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意外な訪問者

 どれだけ時間がたったのか。ドアをノックする音がした。

「……彩乃、入っていい?」

どこか聞き覚えのある声だったが、どうしても思い出せない。

挿絵(By みてみん)

「どうぞ」

とりあえず返事をする。

ドアが開いて現れた人物を見て、セレスティア彩乃は息をのんだ。こともあろうか、あの、リングで暴れたフェリシア紫苑だったからだ。普通、他団体の選手が、相手の控室を訪れることはしないことになっている。しかも、試合の後になんて。

もし、来ることがあれば、目的は一つだけ、リベンジだ。もちろん、セレスティア彩乃自身はそんなことをしたこともなければ、されたこともないが。

試合の時に受けた攻撃の感触、激しい言葉の数々を思い出す。そして、試合が終わっても、なお「勝負はまだ……終わってねえぞ……」と言って睨んでいた目つき。そういったものが一挙に襲ってきた。

しかし、もう、彩乃には闘う気力は少しも残っていなかった。思わずクッションを握りしめ、フェリシア紫苑のほうを恐る恐る見る。

だが、そんな彩乃を見つめるフェリシア紫苑は、リングにいた時とはすっかり様変わりしていた。**空色の長いガウンを身にまとっている。襟元からは、試合の時に着ていた濃いチャコールグレーの水着がわずかに見えているが、ガウンのベルトはきちんと締められている。髪にも少し櫛を入れ、銀の髪飾りをつけていた。

そして、何よりも違っているのは、表情だった。リングの上での、あれほど執拗にセレスティア彩乃を攻撃し、「うるせぇ! ふざけんなよ!」とわめいていた時の、乱暴さはすっかり消えている。さわやかな笑顔で彩乃の前に立っていた。

挿絵(By みてみん)

「今日はおつかれさまー」

 あの、少し前まで荒れ狂った人物とは同じとは思えない、穏やかな声だった。彩乃は何が何だか分からず、フェリシア紫苑のほうを見つめる。

「そんなに警戒しなくていいよ。仕返しとか、そういうのじゃ、全然、ないから。確かにさっきは、お互い、敵同士で闘っていたけど、そもそも私たち、同じ女子レスラーじゃない。だったら、仲間のところに遊びに来たっていいじゃない?」

 フェリシア紫苑は屈託のない笑顔でセレスティア彩乃に声をかける。どうやら、本心から、そういう気持ちで訪れたようだ。

「試合の後、あんなこと言っちゃったけど、本当は、彩乃が強いことも、自分が負けたことも、最初からちゃんと理解はしていたの。だけど、ずっと闘志むき出しでいたから、すぐには気持ちがおさまらなくてね。それで、つい、あんなこと、言っちゃったの。ごめんね」

 フェリシア紫苑はぺこりと頭を下げた。それを見ると、彩乃も、さっきの自分の言い方も、何だか冷淡すぎた気がしてきた。何しろ、あれだけの長時間、試合を繰り広げた相手だったのだ。自分からも、もう少し何か言葉をかけてもよかったように思えてきた。

「ううん、私こそ、そっけなくしちゃってごめんなさい。そうよね、フェリシアだって、がんばったものね」

 セレスティア彩乃はちょっと顔を伏せながら言った。あの時は、とにかくリングから離れることしか頭になかった。

 フェリシア紫苑は少し恥ずかしそうに言った。

「だけどね、彩乃が、この後も続けたら喧嘩よ、って言った時、すごく嬉しかったの。あんなに彩乃に対して激しく攻撃したり、ののしったのに、これは試合だと思ってくれていたんだ、って。それなのに、それをひっくり返そうとしていた自分が許せなくなっちゃってね。それで、あんなふうにわめいちゃったの。機嫌損ねたんじゃないかな、って心配だったの」

挿絵(By みてみん)

 試合直後の鋭い目つきは、今はそこにはない。悪いことをして、しおらしく謝りに来た女の子という感じだ。

「それでね、お詫びと、そのことに気づかせてくれたお礼にきたの。今日は、彩乃と闘えて、本当によかった。ありがとうね」

「いいわよ、そんなに気遣わなくても。私は、大丈夫」

 セレスティア彩乃は慌てて言う。

 フェリシア紫苑は、思い出したように言った。

「それでね、今日は、これ、持ってきたんだ。一緒に食べよう」

そう言って取り出したのは、淡いブルーの包装紙に金色のリボンがかかった可愛らしい小箱だった。リボンには「Atelier Shu(アトリエ・シュー)」と書かれている。

「シュークリーム……?」

セレスティアが驚いて箱を見つめる。セレスティア彩乃は戸惑いながらも、素直に受け取った。アトリエ・シューのシュークリームは、幼い時、また、選手になってからも母が差し入れとしてよく買ってきてくれた思い出の味だ。でも、最近は、それを食べる余裕すらなかった。

「あ、ありがとう。フェリシアさん、あがって」

 セレスティア彩乃はずっとフェリシア紫苑が入り口に立っているのに気がついて、招き入れた。

挿絵(By みてみん)

「じゃあ、おじゃましまーす」

 フェリシア紫苑は彩乃の控室に入る。

「あ、それから、私のこと、今は紫苑、って呼んじゃって。なんだかフェリシアさん、ってリング名だと落ち着かないから。私も、さっきから彩乃、って呼んでいるし」

「あ、そうね、じゃあ、そうするわ、紫苑」

 そう呼んだだけで、リングの上にあった二人の距離が、ほんの少し縮まったような気がし


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