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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第2章 配信

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9/30

8.配信-③

「あー、確かに」

「それさ、誰が最初に『父さんシリーズ』って言い出したんだっけ?」


 ETERNITAにおける『父さんシリーズ』とは、リーダーである唯一郎の「小さい頃父さんがさ」で始まるライブなどのフリートークでの十八番(おはこ)である。その内容は主に、唯一郎が子供の頃に父親に聞かされた可愛らしい冗談。だが、唯一郎の記憶力があまりにも優れていたためにそれらのほとんどを今も覚えており、さらには自分で調べるまで冗談だと気付かずに信じ続けていたという、鉄板の笑いのネタなのだ。


「あれじゃなかったっけ? 何回目かの配信で、ファンの人がコメント欄に書いてくれたのが定着した、みたいな」

「あー! 言われてみればそうだったかも!」

「僕、あの話好きだよ。唯くんから初めて聞いた父さんシリーズの、赤道は海底に赤い珊瑚の道があるからってやつ」


 ここで蓮がコメント欄について触れたのは、荒らしと化していたアカウントからのコメントが非表示になったことに気付いたからである。スタッフ側の判断と迅速な対応によりコメント欄が平和になったからこそ、ようやくファンとの交流を再開できるのだ。

 そのことを確認し、唯一郎と柚真も内心ではホッと胸をなでおろしていた。


「中学で習うまで、本気で信じてたんだもんなー」

「それがすごいよね!」

「いいだろ別に、子供だったんだから! ってか、俺らで話しすぎててコメント欄全然見てないって」


 自然な流れで、三人は再びコメント欄へと目を向ける。まるで先ほどまでの荒れ具合など、一切知らなかったかのような態度と口ぶりで。

 実際問題、あの状況で下手にタレント側が口を出して万が一炎上してしまった場合、変な方向でネットニュースなどに取り上げられてしまう可能性が非常に高くなる。炎上商法という手も場合によっては使えるのかもしれないが、まだデビューして三年で、さらに一般的な知名度もほとんどない今の状態では、それはむしろ悪手でしかない。今はとにかく大勢の人に知ってもらうことを第一に考えるべき時ではあるが、だからといって正攻法から外れても長続きしないというのが、ツクモエンターテインメントという事務所の見解だった。


「みんなごめんね! お詫びに、今からいっぱいコメント読むからね!」


 そしてこういう時は、基本的に柚真が先陣を切る。ファンからは犬系男子とも呼ばれているほど人懐っこく愛嬌もある柚真ならば、大抵のことはその可愛さで許されてしまうからだ。事実、今もコメント欄では柚真のファンたちが『大丈夫だよ!』『ゆまは何も悪くないよ』『ゆまにコメント読んでもらいたいなー』など、先ほどの荒れようは幻だったのかと思うほどの盛り上がりを見せていた。


「えっと、じゃあ~……。あ、これ蓮くんへのコメントだね! 『名古屋公演、初日に行きました! 内容はちょっと難しかったけど、れんれんの演技すごくよかったです!』だってー!」

「おっ、ありがとう! でもそっか、確かに内容はちょっと難しいかもなー」


 柚真が読み上げたコメントに対して、蓮はスマホのカメラに向かってアイドルスマイルを向けるものの、すぐに眉間にしわを寄せてしまう。その様子を横で見ていた唯一郎が、蓮の言葉に反応するように口を開いた。


「あー……確かに今回の舞台、ちょっと難しいよな。そもそも日本の話じゃないし、百年以上前に書かれた作品だし」

「そうなんだよなー。たぶん名前も覚えにくかったと思うし、基本的に事件は裏で起こってるから、舞台上では登場人物たちの日常会話がほとんどだし」


 そんな二人の会話を受けて、純粋に疑問に思ったらしい柚真が蓮に問いかける。


「そうなの? 僕はまだ見てないから知らないんだけど、もしかしてちょっとだけでも内容の予習してたほうがいい?」

「んー……。予習しなくても観れるけど、内容知ってたほうがより理解度が上がるかも、って感じかなー」

「そっかー。じゃあ、ちょっと人物紹介とあらすじだけでも見ておこっかな」


 柚真からの質問になんと答えるべきかと迷う素振りを見せた蓮だったが、あえてどちらがいいとは明言せずに伝えた回答に、柚真も納得したようにそう口にした。

 今回蓮が出演している舞台は、唯一郎が言っていたように百年以上前に書かれた作品であり有名な戯曲の一つでもあるので、ストーリー以上に誰がどう演じてどう演出するかのほうが重要なのだ。そのためネタバレという概念はあまり存在していないのだが、かといって内容を知らない人物が観てはいけないだとか、必ずしも予習が必要というわけでもない。ただ蓮の言葉通り、内容を知っていれば理解度が上がる、程度のものでしかないのだ。

 主演の一人を蓮が担っているということで、コメント欄にも実際に見に行ったファンからの書き込みがいくつかあるが、やはり事前の予習が必要かどうかという点についての考え方はひとそれぞれだった。ただ一貫して言えることは、先に知っていたほうが観劇中に混乱せずにすむということ。戯曲というものは有名であればあるほど、観客が内容を知っている前提で演出家が様々な手法を取り入れていたりもするので、それらも含め全て楽しみたいのであれば事前の予習をしておくのがオススメというのが、コメント欄の総括といったところだろう。

 そんな中、一つのコメントが蓮の目に留まる。


「『東京公演すごく楽しみにしてのに、仕事の都合で行けなくなっちゃったー』って。うわぁ、そっかー。いやでも、仕事なら仕方ないよなー」


 そう口にはするが、蓮も本心ではファンと同じくらい悔しい思いを抱いていた。折角の初主演、しかも劇場まで舞台を観に来ようとしてくれていた自身のファンに、悲しい思いをさせてしまったのだ。コメントの最後に涙を流している絵文字がつけられているが、きっと心の中では涙していただろうし、もしかしたら実際に涙を流してしまっていたかもしれないと思うと、蓮はやるせなくなる。

 けれどそういう時だからこそ、蓮はファンに向かって真っ直ぐ言葉を届けるのだ。


「でも、今回で終わりじゃないから。これからも舞台にはたくさん立ちたいし、今度はライブもあるから、その時に会おう!」


 そんな蓮の言葉に、唯一郎と柚真も続く。


「そうそう。俺たちはずっと待ってるから!」

「次は僕たちと一緒に、ライブでいっぱい盛り上がろうね!」


 三人がアイドルらしいキラキラとした笑顔でそう言い切ると、多少のタイムラグはあるものの、徐々にコメント欄が沸き始める。『え!? もしかして今日、ライブの詳細発表だったの!?』や『ライブ! 待ってました!』などのコメントと同時に、拍手やハートや涙を流す絵文字が大量に流れていく。その様子を確認し三人は視線を交わし頷き合うと、リーダーである唯一郎が画面の向こう側にいる大勢のファンに向かってこう宣言した。


「今年のライブタイトルが決定しました! その名も、『ETERNITA3rdライブ~Luce(ルーチェ)~』!」


 それを受けて、両脇にいる二人がワーッと拍手を送る。この間、カメラに映ることのないスマホの向こう側で、スタッフがそれぞれにカンペを出していた。


「ルーチェとはイタリア語で光を意味し、これからETERNITAがもっと光輝いていけるように、そしてライブ会場を光でいっぱいにできるようにと願いを込めて名付けました」

「詳しい日程やグッズについては、配信終了後にオフィシャルサイトに掲載するので、チェックしてください!」


 唯一郎に続いて蓮と柚真も宣伝を終えると、スタッフがカンペを下ろす。と同時に、三人もまた自由に会話を再開するのだった。


「やったねー! 今年もみんなに会えるよー!」

「みんなも嬉しいかもしれないけど、俺たちも相当嬉しいからね!」

「早くみんなに伝えたくて、俺ら全員ウズウズしてたくらいだから!」


 テンション高く、けれど和気あいあいとした三人の雰囲気以上に、先ほどタイトルが発表されたあたりからコメント欄は狂喜乱舞の様相を呈していた。今日一番の早さでコメントが流れていき、様々な絵文字はもちろんのこと『待ってたー!』『楽しみー!』『早く会いたいー!』など、短いが思いのこもった言葉たちが次々と画面に表示されては消えていく。

 しばらくの間はその熱が冷めやらぬ様子で、三人ともファンのコメントが追いきれないほどだったが、ようやく落ち着いた頃にちょっとしたリクエストやスクショタイムを設け、大きなトラブルもなくこの日の配信は終了したのだった。



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