■49 魂の力
空より降り注ぐ紫の熱線は鬼豚を連続と打ち抜く。
中庭には、まるで紫の猛雨が降り注ぐ美しい眺めができあがっていたが、淡く紫に染まる噴水の乙女象にもし意志があれば、嫌悪を抱くものでもあった。
蠢いている。
鳴き、蠢いていた。
みっちりと密着しあった贅肉と贅肉を震わせ、蠢いていた。
「ぶひー! ぶひー!」
中庭は過密な養豚場と化していた。
アッペテンが量産する鬼豚の数が半端でなく、連発される魔弾の火力でも増殖に追いつかない。強化能力の異常さは際立ち、最悪なものである。
「ワシはスラム街から、この拳ひとつでのしあがったのじゃ」
七つの蛇を迎撃しアッペテンはフォルに一撃を喰らわした。
「くっ!」
七蛇を撃退しの反撃は巧みな手練であり、このアッペテンの拳の技がどれほどの鍛練と執念で磨かれたものだと感嘆しも、フォルは人を喰う怪物を称賛はできぬと悪態をつく。
「スラム街の英雄が、この様とは心底、落ちぶれたものだな! 反吐しかでんぞ!」
フォルは拳をぎりぎりと額ではねのけると、拳の弾幕を躱した青蛇の一匹がアッペテンの肉を喰い千切る。
「ぎゃあ! ワシの身体を傷つけましたな! 栄養価たっぷりな新鮮お肉なのですよ!」
「最低なクズ肉だ! スラム街の油虫すら見向きせん!」
フォルは血の混ざった唾をはき、拳を構える。
軽いフットワークでぴょんぴょんと跳ねてアッペテンは距離をとった。
「酷い、言いざまですじゃ! ほんと怒りました! ワシも手を増やしますよ! アッペテン強化!」
アッペテンの皮膚が蠢き、マラーク天輪現象が見られると、体内から六本の手が捻り出る。丸々と肥えた醜悪ともいえる芋虫な姿に、
「真に、怪物になったな……」
とフォルが冷め、憮然とやる気をなくした。
「絶望しましたか? あなたのお肉は堅そうです。よく叩いて、食べて差し上げます!」
八本の手を誇らしげに構えたアッペテンはあまりの戦闘力の差にフォルが諦めたと勘違いした。フォルは一蛇を伸ばし、地面の小石を拾い投げ寄越す。
フォルは小石を手で受けとると、
「哀しいな……」
親指で小石をつま弾いた。
「小細工を!」
アッペテンは小石を軽く弾く。
「なっ!」
身に起こった異変に、アッペテンは呻いた。
八つの右腕が同じ動作をし、拳が拳が拳が拳がと、下から上の拳をはね上げた。
「その場しのぎで付けた、その腕。自在に動かせる訳がなかろうが!」
飛空移動で飛んだフォルが忽然と現れ、強烈な一撃がアッペテンの腹を打つ。衝撃波が突き抜け、よろよろと後背によろけても倒れなかったのはアッペテンの執念であった。
「ぐへ……子豚ちゃん達! こいつを食べるのじゃ! マラークの晩餐のために!」
汚れた唾液を垂れ流したアッペテンは叫び、鬼豚が全方位から飛びかかった。
フォルは見向きも動きもしない。
知るがいい怪物の技量を。
それは青き華なり。
精練され、卓越され、高度な技能によって編まれ咲く青き華であった。
青き八蛇は螺旋と翻り、鬼豚達は全身を細切り粉砕され、青き華を彩る血の飛沫を散らす。
アッペテンは一瞬、青い華の絵でもみたのかと錯覚すら覚えた。
「お前は……その蛇、全てを動かせるのか……? お前、本当に人間か……?」
アッペテンはやっと悟り訊く。化物となったこのワシと対等に闘った。八蛇を自在に動かす……いやそれ以上のものがいる!
「それに答えるのは、通ではないな」
フォルは、いや怪物はニヤリと嗤うのだ。
――飛空移動!
答えはすぐに出た。
フォーブラの怪物《龍首ミールレ》の八蛇が適確にからみ、踊る邪食鬼アッペテンの腕全てを捕縛する。
そこに龍首ミールレの拳による強烈な一撃。今度は八蛇の束縛もあり、踊る邪食鬼アッペテンは後方へ逃れられない。
「お前は、この八蛇と渡り合えた人の技を捨てた。いや魂を捨てた! スラム街から抜け出した人の力を捨てた! 誰もがお前をスラム街の英雄と称賛した魂の力を捨てた! 人間の可能性を捨てたのだ! 今のお前に、何がある! キンマの怪物よ! さるがいい! ここは人の世界だ!」
二撃、三撃、四撃、五撃……その拳が繰り出される速度があがり、踊る邪食鬼アッペテンの分厚い脂肪の鎧が撓む。
連打される拳によって脂肪が外へ外へ外へと押しだされ、
「しゃぁりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ! しゃらすぅ!」
最も薄くなると、マラーク円輪が輝く。
銀鎖がフォルの拳に絡みとけ、渾身の銀拳が放たれた。
魔を粉砕する銀の力が、駆け巡った衝撃が、アッペテンの全骨を粉砕し、血の混じった胃液をふき、白目を浮べ――蛇の束縛から解放されたキンマの怪物《踊る邪食鬼アッペテン》はついに倒れた。
「抵抗力の低下を確認。封殺する!」
フォルはフォーブラの刻印を踊る邪食鬼アッペテンに向け、輝かせた。
「勝ったね……」
鉄塔より飛び降りたアルベルが飛空移動で下降を緩和させ着地する。
「聖書は相対する異界の総量に対して解放される。それまで獲得した技、魂の強さは関係ない。アッペテンに英雄としての強さがまだあったのならば、負けていたのは俺達だった」
「恐ろしきは人の魂の強さか……」
アルベルはフォルが持つ踊る邪食鬼アッペテンの入った球体を見て首肯する。量産された鬼豚達も本体が封殺されたためか、その姿をとろけさせ霧散していった。
「にしても……巨乳に誓って、一匹も逃さないじゃなかったのか? かなり逃したな」
「あっちの方が、巨乳だったからね。連合一の座を奪われるかと思ったよ」
「なんて、いい言い草だ……! ほんと、恐ろしいのは人の魂だ!」
フォルは呆れた。アルベルはいつもでアルベルであった。




