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三つの思惑




 王宮の朝は、異様な静けさに包まれていた。


 先日の暗殺未遂。


 その事実はすでに広まり、貴族たちはそれぞれの思惑を胸に動き始めている。


 噂は形を変えながら加速していた。


「ディジュワール令嬢は狙われている」

「いや、狙われる理由がある」

「あの娘こそが災厄の原因ではないか」


 マルール・ディジュワールはその中心にいた。


 だが彼女自身は、静かだった。


 窓辺に立ち、庭園を見下ろす。


 朝露に濡れた草花。


 何も変わらない風景。


 それが逆に、現実感を失わせる。


 ──世界が終わる。


 先日の言葉が、まだ胸に残っている。


 そのとき。


「お嬢様」


 控えめな声が響く。


 振り向くと、ノエルが一礼していた。


「来客でございます」


「来客?」


「はい」


 ノエルは一瞬だけ言葉を選んだ。


「……お一人ではございません」


 その言い方に、マルールはわずかに眉をひそめた。


「どういう意味?」


「お会いになれば分かります」


 静かな声。


 だがその奥に、わずかな緊張がある。


 マルールは頷いた。


「通して」


 やがて扉が開かれる。


 先に入ってきたのは、白銀の髪の青年だった。


 クリストフ・ポルディネ


 そしてその後ろから。


 金髪の男が、楽しげな表情で続く。


 アルベルト・ラナグローク


 マルールは一瞬、言葉を失った。


「……どういう組み合わせですか」


 率直に言う。


 クリストフは不機嫌そうに答えた。


「俺も同意見だ」


 アルベルトは笑った。


「偶然だ」


「嘘をつけ」


「半分はな」


 軽い調子。


 しかしその目は、笑っていない。


 ノエルがすぐにマルールの側に立つ。


 空気が張り詰める。


 三つの勢力。


 帝国の皇太子。


 敵国の王。


 そして。


 その中心にいるマルール。


「用件を言え」


 クリストフが短く言う。


 アルベルトは肩をすくめた。


「簡単だ」


 そして、まっすぐマルールを見る。


「先日の件だ」


 マルールは黙って頷く。


「暗殺者」


 アルベルトは続ける。


「お前を狙ったのは間違いない」


「……ええ」


「だが」


 彼は少しだけ目を細めた。


「あれは失敗じゃない」


 その言葉に、空気が変わる。


 クリストフの視線が鋭くなる。


「どういう意味だ」


「そのままの意味だ」


 アルベルトは静かに言う。


「目的は達成されている」


 マルールの胸がざわつく。


「何を……」


 問いかける。


 アルベルトは答えた。


「確認だ」


「確認?」


「そうだ」


 彼はゆっくりと歩み寄る。


 ノエルが即座に前に出るが、アルベルトはそれ以上近づかない。


「お前が本当に礎なのか」


 その言葉に。


 空気が凍った。


 クリストフが低く言う。


「どこでそれを聞いた」


 アルベルトは笑った。


「さてな」


 そして。


「だが一つ言える」


 真剣な声になる。


「この件は、帝国だけの問題じゃない」


「……何?」


「もしあいつらが動いているなら」


 アルベルトの目がわずかに冷える。


「世界規模だ」


 沈黙。


 そのとき。


「失礼いたします」


 静かな声が扉の外から響いた。


 ノエルが警戒する。


「誰です」


「宮廷学者、ジョルジュでございます」


 クリストフが舌打ちした。


「次から次へと……」


「入れろ」


 短く命じる。


 扉が開く。


 ジョルジュはいつも通り穏やかな表情で一礼した。


「お取り込み中、失礼いたします」


 そして部屋の状況を見渡す。


 わずかに目を細めた。


「……これはまた、興味深い顔ぶれですね」


 誰も答えない。


 ジョルジュは気にせず続ける。


「結論から申し上げます」


 その声は静かだった。


「昨夜の暗殺者、所属が判明いたしました」


 空気が一変する。


 クリストフが問う。


「どこだ」


 ジョルジュは答えた。


「記録に存在しない組織です」


「は?」


「正確には」


 彼は言い直す。


「存在してはならない組織」


 アルベルトの目が細くなる。


「……まさか」


 ジョルジュは頷いた。


「はい」


 そして。


 はっきりと言った。


「世界維持機構」


 沈黙。


 その言葉は、あまりにも異質だった。


 マルールの指先が冷たくなる。


「何ですか、それは」


 ジョルジュは静かに説明する。


「伝承レベルの話ですが」


「世界の均衡を保つため、特定の存在を管理する組織」


「……」


「そして」


 彼はマルールを見る。


「その特定の存在こそが」


 一瞬の間。


「礎です」


 完全な静寂が訪れる。


 すべての点が、繋がり始めていた。


 ダニエルの言葉。


 暗殺者の発言。


 そして、今の情報。


 偶然ではない。


 すべてが一つの線になっている。


 そのとき。


 クリストフが言った。


「つまり」


 低い声。


「マルールは守られていると同時に、管理されている」


 ジョルジュは頷く。


「その可能性が高いです」


 アルベルトが笑った。


「面白いな」


 だがその目は冷たい。


「つまり生かされているだけの存在か」


 その言葉に。


 マルールはゆっくりと顔を上げた。


 胸の奥で、何かが変わる。


 ずっと受け身だった。


 狙われ、守られ、翻弄されるだけ。


 だが。


 それでは終わらない。


「……違います」


 静かに言った。


 全員の視線が集まる。


 マルールはまっすぐ前を見た。


「私は、生かされているだけではありません」


 自分の意志で立つ。


 その感覚が、初めてはっきりした。


「もし本当に礎なら」


 一歩、前へ出る。


「その意味を、私自身が決めます」


 沈黙。


 その言葉は、小さい。


 だが確かに。


 空気を変えた。


 クリストフが、わずかに目を細める。


 アルベルトが、楽しそうに笑う。


 ジョルジュが、静かに観察する。


 そして。


 ノエルが、誇るように一礼した。












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