マダムの手
「あの、『メリダの店』に行ってみたいんです。それで……ヒースさんの時間があるときに、一緒に行ってほしいんです」
家に帰り、もらったお菓子を見せながらヒースクリフに事情を話したニナが、おずおずとヒースクリフにそう頼み事をした。
「その人のお店?」
「はい。『きっと来て』と言っていたんです。とてもうれしかったので、行きたいと思うんです。お菓子のお礼も言いたいです。でも、詳しい場所がわからなくて」
「いいよ、明日行ってみようか」
「いいんですか?」
「うん。急ぎの用事ないし、ニナとネビュラが迎えに来てくれるのが嬉しくて最近ずっと働いてたし。たまにはゆっくりして……久しぶりにマダムの店にも顔を出そうか」
ヒースクリフはうきうきとしながら明日の予定を決めた。ネビュラはニナの腕の中でまたか……と目を閉じて首を振ったし、ニナはマダムに久しぶりに会えるのはうれしいけれど、またたくさん買うのかな……と心配になってネビュラの肉球をもにもにと揉んだ。
ニナのクロゼットは、そろそろ限界が見えてきた。
§
「いらっしゃいませ。ヒースクリフ様、お待ち申し上げておりました」
にっこりと笑ってニナたちを迎えたマダムは、いつも通りのようで、いつもよりもどこか迫力があった。
「王都で宮廷舞踏会に参加されたと伺っております。輝かしい功績をお立てになったのですもの、流石はヒースクリフ様でいらっしゃいます。…………ところで、お召し物は何をお召しになられたのですか?」
マダムの圧は言葉が進むごとにどんどんと増していった。ヒースクリフは理由がわからず、しどろもどろになりながら返答した。
「何ってその、マダムに仕立ててもらった服だよ。流石プティ・ブティの服はすばら、しいなー……」
「それをお仕立てしたのが何年前だと思っていらっしゃるのです!男性の盛装にも流行がございます!体格もお変わりになられたでしょう!……まあなんということでございましょう、ヒースクリフ様ともあろうお方が流行遅れの合わない服で宮廷舞踏会にだなんて……私は悲しゅうございますよ!!」
マダムはヒースクリフを一喝した。ヒースクリフは、自分の装備には熱心だったが、盛装などには無頓着だった。
「よろしいですかヒースクリフ様、やれ布を選べ飾りを選べなどといったヒースクリフ様を煩わせることは何も申しません。ただここで採寸をして、あとは任せたと言ってくださればよいのです。よろしいですか!!」
「わ、わかったよマダム、…………もうないと思うけど」
「いいえ、必ずございます。ヒースクリフ様はそういう御方でございますもの」
きっぱりと言い切るマダムに、『星をあと4つは埋められる』というギルド長の言葉を思い出したヒースクリフはがっくりと肩を落とした。
「うん、次はそうするよ、約束する」
マダムは、自分のような立場でものを言っても受け入れてくれるヒースクリフのおおらかさと、そのがっくりとした様子に苦笑を浮かべて話しかけた。
「ニナ様のお品をご用意しておりますよ。今回はこちらをご用意させて頂きました」
そう言ってマダムが並べたのは、紺地に銀糸の刺繍が入ったリボンが頭に沿うように広がるカチューシャと、共布で作られた同じ刺繍の入った小さなポシェット、白い革で作られた四角くてかわいらしい財布だった。
「あれ、今日は服じゃないんだね」
「ええ、服さえあればよいというものでもございませんし……ヒースクリフ様、ニナ様の様子をご覧くださいませ」
後半、マダムはヒースクリフに早口でそっとささやきかけた。ヒースクリフが振り返ると、ニナはマダムの見せた品物に瞳を輝かせて見入っていた。
「ニナ様は紺地に銀……ネビュラ様を思わせるお色がことさらお好きでいらっしゃいます。ヒースクリフ様、全身でお考えになってくださいませ。今のワンピースをお召しになったニナ様に、こちらのお品はとてもお似合いになるでしょう?もちろんこれさえあればいいというものでもございません。服に合わせた小物が必要なのです」
「……うん、マダムの目の確かさが痛いほどわかった。俺はもう全面的にマダムを信じるよ。俺に盛装が必要になったときもぜったいにここに来る」
ヒースクリフは自分が気付いていなかったニナの好みを正確に把握していたマダムを尊敬したし、その審美眼に感嘆した。自分の盛装も、面倒だと思っていたがマダムがだめだというなら本当にだめだったのだろう。ヒースクリフは自分にそういった服が必要になったらもう全てマダムに任せようと心に決めた。
「あとはお履物ですが……こればかりは、採寸をさせていただかなければご用意が難しゅうございます」
「ああ、靴か……」
ニナはずっと、とりあえずの間に合わせでヒースクリフが買ってきた靴を履き続けていた。
「ニナ、どうしたい?無理はしなくていいし、できそうならやってみるといいよ」
「採寸は、何をするんですか?」
「私がニナ様の足に触れて、足の幅や甲の高さをお測りするのですよ。どうぞご無理なさらず、お考えくださいましね」
ニナはしばらく黙り込んで、マダムの手が自分の足に触れることを考えてみた。自分の足をマダムに触らせるのは申し訳ない気がしたが、怖いとはちっとも思わなかった。
「あの、大丈夫です。本当に大丈夫です。マダムの手は、ゆっくりなら怖くありません」
ニナの言葉に、ヒースクリフもマダムもうれしそうに微笑んだ。
「ではこのままこちらで。ニナ様、必ず触れる前にお声がけいたしますのでご安心くださいませ」
そう言ってマダムは、足を測るための道具を用意してニナの足に触れた。
測る場所を変える前に、マダムは必ず次はここを、と声をかけてくれた。マダムの手付きは優しくて、細くひんやりとした指が触れることがどこかくすぐったかった。
ニナはちっとも怖くなくて、それどころかマダムの優しい手付きが温かくて、そう思える自分が、とてもうれしかった。
「カチューシャとポシェットと、揃いの靴をご用意いたしましょうね」
採寸を終えたマダムが、優しく微笑んだ。








