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ディジュワールの鍵




 夜の王宮を、ひたすらに走る。


 石床に靴音が響き、長い回廊が果てしなく続くように感じられた。


 背後からは、あの何かの気配。


 振り返らなくても分かる。


 追ってきている。


「お嬢様、こちらへ」


 ノエルが進路を変える。


 普段は使われない、細い通路へ。


「こっちでいいの?」


「はい。最短で──地下書庫へ繋がります」


「地下書庫……」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。


 知らないはずなのに、知っている気がする場所。


 足が自然と速くなる。


「追っては来ていないようですが、油断は禁物です」


 ノエルが低く言う。


 息は乱れていない。


 けれど、その声には緊張が滲んでいた。


「ねえ、ノエル」


「はい」


「地下書庫って……何があるの?」


 一瞬だけ、彼の足が止まりかける。


 だがすぐに、何事もなかったかのように続けた。


「……記録でございます」


「記録?」


「王家と、それに連なる家系の」


 淡々とした説明。


 けれど、それだけじゃないと直感が告げる。


「それだけじゃないでしょ」


「……」


 沈黙。


 やがて、ノエルは小さく息を吐いた。


「お嬢様は、やはりお気づきなのですね」


「何に?」


「ご自身の違和感に」


 足が止まりそうになる。


 でも、止まれない。


「……全部は分からない」


「それで十分です」


 彼は少しだけ振り返った。


「むしろ、今だからこそ知るべきでしょう」


 通路の先に、重い扉が見えてくる。


 古びた鉄扉。


 普段は閉ざされているはずの場所。


「ここです」


 ノエルが手をかける。


 だが──


 開かない。


「……鍵が」


「退いて」


 そう言って、私は扉に手を触れた。


 なぜか、分かる。


 どうすればいいのか。


 指先に、じんわりと熱が集まる。


 拒むのではなく、開く。


 そんな感覚。


 そのまま、押す。


 カチリ。


 軽い音とともに、扉が開いた。


「……!」


 ノエルが目を見開く。


「今のは……」


「分からない。でも」


 胸の鼓動が早い。


「ここ、入らなきゃいけない気がする」


 迷いはなかった。


 扉を押し開け、中へ入る。


 冷たい空気が流れ出てくる。


 地下書庫。


 そこは、静寂に満ちていた。


 天井まで届く書架。


 古い書物と巻物が整然と並べられている。


 だが。


「……誰もいない」


 管理しているはずの人間の気配がない。


「封鎖されているのでしょう」


 ノエルが周囲を警戒する。


「今回の異常に伴い」


「……そう」


 ゆっくりと奥へ進む。


 足音がやけに響く。


 そして。


 ある場所で、足が止まった。


「……ここ」


 他の棚とは違う。


 妙に、新しい。


 けれど同時に、触れてはいけないものの気配。


「お嬢様?」


「これ……」


 手を伸ばす。


 止めようとする理性を無視して。


 指先が、古い装丁の本に触れる。


 その瞬間、


 視界が、反転した。


 ──暗い。


 冷たい石の部屋。


 幼い少女が、ひとり座っている。


 紫の瞳。


 震える肩。


 扉の外から、声が聞こえる。


『それは災いだ』


『外に出すな』


『封じておけ』


 少女は、何も言わない。


 ただ、膝を抱えている。


 そして──


 ゆっくりと顔を上げた。


 その瞳が、こちらを見た。


「……っ!」


 息が詰まる。


 それは


「私……?」


 同じ顔。


 同じ瞳。


 違うのは、表情だけ。


 絶望に沈んだ目。


 その少女が、口を開く。


『どうして』


 声が、直接頭に響く。


『また、同じなの?』


「……違う」


 思わず答える。


『閉じ込められて、終わるの?』


「違う……!」


 強く否定する。


 胸が痛い。


 でも、これは。


 これは過去だ。


 私じゃない。


「私は、選ぶ」


 言葉にする。


「もう、同じにはならない」


 その瞬間。


 少女の表情が、わずかに揺れた。


『……本当に?』


「本当よ」


 迷わない。


「今度は、全部変える」


 静寂。


 やがて、少女はゆっくりと目を閉じた。


『……なら、使って』


「え?」


 次の瞬間。


 視界が戻る。


 地下書庫。


 手には、本。


 そして。


 胸の奥に、何かが残っている。


「……今のは」


 ノエルが息を呑む。


「見えたのですか?」


「ええ……たぶん、過去」


 ゆっくりと本を開く。


 そこに書かれていたのは──


『ディジュワール家の記録』


 そして。


「……これ」


 指が震える。


「世界維持装置……?」


 聞いたことのない言葉。


 だが、意味は分かる。


「ディジュワール家は、世界を固定する楔を管理する役目を持つ」


 声に出して読む。


「その中心となるのは、器となる存在」


 嫌な予感が、確信に変わる。


「器が消滅した場合、世界は崩壊する」


 静寂。


 呼吸が止まる。


「……お嬢様」


 ノエルの声が震えている。


「それは、つまり──」


「ええ」


 ゆっくりと顔を上げる。


「私が死んだら、世界が滅びるってこと」


 言葉にした瞬間。


 重さが現実になる。


 逃げ場はない。


 選ばなければならない。


「……だから、回収しに来た」


 理解する。


 あれは敵じゃない。


 機能だ。


 世界を保つための。


「お嬢様……」


「でも」


 言葉を切る。


 心は、不思議と静かだった。


「それでも、私は従わない」


 ノエルが息を呑む。


「たとえ世界が壊れるとしても?」


「壊さない方法を探す」


 即答だった。


「そのために、ここに来たんでしょ」


 胸の奥の何かが、熱を持つ。


 さっき触れた力。


 あれが鍵になる。


 直感がそう告げている。


「……本当に、変わられましたね」


 ノエルが小さく微笑む。


「以前のお嬢様であれば、そのようには仰らなかった」


「そうかもね」


 苦笑する。


「でも、もう戻らない」


 そのとき。


 ズズン、と。


 重い音が響いた。


 天井がわずかに揺れる。


「……来たわね」


 ノエルが剣に手をかける。


「はい。すぐそこまで」


 逃げ場は、ない。


 けれど。


 もう、立ち止まらない。


「行くわ」


 本を抱え、前を向く。


「全部終わらせるために」


 その一歩が。


 世界の仕組みへと踏み込む一歩になることを


 このときの私は、まだ知らなかった。




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