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二度目の世界の訪問者




 夜会は、そのまま解散となった。


 表向きの理由は「安全確保のため」だったが、誰もが理解していた。


 これ以上、あの場に留まることは危険だと。


 貴族たちは慌ただしく帰路につき、王宮の廊下はいつになく静まり返っていた。


 マルールは、ノエルと共に自室へ戻る途中だった。


 窓の外には、深い夜が広がっている。


 秋の気配を含んだ風が、わずかにカーテンを揺らしていた。


「お嬢様」


 後ろからノエルが声をかける。


「本日はお疲れでしょう」


「そうね」


 マルールは小さく笑った。


「でも、眠れそうにはないわ」


 ノエルは何も言わなかった。


 ただ静かに頷く。


 それだけで、十分だった。


 そのときだった。


 廊下の先に、人影が現れた。


 灯りの届かない位置。


 しかし確かに、そこに立っている。


 ノエルがすぐに前へ出た。


「どなたですか」


 低い声。


 警戒が滲む。


 しかしその人物は、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 足音は静かだった。


 まるで最初からそこにいたかのように。


 やがて灯りの中に入る。


 黒髪の青年だった。


 年は二十代前半ほど。


 整った顔立ちだが、その表情はどこか疲れている。


 そして。


 その目。


 深い影を宿した瞳。


 まるで──


 すべてを知っているかのような。


「……また会えた」


 彼はそう言った。


 声は低く、静かだった。


 マルールは眉をひそめる。


「どなたですか」


 青年は答えない。


 ただ、じっと彼女を見つめる。


 その視線は、異様だった。


 初対面のはずなのに。


 どこか懐かしむような。


 そして。


 ひどく苦しそうな。


「無礼です」


 ノエルが一歩踏み出す。


「お嬢様にそのような──」


「ノエル」


 マルールが静かに止めた。


 なぜか。


 その青年から目が離せなかった。


 彼はゆっくりと口を開く。


「……また失敗したのか」


 小さな呟き。


 だがその言葉は、はっきりと聞こえた。


「え?」


 マルールが問い返す。


 青年は首を振った。


「いや」


 そして、まっすぐ彼女を見る。


 その瞳に、確信が宿る。


「今回は、まだ間に合う」


 空気が変わった。


 ノエルの手がわずかに動く。


 しかしマルールは動けなかった。


 その言葉が、あまりにも重かったからだ。


「……何の話ですか」


 問いかける。


 青年は少しだけ考えるように沈黙した。


 そして言った。


「信じなくていい」


 その声は静かだった。


「でも、覚えておいてほしい」


 一歩、近づく。


 ノエルが即座に間に入る。


 だが青年は止まった。


 それ以上は近づかない。


「君は──」


 彼は言う。


 その言葉は、はっきりしていた。


「この世界の礎だ」


 マルールの心臓が強く鳴った。


 昼間の言葉が蘇る。


 ──礎を消せ。


 思わず息を呑む。


「……どうして、それを」


 青年は答えない。


 ただ、静かに微笑んだ。


 その笑みはどこか悲しかった。


「やっぱり、同じ顔だ」


「何がですか」


「何でもない」


 そして。


 彼はゆっくりと名乗った。


「ダニエルだ」


「あの時の……!」


「覚えておくといい」


 ダニエルは続ける。


「君は狙われている」


「……それは知っています」


「違う」


 はっきり否定した。


「殺されることが問題じゃない」


 その言葉に、空気が凍る。


 ノエルの目が鋭くなる。


 だがダニエルは構わず続けた。


「君が死ぬと」


 一瞬、言葉を区切る。


 そして。


「世界が終わる」


 沈黙。


 完全な沈黙。


 マルールは何も言えなかった。


 その言葉が、あまりにも現実離れしていて。


 だが同時に。


 どこかで理解してしまったからだ。


 ダニエルはゆっくりと後退する。


「……だから」


 小さく呟く。


「今度こそ、守らないと」


「待ってください」


 マルールが思わず声を上げる。


「あなたは一体──」


 しかし。


 その瞬間。


 廊下に風が吹いた。


 カーテンが揺れる。


 視界が一瞬だけ遮られる。


 そして。


 次の瞬間。


 そこには誰もいなかった。


 ノエルがすぐに周囲を確認する。


「……いません」


 信じられない、という顔だった。


 マルールはその場に立ち尽くす。


 心臓の音がうるさい。


 頭の中で、言葉が繰り返される。


 ──君は、この世界の礎だ。


 ──君が死ぬと、世界が終わる。


 ゆっくりと、手を握る。


 震えていた。


 だが同時に。


 確信があった。


 これはただの陰謀ではない。


 もっと大きな何かが。


 すでに動き出している。











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