繰り返された結末
それは、音ではなかった。
世界そのものが軋むような、理解できない振動。
白と黒の空間に走った亀裂は、ゆっくりと広がり、やがて、目のような形を取った。
「……あれが」
喉が乾く。
「世界維持装置の中核」
ダニエルが静かに答える。
「いや、もっと分かりやすく言えば」
一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「世界の意思だ」
その瞬間。
視線を、感じた。
見られている。
全身を、内側まで覗き込まれているような感覚。
「……っ」
思わず後ずさる。
だが、逃げ場はない。
ここは内側。
逃げるという概念が存在しない場所。
「大丈夫です、お嬢様」
ノエルが前に出る。
その一歩が、ほんの少しだけ安心をくれた。
「私が──」
「無理だよ」
ダニエルが、遮る。
「それには、剣も忠誠も届かない」
冷たい現実。
けれど、嘘ではない。
あれは戦うものじゃない。
抗うものだ。
そのとき。
目が、ゆっくりと開いた。
光でも、闇でもない。
ただ、存在そのものの色。
そして──
声が、響いた。
『──器』
直接、脳に届く声。
感情はない。
ただの認識。
『機能の逸脱を確認』
「……来たのね」
息を整える。
怖い。
けど、逃げない。
『回収を実行する』
空間が歪む。
無数の線が、こちらへと伸びる。
触れれば終わる。
分かっている。
「待って」
声を張る。
意味があるかなんて分からない。
それでも。
「私は器じゃない」
一瞬。
世界が、止まった気がした。
『……誤認』
「違う」
はっきりと言い切る。
「私は、選んだ」
胸の奥が熱くなる。
「もう、従わない」
沈黙。
わずかな、間。
そして。
『──再評価』
目が、こちらを見据える。
『異常個体』
その一言で、理解する。
私はもう、例外だ。
『排除対象に変更』
空気が、変わった。
圧が増す。
さっきまでとは比べものにならない。
「……来るよ」
ダニエルの声が低くなる。
「気をつけて」
そのとき。
世界が、割れた。
視界が、崩れる。
立っていられない。
「……なに、これ……」
「見せられているんだ」
ダニエルが言う。
「これまでの失敗を」
次の瞬間。
視界が切り替わる。
──玉座の間。
冷たい空気。
膝をつく私。
目の前には、クリストフ。
完璧な姿勢。
揺るがない視線。
「国家は個人より優先される」
その言葉は、刃だった。
「君は重要だ──だからこそ切り捨てられる」
静かに、告げる。
迷いは一切ない。
そして。
「処刑を執行する」
──終わり。
次の瞬間。
炎。
崩れる王宮。
笑う男。
「はは、ようやく手に入れた」
アルベルト。
その腕の中にいるのは、私。
もう動かない私。
「世界などどうでもいい」
彼は、優しく囁く。
「お前は俺のものだ」
だが。
その直後。
世界が崩壊する。
すべてが、消える。
また変わる。
暗い夜。
血の匂い。
「お嬢様……!」
ノエルの声。
震えている。
抱きしめられている。
でも。
もう、遅い。
「……守れなかった」
その声は、壊れていた。
さらに。
無数の異形。
押し寄せる黒。
「下がれ!」
ベルナールが叫ぶ。
剣を振るう。
だが、間に合わない。
「……くそっ」
伸びる手。
私に届く。
その瞬間──
静かな部屋。
本の匂い。
「これが最適解です」
ジョルジュの声。
冷静で、迷いがない。
「あなたを犠牲にすれば、世界は安定する」
そして。
彼の手が、私に触れる。
終わりを与えるために。
視界が戻る。
息ができない。
「……全部」
声が震える。
「全部、私が死んでる」
「そうだよ」
ダニエルが答える。
「それが、この世界の正解だった」
正解。
その言葉が、重くのしかかる。
「……じゃあ」
唇を噛む。
「どうすればいいの」
初めて、弱さが滲む。
「何を選んでも、終わるなら」
声が、震える。
「意味ないじゃない……!」
沈黙。
誰もすぐには答えない。
そして。
「あるよ」
ダニエルが言った。
静かに。
でも、はっきりと。
「意味はある」
顔を上げる。
彼は、まっすぐこちらを見ていた。
「今までと違うことが、ひとつだけある」
「……なに?」
「君が、知ったことだ」
息が止まる。
「これまでは、何も知らずに選ばされていた」
淡々と語る。
「でも今回は違う」
一歩、近づく。
「君は、全部を見た」
過去も、未来も、結末も。
「その上で、選べる」
その言葉が、胸に刺さる。
「それでも」
問い返す。
「結果が同じなら──」
「同じじゃない」
強く、遮られる。
初めてだった。
ダニエルが、こんな風に言葉を強めるのは。
「君は、もう器じゃない」
その瞳が、揺れる。
「干渉できる」
世界に。
運命に。
「だから」
ゆっくりと、手を伸ばす。
「終わらせられる」
その言葉に。
ほんの少しだけ、光が見えた。
「……終わらせる」
繰り返し呟く。
そうだ。
繰り返すんじゃない。
終わらせる。
「私は──」
そのとき。
目が、再び開いた。
先ほどよりも、明確に。
意思を持って。
『選択を確認』
空間が震える。
『個体の意思を検証する』
圧が増す。
押し潰されそうになる。
「……来る!」
ノエルが構える。
だが、ダニエルが手を上げた。
「待て」
「しかし──」
「これは戦いじゃない」
静かに言う。
「試されているんだ」
私が。
何を選ぶか。
『提示する』
世界が、歪む。
再び、三つの未来が浮かぶ。
消滅。
崩壊。
そして──未定。
「……また」
息を吸う。
怖い。
でも。
もう迷わない。
「決めてる」
一歩、前へ出る。
目をまっすぐ見る。
「私は」
はっきりと、言う。
「どれも選ばない」
沈黙。
そして。
世界が、揺れた。
『──不適合』
その一言で。
すべてが、動き出す。
圧が爆発的に増す。
空間が崩壊し始める。
「来るよ!」
ダニエルの声。
ノエルが前に出る。
でも。
違う。
これは。
「……違う」
自分でやる。
胸の奥に、手を伸ばす。
あの力。
選ぶ力。
書き換える力。
「私は──」
強く、踏み出す。
「新しい選択を作る!」
その瞬間。
世界が、弾けた。
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