世界の意思
それは、形を持たなかった。
ただ、そこにある。
すべての中心。
すべての始まり。
そして──
すべての終わり。
「……これが」
息を呑む。
光でも、闇でもない。
概念そのもの。
世界。
『観測者の逸脱を確認』
声が響く。
直接、頭の中に。
『構造維持不能』
感情はない。
だが、確かな意思がある。
『修正を開始する』
その瞬間。
圧が落ちる。
いや──
押し潰される。
「……っ!」
膝が折れそうになる。
立っているだけで、精一杯。
存在を否定されている。
「……来るぞ」
クリストフが低く言う。
だが、動かない。
動けない。
これは、戦いじゃない。
抗えない。
『不適合個体』
その視線が、向く。
私へ。
『排除対象』
空間が、歪む。
存在が削られる。
このままでは──
消える。
「……そう」
小さく、呟く。
怖くない、わけじゃない。
でも。
逃げない。
「あなたが」
顔を上げる。
それを見る。
「世界の意思」
沈黙。
だが、確かに応答がある。
『是』
短い肯定。
それだけで、十分だった。
「じゃあ」
一歩、前に出る。
圧が増す。
体が軋む。
それでも。
「話をしよう」
その言葉に。
一瞬だけ、世界が静止した。
『無意味』
即座の否定。
『対話は不要』
「そうでもないよ」
軽い声。
横を見る。
ダニエル。
もう観測者ではない彼が、そこに立っている。
「今は、未確定だからね」
観測されていない世界。
すべてが、可能性の状態。
だから。
変えられる。
『不安定要素増大』
世界が、揺れる。
明らかに、想定外。
「……聞いて」
もう一度、前を向く。
「どうして、私を消そうとするの?」
問いかける。
根本的な疑問。
『安定維持のため』
即答。
『個体の逸脱は、全体の崩壊を招く』
合理的な答え。
でも。
「それって」
首を傾げる。
「本当に安定?」
沈黙。
ほんの一瞬。
『定義に基づく安定である』
「違う」
はっきり言う。
「それ、ただの固定でしょ」
変わらないこと。
同じことを繰り返すこと。
それを安定と呼んでいるだけ。
『誤り』
即座に否定。
『変動は崩壊を招く』
「でも」
一歩、踏み出す。
「今、崩れてる」
周囲を見る。
軋む世界。
壊れかけている構造。
「それって」
視線を戻す。
「間違ってる証拠じゃない?」
沈黙。
長い沈黙。
世界が、考えている。
初めて。
『……例外事象』
わずかな揺らぎ。
それだけで十分。
「ねえ」
優しく言う。
「変えてみない?」
提案する。
否定じゃない。
破壊でもない。
更新。
『リスク過大』
当然の反応。
「じゃあ」
胸に手を当てる。
「私がやる」
はっきりと言う。
「全部、引き受ける」
その言葉に。
空気が変わる。
背後で、息を呑む気配。
「……何を言っている」
クリストフが低く言う。
「それは──」
「分かってる」
遮る。
目を閉じる。
そして。
開く。
「私は、この世界の核になる」
沈黙。
完全な沈黙。
誰も、すぐには理解できない。
『……提案内容を確認』
世界の意思が、反応する。
「観測者が必要なんでしょ」
ダニエルを見る。
彼は、何も言わない。
ただ、見ている。
「だったら」
もう一度、それを見る。
「私がなる」
はっきりと言う。
「繰り返さない観測者に」
その意味。
それは──
「存在し続けること」
「世界に縛られること」
「二度と、外に出られないこと」
全部、分かってる。
それでも。
「みんなが生きるなら」
迷いはない。
「それでいい」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして。
『……承認可能』
その言葉が、響いた。
空気が凍る。
「だが」
続く。
『処理を開始する』
その瞬間。
「──させるか!」
炎が爆ぜる。
アルベルト。
「勝手に決めてんじゃねえ!」
怒りの声。
「それが最適でも、俺は認めない」
クリストフが前に出る。
冷気が走る。
「それは犠牲だ」
ノエルも並ぶ。
「お嬢様を置いていく選択など、認めません」
空気が、揺れる。
みんなが、立つ。
私の前に。
「……なんで」
思わず、声が漏れる。
「これが一番いいのに」
涙が滲む。
なのに。
「……違う」
ダニエルが言った。
静かに。
「それは、前と同じだ」
はっとする。
「誰か一人が背負う構造」
ゆっくりと、首を振る。
「それを壊すために、ここまで来たんだろ?」
言葉が、胸に刺さる。
「……あ」
気づく。
自分が、同じことをしようとしていた。
形を変えただけで。
同じ犠牲。
「……じゃあ」
どうすればいい。
全員が、生きる未来なんて。
そんな都合のいいもの。
あるわけ──
「ある」
クリストフが言う。
迷いなく。
「作る」
アルベルトが笑う。
「ぶっ壊してな」
ノエルが頷く。
「共に進みましょう」
ダニエルが、静かに目を細める。
「観測がなくても成立する世界」
「試す価値はある」
その言葉で。
決まる。
「……うん」
涙を拭く。
そして。
前を見る。
「じゃあ」
手を伸ばす。
世界へ。
「全部、変える」
その瞬間。
光が、爆発した。
世界が、書き換わる。
観測も。
運命も。
すべてを──
壊して、創り直すために。
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