師弟
家に帰って包みを開けると、中には鍋だけではなく木べらやおたま、パッチワークの鍋敷き、ペアのカップまで入っていた。ニナは包みを渡してくれたときのメリダの優しい笑顔を思い出し、この贈り物全部を使えるようになろうと強く思った。
「ネビィちゃん、料理を覚えたいのですが、どうすればいいでしょうか……」
「ううむ、我はものを食べぬからな……」
強く思ったが、しかしニナにはどう手を付ければいいのかが全くわからなかった。ニナは料理どころか野菜の名前すらあやしかったし、ネビュラもこの件に関しては無力だった。
「主に相談して、ギルドの食堂で教わるのがよいのではないか」
ふたりで顔を見合わせて悩んだあと、ネビュラがそう提案した。
「迷惑にならないでしょうか」
「迷惑かどうかはあちらが決めることであろう。ニナにはまず、確かな教え役が必要だ」
ニナはネビュラの言葉に頷いた。何をすればいいのか全くわからない状態での独学は不可能だ。なにせニナは、塩と砂糖さえこの家に来てからようやく覚えたのだから。
ニナが料理を覚えたいと相談すると、ヒースクリフはすぐにギルド長と食堂のマスターに話を通してくれた。
ギルド長とマスターからは「ギルドの食堂で教える」と返事が返ってきたし、ヒースクリフも「ニナに料理を振る舞ってもらえたらすごくうれしい」と言って昼間に家を空けることを気にするニナを快く送り出してくれた。
ニナはネビュラに連れられて、指定された時間にギルドの食堂を訪ねた。
食堂のカウンターの前で、腕を組んだマスターがニナを迎えた。
「ニナといったな。俺はゲアトだ。これから料理を教えるが、そのためにはお前さんが必ず守らなけりゃいけないことがある。いいか、絶対に覚えろ」
「はい!」
「まず、週に3回、午後2の刻から午後4の刻までだ。それ以降は忙しくなるから見ちゃいられない。それにはじめは地味なとこからだ。いきなり包丁は握らせないし、お前さんは先に覚えなきゃいけねえことが山ほどある」
「はい!」
「それから何よりも重要なことだが……」
ゲアトはそこで言葉を区切り、真剣な目つきでニナを見据えた。
「絶対に怪我すんな。お前さんが怪我したらうるッせえのがうるせえんだよ」
「わか……りました!」
ニナはヒースクリフを思い出しながら頷いた。ネビュラはニナの腕の中で、そればかりは仕方ないと首を振った。
「なんか聞きたいことがあるか」
「はい!……あの、なんと呼んだらいいですか?」
顎をついとしゃくって質問を促すゲアトに、ニナは気になっていたことを質問した。ゲアトはみんなから『親父さん』と呼ばれているし、ネビュラは『店主』という。『マスター』という呼び方だってあるようだった。ニナはなんと呼んだらいいのだろうかと気になっていたのだ。
ゲアトはふうむと唸って、しばらく考えてから口を開いた。
「俺か。……マスターと呼べ」
「はい、マスター!」
ゲアトはニナの返事に満足そうに頷きカウンターの奥を顎で指し示した。
「まずは玉ねぎの皮むきからだ。ついて来い」
「はい!」
ゲアトはカウンターの横から厨房に入ろうとして、ぴたりと立ち止まり振り返った。
「……ネビュラ様はいかがされるので」
「我はニナの足元にいる。我のことは気にするな」
「かしこまりました」
ゲアトはぐっと目をつぶってそう答えると、今度こそ厨房に入っていった。
ニナは勝手口近くに置かれた椅子に座って、箱で渡された玉ねぎの皮をむきはじめた。ゲアトがよく刻んでいるこの野菜が『玉ねぎ』だと言うことも、茶色い皮が薄くてすぐにぺりぺりと千切れてしまうことも、初めて知ることだった。ニナは、この白くつるんとした玉ねぎがおいしい料理の材料になるのが不思議で、面白かった。
ネビュラは玉ねぎの皮をむくニナの足元に丸まって、楽しそうなその様子を見守り続けた。
そうやってニナは料理を教わるため食堂に通い始めた。
ゲアトはニナに食材に触れる時間を与えながら、まず食べ物の見た目と名前、味を教え込んだ。野菜の生のものと火を通したものを食べ比べさせ、調味料や香辛料のそのままの味と香りを確かめさせた。
ニナは、そこから始めなければいけなかったのだ。
ニナは、教えられることすべてが新鮮で、面白かった。とても辛かった野菜は火を通すだけでとろりと甘くなる。調味料やスパイスはとても強い味がして、ほんの少し料理に加えるだけで味がぐっと変わるのだ。
ニナは、ものを覚えることが得意だった。それがきちんとした師から与えられる正しい知識で、自分からやりたいと思ったことなら覚えることがいっそう楽しかった。
ゲアトは物覚えがよく素直なニナを気に入ったし、豆のさやをむかせたり、土付きの野菜を洗わせたり、葉っぱをちぎらせたり、色んな食材に触れながら学べるよう気を配った。
ニナも、知っているはずのことを知らない自分のために、心を砕いて丁寧に教えてくれるゲアトに心から感謝していた。
あまり口数の多くない師弟は無言でいることが多かったが、ふたりの間には優しくて暖かい空気が流れていた。
「そろそろ何か作ってみるか」
ゲアトがニナにそう告げたのは、ニナが教わり始めて二月経ったころだった。








