観測者の罪
世界が、収束していく。
崩壊でも、再生でもない。
すべてが、一点へと集まる。
目の中心へ。
『最終処理を開始する』
感情のない声。
だが、その圧はこれまでとは比較にならない。
空間そのものが、重い。
息をするだけで、体が軋む。
「……これが」
ダニエルが低く呟く。
「本来の終わり方だ」
「こんなのダメ」
即座に言い返す。
もう決めた。
ここで終わらせる。
繰り返しを。
全部。
「……ああ」
ダニエルは、わずかに笑った。
その笑みは、どこか──
諦めに似ていた。
「そのつもりだろうね」
「……?」
違和感。
今の言い方。
まるで──
「ダニエル」
クリストフが鋭く呼ぶ。
「貴様、何を知っている」
空気が変わる。
全員の視線が、彼に集まる。
だが。
ダニエルは、逃げない。
ただ、静かに立っている。
そして。
「全部だよ」
あっさりと、言った。
沈黙。
ほんの一瞬。
だが、その重さは計り知れない。
「……全部、って」
声が震える。
「この世界の構造も」
「繰り返しも」
「君が器に選ばれた理由も」
淡々と、並べていく。
「そして」
一瞬、言葉を止める。
ほんのわずかに。
目を細める。
「これが、何度目かも」
息が止まる。
「……何度目?」
「正確な回数は覚えていない」
さらりと言う。
「数える意味がなかったからね」
頭が追いつかない。
でも。
理解してしまう。
「……あなた」
一歩、後ずさる。
「最初から、全部見てたの?」
「見ていた、というより」
わずかに首を傾ける。
「見せられていた、かな」
そして。
静かに、言う。
「僕は観測者だ」
その言葉で。
すべてが繋がる。
「世界維持装置」
ダニエルが続ける。
「正確には、世界を成立させ続けるための観測機構」
目を見上げる。
「あれは、結果を固定するためのものだ」
「……結果を?」
「観測されない世界は、不確定になる」
ゆっくりと説明する。
「だから、常に誰かが見ている必要がある」
そして。
「それが、僕だ」
沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せない。
「……じゃあ」
喉が渇く。
「今までの全部」
「うん」
軽く頷く。
「僕が見ていた」
その一言で。
胸の奥が、冷たくなる。
「……見てただけ?」
思わず、問いが出る。
「止められたんじゃないの?」
叫びに近い声。
「何度も、みんな死んで」
「私も、何度も」
「なのに──」
「止められたよ」
あっさりと、言う。
時間が止まった気がした。
「え……?」
「止めることはできた」
淡々と。
何でもないことのように。
「でも」
一瞬、目を伏せる。
「それをすると、世界が確定しない」
顔を上げる。
その目は、どこか遠くを見ていた。
「観測者が干渉すると、結果が崩れる」
「だから」
静かに、言う。
「見ているしかなかった」
その言葉に。
怒りが、込み上げる。
「……それで納得できると思う?」
震える声で言う。
「見てるだけで、いいわけないでしょ」
ダニエルは、何も言わない。
ただ、受け止める。
「あなたは!」
一歩、踏み出す。
「全部知ってて!」
「全部見てて!」
「それでも──」
言葉が詰まる。
苦しい。
でも。
止まらない。
「……何もしなかった」
絞り出すように言う。
沈黙。
長い沈黙。
そして。
「……そうだね」
否定しない。
「何もしなかった」
その事実を、受け入れるように。
「それが、僕の役割だったから」
その一言で。
すべてが、終わるはずだった。
でも。
「……違う」
首を振る。
「違う」
もう一度。
強く言う。
「役割なんて関係ない」
胸に手を当てる。
「選べるでしょ」
ダニエルの目が、わずかに揺れる。
「あなたも」
まっすぐ見る。
「選べる」
その言葉に。
空気が変わる。
ほんのわずかに。
「……選べないよ」
小さく、呟く。
「僕が干渉すれば、世界は壊れる」
「いい」
即答する。
「壊せばいい」
ダニエルが、目を見開く。
初めて。
はっきりと動揺した。
「どうせ」
続ける。
「このままでも壊れるんでしょ」
目を見る。
崩壊寸前の世界。
「だったら」
もう一度、ダニエルを見る。
「一緒に選ぼう」
手を伸ばす。
「終わらせる方を」
沈黙。
長い、長い沈黙。
世界が軋む音だけが響く。
『観測異常』
目が、強く揺れる。
『観測者の逸脱を確認』
圧が、さらに増す。
時間がない。
「……ダニエル」
名前を呼ぶ。
彼は、じっとこちらを見ていた。
ずっと。
ずっと前から見ていたように。
そして。
「……本当に」
小さく、呟く。
「変わると思う?」
その問いに。
迷いはない。
「変える」
即答する。
「私が」
その言葉に。
彼は、少しだけ笑った。
ほんの少しだけ。
救われたように。
「……そっか」
息を吐く。
何かを、手放すように。
「じゃあ」
ゆっくりと、手を上げる。
「観測を、やめる」
その瞬間。
世界が、止まった。
完全に。
『──観測断絶』
目が、揺れる。
今までにないほど。
大きく。
『構造崩壊開始』
空間が、崩れる。
だが。
それは終わりじゃない。
始まりだ。
「……行け」
ダニエルが言う。
静かに。
「今なら、書き換えられる」
その声に、迷いはなかった。
もう観測者じゃない。
選んだ側の声。
「……うん」
頷く。
そして。
前へ出る。
すべての中心へ。
「終わらせる」
この繰り返しを。
この世界を。
この運命を。
全部。
私の手で。
その瞬間。
世界の核が、姿を現した。
ブックマーク・評価していただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




