(3)
記憶は、そこで途切れている。
おそらく、恐怖で気絶してしまったのだろう。結局どうやってあの世界から戻ってこられたのかはわからなかった。
気が付いた時には、湊斗は保健室のベッドに寝かされていた。
白い天井を見ながら、今までのことは夢だったのだろうかと最初は思った。だが、両手には包帯が巻かれており、じくじくと痛みと熱を伝えてくる。
目が覚めた湊斗に気づき、慌てて駆け寄った保健室の先生は、心配そうに様子を伺いながらも教えてくれた。
湊斗は、一階の廊下の端で倒れていたと言う。
職員室に残っていた先生の一人が気づき、急いで駆け寄った時には、湊斗の両手は血に濡れていたそうだ。
何か事件に巻き込まれたのか、と先生達は慌てていた。
そのうちに湊斗がいじめに遭っていることが公になり、いじめで怪我を負わされたのか、あるいは自傷行為か――と憶測が立って、湊斗は余計に学校に居づらくなった。
湊斗は両親に「妙な空間に閉じ込められ、知らない怖い女性に追いかけられた。その時に、開かない扉を叩いて手を怪我をした」と説明したが、当然信じてもらえなかった。
顔を強張らせる両親に連れられて、手の怪我の病院だけでなく、精神科の病院に幾つも通わされることになった。
心の病だ、何かしらのストレスだ、親の気を引くための嘘だ……。
散々に言われ続けて、湊斗は次第に自分がおかしいのかと思うようになった。
しかし、それでもやはり、他の人に見えないものが視え続ける。外に出るのが怖くなり、自分の部屋に引きこもるようになった。
苦しむ湊斗を救ってくれたのが、家からこっそり連れ出してくれた叔父の真澄と、遠方から来ていた祖母だった。
彼らは、湊斗と同じものが視えていると言った。そして、湊斗の話を信じてくれた。
理解者が現れて、安堵したのも束の間、両親……特に母親は、湊斗と祖母が会うことを禁じた。
どうやら両親と祖母の仲は良くは無く――というより、一方的に両親が祖母を拒絶しているようだった。
見えないものを視る――。
そのことが両親には信じられず、受け入れられなかった。拝み屋や霊能力者の仕事をする祖母や叔父を、頭のおかしい人達だと罵ることもあった。
最初こそ、祖母や叔父との交流を妨げたのは、湊斗を守るためでもあったのかもしれない。幼い子供に変な考えが植えつけられないようにと、両親なりに考えたのだろう。
だが、湊斗は祖母達と同じであった。奇妙なものが見えると言う湊斗を恐れた両親は、祖母達から隔離した。
これ以上おかしくならないように、まともな子に育つようにと、彼らは必死だったのだろう。だが、湊斗にとっては苦痛だった。視えていても見えないと言わないと、母親に泣かれ、父に怒られる。
両親との距離が開いたのは、この辺りからだ。
また、その頃には、三歳になった弟に両親は愛情を向けるようになっていた。不幸中の幸いというべきか、弟は視える能力は無いようだった。自分みたいに、誰もいない空間をじっと見たり、指をさして話しかけたりすることも無かった。
だから余計に、両親は弟を可愛がり、湊斗のことを放っておくようになった。
ネグレクトという訳ではなかったと思う。ご飯は用意してあったし、洗濯も掃除もしてもらった。参観日にも来てくれた。
けれど、食卓を囲みながら幼い弟に笑顔で構いきりの両親は、湊斗に声を掛けることはなかった。幸せそうな光景を横目にして食べるご飯は、胸が詰まって、飲み込むのにいつも苦労していた。
一緒にいるのに、湊斗は一人だった。
それはまるで、別の世界に迷い込んだ時のような孤独であった。
次第に湊斗は両親の前で口を開くことを止め、学校でも口を閉ざし、誰とも話さないように毎日を送った。
そうして小学校高学年に上がった頃に、湊斗が大きな事件を起こしたことで、両親はようやく湊斗を見限ったようだ。
中学進学を前にし、湊斗は自身の希望もあって、祖母の元へと引き取られたのだった。




