胸に抱いた
「そうだマダム、『メリダの店』って知ってる?これから行こうと思ってるんだ」
採寸が終わったあとに、ヒースクリフがマダムにたずねた。
「ええ、存じております。噴水前通りの西側でキッチン用品や日用品を取り扱っているお店ですね。向かわれるなら案内に人をお出しいたしましょうか」
「あー、あの店かな。だいたいわかったから大丈夫だよ。ありがとう、行ってみるよ」
ヒースクリフは案内を断って、店に向かってみることにした。
「ええ、またのご来店をお待ちいたしております」
いつも通り微笑んだマダムに見送られ、ニナたちはプティ・ブティを後にして歩き出した。
ニナはさっそくマダムが用意してくれたカチューシャを身に着け、お財布の入ったポシェットを肩にかけていた。とても心が弾み、ニナはスキップするような軽い足取りで道を進んだ。
いつも人通りの多い場所は大きいネビュラが人を寄せないようニナに寄り添ってくれていたが、今日はずっと小さいまま腕の中にいる。隣にヒースクリフがいて、腕の中にネビュラがいれば、もうニナは自分の近くにたくさん人がいても怖くない。ニナは少しずつ、街や人に慣れてきたのだ。
「ほら、ここじゃないかな」
ヒースクリフが指し示したのは、鍋と小麦の絵が描かれたかわいらしい看板がかかった白い壁の建物だった。ガラス越しに見える店内にはドライフラワーが飾られ、鍋や食器、調理器具などが並んでいた。
そのガラス窓から丁度昨日の女性が見えた。
「はい、昨日の人がいます」
「よし、じゃあ入ってみようか」
ヒースクリフに促され、ニナはそろりと店内に足を踏み入れた。来客に気付いた女性が振り向き、ニナを見ると目をまんまるく見開いた。
「まあ……!来てくれたんだね、無理を言ったかと心配してたんだけど、嬉しいよ。ありがとうねえ。あたしは店主のメリダと申します。ヒースクリフ様にも本当に助けてもらって、ありがとうございました」
メリダはとてもうれしそうに微笑んで、深々と頭を下げた。
「いただいたお菓子がおいしかったです。私も、ありがとうございました」
「いやだよ、あれくらいのもんで。ちゃんとお礼をさせてもらえないかい?この店にあるもんで、お嬢ちゃんに気に入ってもらえるものがあるといいんだけど」
メリダはそう言うとすぐにあれこれと商品を見つくろい始めた。ニナはそのはやさに慌てて声をかけた。
「そういうつもりで来たんじゃないです。うれしかったから、来てみたかったんです」
「でも、あれっぽっちのお菓子じゃあたしの気が収まらないよ、どうかお礼をさせておくれ。お嬢ちゃんは料理はするかい?」
「料理……ですか?」
ニナは言われたことが意外でぽかんと口を開いて聞き返した。
「あの、料理はわたしにもできることでしょうか……?」
問いかけたニナの言葉に、メリダは大きな口を開けて威勢よく笑ってニナに答えた。
「そりゃあできるさ、お嬢ちゃんにはかわいい手がついてるじゃないか。よほど不器用でもなけりゃ、できないってことはないさ。やったことはないんだねえ」
ニナは天啓を受けた気分だった。あの屋敷では白い衣服を着た人間にしか厨房に立つことが許されていなかったし、ヒースクリフも料理はしなかったからだ。ギルドの食堂だって、料理を作るのはマスターだけだ。
「料理は、特別な人にしかできないと思っていました……」
「それじゃあうちは商売あがったりだねえ。家庭料理なんてよっぽど料理が好きでもなけりゃ毎日毎日で面倒になっちまうもんだけど、ほら、こうやって可愛らしい柄の入った鍋やきれいな色のケトルなんかを揃えて、ちょっとでも気分が上向くようにって、あたしの店はそういう手伝いをしてるんだよ。だから買っていってくれるのはみんな普通の家の人さ」
メリダが笑いながら見せてくれたのは、優しい白色にオレンジや黄色のかわいらしい小花があしらわれた鍋やつやつやとした真っ赤なケトルだった。
店内を見回すと、同じ柄の大きさや形の違う鍋や、同じ柄だが色の違うもの、ケトルだって緑や白など様々だった。ニナはそれらに目を奪われ、吐息をつくようにつぶやいた。
「とてもかわいいです。わたしにも、できるでしょうか……」
「料理を始めてみるかい?じゃあ、お礼に鍋をもらっておくれ」
「でも、ちゃんと使えるかわかりません」
「もらっておきなよ、ニナ」
ためらうニナに、後ろで見守っていたヒースクリフが声をかけた。
「初心者でも扱いやすいものを選んでもらうといいよ。きっと、いい思い出になるよ」
「ああ、そうしようねえ。この鍋なんかどうだい。スープを作るのにも、ミルクを温めるのにも使いやすいよ」
そう言ってメリダが見せてくれたのは、ころんとした丸い形に注ぎ口がちょこんと飛び出した、真っ白な片手鍋だった。ニナは貰ったお菓子とメリダの言葉だけで泣けてしまうくらいうれしかったから、これ以上何かをもらうのは多すぎると思っていた。でも、うれしい気持ちの思い出にと優しく背中を押してもらったら、素直に受け取っても許されるんじゃないかとそう思えた。
「ありがとうございます、とても、とてもうれしいです」
「ああ、包んでくるから待ってておくれ。お役に立ちそうで、あたしもうれしいよ」
にっこりと笑って鍋を持って奥に行ったメリダは、がさがさと鍋を紙で包み始めた。
「ニナ、どうする?」
優しく微笑んだヒースクリフがニナに問いかけた。何を聞かれているか、ニナにはよく伝わった。
「……ネビィちゃん、少しヒースさんのところに行ってもらえますか?私、自分で受け取ってみたいと、そう思うんです」
「構わぬが、地面に降りれば……いやまあよいが。主のところへ移ろう」
地面に降りようと思ったネビュラだったが、満面の笑みで腕を広げているヒースクリフを見てその腕へぴょんと移った。地面に降りたらヒースクリフがしょんぼりしそうだったのだ。
「さあ、できたよ」
奥から戻ってきたメリダがニナに大きな包みを差し出した。ニナはそれにそっと手を伸ばし、包みを受け取って抱きかかえた。
「ありがとうございます、きっと大事に使います。それから、きっとまた買い物にきます」
「ああ、ぜひ来ておくれ。楽しみに待っているよ」
にこにこと笑い手を振るメリダに見送られ、みんなで店を出て家に向かって歩き始めた。
(料理ができるようになったら、もらったものをちゃんと使えたら)
この優しい思い出と一緒なら。まだ、どうやって覚えていけばいいかもわからなかったけれど、ニナの頭には前にライノに言われたことが浮かんでいた。
『ヒースだって食わないと生きていけねえ』
(そうしたら私は、もっとちゃんと、ヒースさんを助けるなにかに近づけるかもしれない)
ニナの胸には、希望が満ちていた。








