激戦を振り返って
「じゃあ飲み物、用意するね」
彩乃はティーバッグを取り出し、沸かしたお湯を注ぐ。ふわりと香りが広がっていく。
その間に紫苑はシュークリームの箱を開けた。ふわふわのカスタードクリームがたっぷり入っていて、上にはチョコレートがかかっている。
「彩乃って、いつもクールな感じでいるけど、本当は、甘いものが大好きなんじゃない?」
「え、そうだけど……。どうして、分かるの?」
「やっぱり! 休憩の時の様子とか見ていて、そうかなー、って思ってたんだ」
紫苑は、テーブルにシュークリームを並べながら楽しそうに語る。セレスティア彩乃は、その様子を見ながら少しずつ緊張が和らいでいくのを感じた。
二人はシュークリームを一口食べると、思わず顔を見合わせて笑った。口の中に広がる優しい甘さが、心の奥深くに染み渡るようだった。控室は先ほどの激闘が嘘のように穏やかで平和な空間に変わった。
「あのね」
紫苑がシュークリームを手に取りながら、不意に口を開いた。その声には先ほどの激闘を微塵も感じさせない明るさがあった。
「今日の試合、本当に彩乃、強かったなぁ……」
「えっ……?」
意外な言葉に彩乃は思わずシュークリームを口元で止めた。自分のほうがもっぱら紫苑の攻撃に耐えるばかりで、ようやくフォールに持ち込めたと思っていたから。
「だって、こっちがどう仕掛けても即、返してくるでしょう? そうすると、それならこれはどうだろう、こっちは効くかなって、やっているうちに、持っている技、ほとんど出し尽くしちゃってね」
紫苑はシュークリームを一口かじり、もぐもぐと噛みながら、天井を見上げる。何か楽しかったことを思い出しているみたいだ。
「そうやって相手の実力を十分に見定めてから、頃合いを見計らって、バックドロップで決めちゃったものね」
紫苑の表情には、フォールを決められたことを悔しがっている様子などまったくない。
「そんな……。あれはもう、たまたまうまく入ったようなものだから」
彩乃は慌てて否定した。紫苑が言うような計算なんて、あの時はまったくなかった。とにかく、目の前の相手の攻撃をどうしのぎ、どう返すか。それだけで精いっぱいだった。
「もう、そんなことないって。ずっと紫苑に攻められてばかりだったよ」
「ううん、彩乃って、こっちが技を掛けたら逆に利用してくるんだから。腕を取ったと思ったら、その力を利用して身体を入れ替えてくるし、ロープに追い込んだと思ったら、次の瞬間にはこっちが投げられてるし」
紫苑は本当に楽しそうに話す。けれど彩乃には、そんなにうまく切り返していたという実感はなかった。あの時はただ、紫苑の攻撃から逃れようと必死にもがいていただけのような気がする。
「……闘っている時は、むしろ、怖いくらいだったわ。特にあの投げ技と関節技……何度も身体が壊れるんじゃないかと思ったもの」
彩乃はそっと肘に触れる。まだ、ほのかにジーンと痛みが伝わる。
「うわー。そんなふうに言われると、なんか嬉しくなっちゃうなあ。ちゃんとわたしの技、受けてくれてたんだね」
「え……嬉しいの?」
「うん。だって、こっちも本気で掛けてるんだもの。それを彩乃が受け止めてくれて、それでも立って、また返してくるでしょう? それもずっとだよ。あんなに闘えたの、初めてだもの」
紫苑は目を輝かせて言う。確かに六十分以上の長期戦だった。しかも、ずっとお互い、ひるむことなく闘っていた。彩乃にとっても、今までにない過酷な試合だった。それを紫苑は、こんなにも楽しかったことのように話している。試合が終わった後も興奮がおさまらなくて、ああいう言葉が出たのも本当かもしれない。




