選ばされる未来
空気が変わったのは、マルールの一言のあとだった。
静かなはずの室内に、見えない波紋が広がる。
『私は、意味を自分で決める』
その言葉は小さい。
だが確かに、何かを揺らした。
最初に反応したのは、白銀の皇太子だった。
彼は一瞬だけ目を細める。
そして、短く言った。
「そうか」
それだけ。
だがその声には、わずかな熱があった。
否定ではない。
試すような響きでもない。
ただ、認めた。
その事実が、重い。
「好きにすればいい」
続けて言う。
「だが」
一歩、距離を詰める。
「お前がどう選ぼうと、俺は守る」
迷いのない言葉。
それは宣言だった。
マルールの胸がわずかに揺れる。
しかし次の瞬間、軽い笑い声が割り込んだ。
「それは困るな」
アルベルトが肩をすくめる。
「独占は良くない」
その言葉に、クリストフの視線が冷たくなる。
「貴様に関係はない」
「あるさ」
アルベルトはあっさり言った。
「世界規模の話だろう?」
そして。
まっすぐマルールを見る。
「お前が礎なら、帝国一国の問題じゃない」
その視線は、真剣だった。
軽薄な調子は消えている。
「守る方法は一つじゃない」
低く言う。
「むしろ、閉じ込めるのが一番危険だ」
その言葉に、クリストフが一歩前に出る。
「何が言いたい」
「簡単だ」
アルベルトは笑った。
「彼女は選ばされる側じゃない」
そして。
「選ぶ側だ」
沈黙。
マルールの胸の奥が、強く鳴る。
同じことを言われているのに。
なぜか、意味が違って聞こえた。
そのとき。
「実に興味深いですね」
穏やかな声が空気を切る。
ジョルジュ・ルモワール
彼は静かに微笑んでいた。
「礎が自我を持つ。これは記録にない事例です」
「記録?」
マルールが問い返す。
ジョルジュは頷いた。
「はい」
淡々と答える。
「過去にも礎は存在しました」
その言葉に、空気が凍る。
「……何ですって」
思わず声が漏れる。
ジョルジュは続ける。
「ただし、すべて短命です」
あまりにも平然とした口調。
「役割を終える前に、消されている」
マルールの指先が冷たくなる。
「なぜ……」
「簡単です」
ジョルジュは言う。
「制御不能になる前に排除するため」
その言葉は、刃のようだった。
沈黙。
ノエルが一歩前に出る。
「お嬢様に対して、そのような──」
「事実です」
ジョルジュは遮る。
「そして、おそらく今も同じことが行われている」
クリストフが低く言う。
「つまり、先日の暗殺は」
「はい」
ジョルジュは頷く。
「管理の一環でしょう」
その瞬間。
マルールの中で、何かがはっきりとした。
守られているのではない。
監視されている。
必要だから生かされ。
不要になれば消される。
その構造。
理解してしまった。
「……ふざけている」
小さく呟く。
だがその声は、震えていなかった。
むしろ。
静かに燃えていた。
「私の生死を、勝手に決めるなんて」
顔を上げる。
その瞳に、強い光が宿る。
「そんなこと、許さない」
その瞬間だった。
空気が歪んだ。
風が吹く。
窓は閉まっているのに、カーテンが大きく揺れる。
全員が反応した。
クリストフが剣に手をかける。
ベルナールはいない。
ノエルが即座にマルールの前に立つ。
だが。
「……遅い」
低い声が、背後から聞こえた。
振り向く。
そこに立っていたのは、青年。
影のように現れた存在。
ダニエル
「ダニエル……!」
マルールが思わず声を上げる。
ノエルが即座に構える。
「止まりなさい」
だがダニエルは動かない。
ただ、静かにマルールを見る。
「……やっぱり、ここまで来たか」
小さく呟く。
その目は、どこか疲れていた。
「何を知っている」
クリストフが低く問う。
ダニエルは視線を向ける。
そして、はっきりと言った。
「全部だ」
沈黙。
「この世界の仕組みも」
「礎の意味も」
「そして」
一瞬、言葉を区切る。
「何度も繰り返されていることも」
その言葉に、全員が息を呑む。
「繰り返し……?」
マルールが呟く。
ダニエルは頷いた。
「そうだ」
そして。
静かに言った。
「この世界は、何度も壊れている」
空気が凍る。
「そしてそのたびに」
彼は続ける。
「君が死んでいる」
マルールの心臓が強く鳴る。
「……そんな」
「事実だ」
ダニエルは言う。
「俺は、そのすべてを見てきた」
その目は、確信に満ちていた。
嘘ではない。
分かってしまう。
「だから」
一歩、前に出る。
ノエルが動くが、マルールが止めた。
ダニエルはそれ以上近づかない。
「今回は違う」
低く言う。
「君が選んだ」
マルールは息を呑む。
「自分で意味を決めると、言った」
その言葉が、重く響く。
ダニエルは静かに微笑んだ。
どこか救われたような。
そして。
「だから、今度こそ変わる」
その声は、確信に満ちていた。
マルールの胸の奥で、何かが動き出す。
運命ではない。
決められた結末でもない。
これは。
初めての選択なのだと。
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