真っ暗闇になるだろう。奴らがまた戻ってくるや知れん」
タケルは辺りを見た。たしかに先ほどよりだいぶ薄暗くなり、そろそろ夜になりそうだった。こんなところで今日は野宿する気にはならない。
チグサがすでに森の中へと歩き出そうとしていたので、タケルも向かおうと足を踏み出した。しかし、ケンに肩を持って止められた。
「タケル、付いて行って大丈夫だと思うか?」
「わからないが…」
とタケルも確信があるわけではなかったが、
「でも、僕たちを助けてくれたんだ。この首飾りのことも知っているようだったし…」
「たしかにそうだが…」
「おいらはケンさんより、あのチグサの方に付いて行った方が安全と思うっす」
サルが容赦なく言うと、ケンの目つきが厳しくなった。
しかし、正直タケルもサルと同感だった。
「ケン。ここは僕を信じてくれ」
タケルがそう言うと、ケンはしぶしぶ「わかった」とうなずいた。
チグサは少し先で立ち止まりこちらを見て、「さぁ」と手招きしている。
タケルたちが歩き出すと、チグサも森の中を進みだした。




