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■48 手のひらに

「なになになに、あーれぇ!」


 12班部署を目指して走るソティは後方から迫るものに驚いた。


 蹄を打ち鳴らし、廊下の角を見事な曲線を描き疾走してきた豚達の大群。

 最初は何か解らなかったが、全ての豚に人の顔がついていることが知って、ソティはぞっとした。

 あのアッペテンの顔がにこやかな表情を浮かべ大群で迫ってくる。

 なんとおぞましい光景であろうか。


「ぶひょーぉ。姫君様! ワシの胃袋にきてください!」

「うそうそ、さっきの人なの!」


 ソティは必死に走りながら叫ぶ。


「逃がしませんぞ!」


 前方の窓ガラスが割れる音が響いて、鬼豚が次々と飛び込んでくる。行く手を阻まれ、ソティは脚をとめ、緊張した。

 鬼豚達は獲物を包囲したとニンマリと笑う。


「生でいく?」

「油であげて、ぱりぱりに?」

「蒸してもよいですな!」

「いや、炒めましょう! 火力が大事!」

「漬け込むのも捨てがたい!」

「天日干しで、干物もいいのでは?」


 アッペテンの鬼豚達は口々に料理法を呟きあう。


 ソティは前後左右を見回して、逃走経路があるか、確認する。

 全方位、アッペテンの顔が笑っている。自分が優位にいることの嫌らしい笑みだ。


(駄目なの……)


 ソティは胸の中がちりりっと熱く焦げるの感じた。どこにも逃げられそうな退路がない。

 鬼豚達は残忍と笑う。調理法を決めたのだ。


「でも、やっぱり――生が一番!」


 鬼豚達は心を合わせて唱和した。


「キンマの恵みを! マラークの晩餐を!」


 鬼豚達は一斉に声を合わせ、飛びかかった。


「こんな、いっぱい! いやーぁ!」


 ソティの背筋に、言いようのない生理的悪寒と恐怖が駆け上がる。


 そのときである。聞き覚えのある声がソティの耳に響いた。


「――ほんと嫌よね。こんな豚の相手なんて!」


 紅い風が美しく流れると、鬼豚達が鮮血をあげて細切れにされ、弾け飛ぶ。


「え!」


 ソティは目の前で、謎の猫尻尾がくねくねと動いていて、眼をぱちくりとした。起きた出来事を理解できない。


 突如として出現したのは《ルブルムの魔風》である。全身には微風を纏い、両側には浮遊珠(エルラピス)を従えていた。


「誰? 前、質問しにきた人? なんか、耳と尻尾が!」


 《ルブルムの魔風》のことルーネは、妖艶な笑みを飾った唇に人差し指をあて答える。


「私? 私はねこたぁんよ! カワイイぃ~にくきゅう、き~くぅ」


 美しい太股の脚を捻りあげ、微風を風の刃ととし、叩き降ろすと、鬼豚達の顔面だけがばすっと残酷に切断され落ちた。


「うひゃ! それ絶対違う!」


 顔面だけがひらひらと舞って、思わずソティは声を張り上げた。


「じゃあ、これにゃん。愛らしい子猫の肉球パンチ!」


 飛びかかってきた鬼豚の一匹。


 ルーネは舌を嘗め、どう猛な表情で、旋風を伴った猛烈な一撃を腹にお見舞いする。

 鬼豚は腹を螺旋型に抉られ、身体から腸やら内臓らやを激しく飛散させ、打ち砕かれた。

 愛らしい子猫パンチレベルでない殺傷力だ。


「わ! す、すごい可愛いパンチにゃん!」


 口元を引き攣らせ、動揺が激しいソティはにゃん語を交えそう答えるしかない。

 ルーネはその心情を解っているからこそ艶やかに笑い、叫んだ。


「ありがとにゃ。ファンテ! 天窓廊下で、ソティを確保! ここに向かって!」


 通信を受けソティの居場所が判明した数分後――


 大きな衝撃が響いた。


 妖精の羽根を生やした発光体《星彩のストラ》は黒い障壁を身に纏い、両手を広げ、超重量の鉛みたいな状態で落下してきたのだ。


 天井は痛快に穴を開けられ、鬼豚達が黒い障壁によって押しつぶされている。

 ソティはうわーと顔をして、天井の穴と、挽肉状態の鬼豚達を見比べる。


「えーと、おっぱいが大きいから、重いんだね」

「ぷーぅ。失礼です! 妖精の国にしかない特別な石で、重力支配の結界を作ったのです!」


 《星彩のストラ》は頬を膨らませて怒った。


「その子。最近、お菓子ばかり食べているから、重いのよね~。ぷにぷににゃ」


 ルーネは鬼豚に愛らしい子猫の肉球パンチを喰らわしいう。


「まあ! ルーネちゃんまで!」


 《星彩のストラ》ことファンテはぷりぷり怒りながら、床をどすんどすんと陥没させ、ソティの方にやってくる。ファンテの威圧感と超重量具合に、ソティは引きぎみだ。


「あの、その……」

「逃げないで。結果を張るわ!」


 ファンテはソティを抱え込むと、黒魔石より物理結果を発動させた。


 《星彩のストラ》の力によって、発動時間と効果が強化された物理結界の前に、鬼豚達は行く手を阻まれ、蹄を苛立たしく打ち鳴らし、周辺でうろうろしだした。

 しびれを切らした鬼豚達の数匹が飛び上がり、身をぶつけるが、その程度で堅牢なファンテの結界を破れる訳がなかった。


「堅いです! ワシのマラークの晩餐の邪魔はさせませぬぞ。食に大事なのは火力! みなさん、燃えますか!」

「燃えますぞ! 燃えますぞ!」


 鬼豚達が唱和し、身から黒い炎が燃えあがった。鬼豚達は己に宿るキンマの魔素を燃料と炎上し、その身をぶつけてきた。


「ひー! 死ぬ、死ぬ! 焼け死にます!」


 笑いながら、黒い炎に包まれた鬼豚達が衝突してくる。そのまま、力尽きて、結界の壁際で焼け死ぬ鬼豚もでた。特攻の自爆行為だ。


「ちょっと、イカレテるわね」


 ルーネが肩をすくめると、ファンテが真剣な顔をしていう。


「危険。なにか魔力を持った炎。結界が削れている……」

「……猫たん。虎たんになるわ」


 ルーネはファンテの結界よりタイミングをみて飛び出し、鬼豚達を駆逐しだす。


「結界の負担を少しでも軽減させる!」


 乱れるは、紅い魔風。

 ルーネは押し寄せる燃える鬼豚を果敢と切断し、分断し、両断し、粉砕し続ける。


 しかし増殖する鬼豚の大群が止まらない。


「次々くる!」


 ルーネが憎らしげに叫ぶ。

 ファンテの張った結果を破ろうと、燃える鬼豚達は飛んでくる。その防衛役のルーネも狙い鬼豚達の強襲が止まらない。

 熾烈な防戦となった状況を見て、ソティは呟いた。


「……なんで、ここまでして、私を守ってくれるの?」


 ソティはこの状況に手間取っていた。


「あの仮面の男も。ううん。みんな、なんで……私を……」


 ファンテはソティを優しく抱きしめた。


「人は掌に入るぐらいは守れからよ。人じゃなくなったら、掌の隙間からぽろぽろと落としちゃう。掌をぎゅっと合わせることも忘れて落とし続けるの」


 ファンテは愛おしみの眼をした。


「でも私達はまだ掌を作れる。もちろん、それだけじゃ守れないことはある。そのときは、私達は話せる。それで他の人と掌を合わせて広げるの。世界にいっぱいの掌を合わせて広げればいい! でも他の人と掌を合わせるのは難しい。だからこそ、最初の、その最初の指を合わせ、掌を作れることを忘れてはならないから、かな……」


 と、ファンテはソティの頭にぽんと手を続けた。


「ごめんね。これ、私の意見だね。答えになってないね……」

「ううん。いい。……私も、お兄ちゃんを……簡単なことだよね。でも、みんなできない……私もだった……」


 ソティは頭に添えられた手に深い優しさを感じながら、自分の手を見た。


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