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私が選ぶ結末




 地下書庫が、軋んだ。


 低く、重い音。


 まるで建物そのものが悲鳴を上げているかのようだった。


「……何か来ます」


 ノエルが短く言う。


 その視線は、入口ではなく空間そのものを見ていた。


 次の瞬間。


 何もないはずの場所が、歪む。


 空気がねじれ、黒い裂け目が生まれる。


 見慣れてしまったそれ。


 けれど。


「……さっきより、大きい」


 思わず呟く。


 裂け目は、明らかに規模が違った。


 人ひとり分ではない。


 この空間ごと、呑み込もうとしている。


「回収が本格化しています」


 ノエルの声が、わずかに強張る。


「お嬢様が器であると確定した以上、優先度が上がったのでしょう」


「優先度って……」


「最優先です」


 即答だった。


 逃げ場はない。


 世界そのものが、私を取り戻そうとしている。


 裂け目の奥から、無数の手が伸びる。


 さっきの比ではない。


 視界を埋め尽くすほどの数。


「……っ」


 思わず後退る。


 だが。


 ──逃げない。


 そう決めた。


「ノエル」


「はい」


「時間、稼げる?」


 問いかけると、彼は一瞬だけ目を閉じた。


 そして。


「可能です」


 迷いなく答える。


「ただし、長くは持ちません」


「それでいい」


 胸の奥が、熱を帯びる。


「その間に、やることがある」


「承知いたしました」


 ノエルが前に出る。


 剣を抜く。


 その動きは静かで、無駄がない。


「──下がってください」


 その一言に、迷いはなかった。


 私は一歩、後ろへ下がる。


 そして。


 本を開く。


 ディジュワール家の記録。


 世界維持装置。


 器。


 そして──


「……ここ」


 指が止まる。


 ある一文。


 さっきは気づかなかった。


「器は、意志を持つことで機能を変質させる可能性がある……?」


 声に出す。


 その意味を考える。


「……つまり」


 世界に従う装置じゃなくなる?


 それって。


 ──壊れるってこと?


 違う。


 違う。


 もっと、別の。


「お嬢様!」


 ノエルの声が響く。


 視線を上げると、彼が手を斬り払い続けていた。


 効かないはずなのに。


 それでも、押し返している。


 足元の床が砕け、壁にひびが入る。


 限界が近い。


「急いでください!」


「……っ」


 本に視線を戻す。


 時間がない。


 でも。


 分からない。


 どうすればいいのか。


 そのとき。


 ──声がした。


『まだ迷うの?』


 あの声。


 地下で見た、もう一人の“私”。


「……あなた」


『選ばないと、全部終わるよ』


 優しい声。


 でも、冷たい。


『今回は、どれを選ぶ?』


 どれを。


 ──どれ?


 視界が、歪む。


 目の前に、三つの光景が浮かぶ。


 これは。


 ──未来?


 一つ目。


 私が、あの手に触れられる。


 体が崩れ、意識が消える。


 世界は──


 安定する。


 何事もなかったかのように。


 ただ、私はいない。


 二つ目。


 私が力を暴走させる。


 裂け目が広がり、すべてを飲み込む。


 王宮も、人も、全部。


 世界そのものが、崩壊する。


 三つ目。


 私が、どちらにも抗う。


 けれど。


 その先は──見えない。


 途中で途切れている。


『さあ』


 声が、囁く。


『どれがいい?』


「……そんなの」


 選べるわけがない。


 一つは、私が消える。


 一つは、全部が終わる。


 一つは──分からない。


「決まってる」


 小さく、呟く。


『え?』


「分からないのを選ぶ」


 迷いはなかった。


「見えないなら、自分で作る」


 その瞬間。


 世界が、止まった。


 声が、消える。


 視界が、戻る。


 地下書庫。


 無数の手。


 ノエルの背中。


「……は」


 アルベルトの声が、どこからか聞こえた気がした。


「やっぱそっち選ぶか」


 気のせいかもしれない。


 でも、確かに聞こえた。


「なら」


 本を閉じる。


 胸の奥の何かに、手を伸ばすような感覚。


 あのとき。


 拒んだ力。


 それを──


「使う」


 瞬間。


 空気が震えた。


 足元から、何かが広がる。


 透明な波。


 それが、空間を満たしていく。


「……お嬢様?」


 ノエルが振り返る。


 驚いた顔。


 でも、止めない。


「これは……」


 自分でも分からない。


 ただ。


 決めた。


 それだけ。


 伸びてきた手が、その波に触れる。


 次の瞬間。


 ──消えた。


「……え」


 ノエルが目を見開く。


 斬るでも、防ぐでもない。


 存在できなくなったように、消えた。


「……これが」


 震える声で呟く。


「私の力……?」


 分からない。


 でも。


 確かに、効いている。


 裂け目が、揺れる。


 まるで拒絶されているかのように。


「……ありえない」


 ノエルが息を呑む。


「現象に干渉している……?」


 そんなこと、できるはずがない。


 でも、できている。


 それが現実。


「なら──!」


 一歩、踏み出す。


 波が広がる。


 裂け目そのものに触れる。


 ──押し返す。


「……っ!」


 強い抵抗。


 けれど。


 負けない。


「私は」


 声を出す。


 自分に言い聞かせるように。


「選ばされない」


 さらに力を込める。


「私が選ぶ!」


 その瞬間。


 裂け目が、音を立てて崩れた。


 黒い歪みが砕け、消えていく。


 静寂。


 何もない空間が、戻る。


 崩れかけた書庫だけが、現実を示していた。


「……終わった?」


 息を整えながら、呟く。


「……一時的に、ですが」


 ノエルがゆっくりと剣を下ろす。


「ですが、確実に干渉しました」


 その目が、まっすぐこちらを見ている。


「お嬢様は──」


 言葉を選ぶように、一瞬止まる。


「もはや器ではありません」


 その一言が、静かに響いた。


「……え?」


「世界に従う存在ではなく」


 彼は、はっきりと告げる。


「世界に影響を与える側に、変わられました」


 理解が、追いつかない。


 でも。


 ひとつだけ、分かる。


 もう、戻れない。


「……そう」


 小さく息を吐く。


「なら、やることは決まってる」


 ノエルが頷く。


「はい」


「この仕組みごと、壊す」


 迷いはなかった。


 世界に従うんじゃない。


 作り替える。


 そのために──


「次は、どこへ行くべき?」


 問いかける。


 ノエルは、静かに答えた。


「王宮最深部──中枢です」


 やっぱり、そこか。


「行きましょう」


 崩れた書庫を後にする。


 その背中を。


 誰かが見ていることに、まだ気づかないまま。


 物語は、ついに核心へと踏み込む。





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