9.配信-④
「あー、楽しかったねー!」
「早くライブでファンの人たちと会いたいよなー」
「分かる。舞台や演技も楽しいけど、やっぱりライブにはライブにしかないよさがあるんだよ」
楽しそうに話す三人のゆったりした空気感とは対照的に、配信終了直後から慌ただしく動き始めるスタッフ陣。これから宣伝用の切り抜き動画の作成や、ライブの詳細についてのサイト掲載時のチェックに、配信に使用していた機材の片付けなど、彼らはここからが忙しくなるのだ。
そしてこの日は蓮も、このあとにまだ仕事が残っていた。
「蓮はこのまま録音スタジオに移動してー!」
「はーい!」
慌ただしくなった第五スタジオの中で、蓮の荷物も手にした百合がそう声をかける。唯一郎と柚真とは違い、週末には地方公演のため都内から出ていたので、蓮だけがファンクラブ用のスペシャルボイスが未収録のままだったのだ。とはいえまた次回となると、今度は東京公演の日に被る可能性も出てくる。そのため、事務所に来ているこのタイミングで収録も終わらせてしまえるようスケジュールを調整していた。
幸いなことに、スペシャルボイスは特別なことがない限り事務所内にある録音スタジオを使用しているので、ビル内を移動するだけでいい。とはいえ、蓮に荷物を持たせるのはいつどこで失くされてしまうのか不安なため、たとえビル内の移動であろうとも百合が持つようにしている。そして残念なことに、これに関してはメンバーだけでなくスタッフも含め全員の共通見解なのだ。
「じゃあ、また」
「またなー」
「収録いってらっしゃーい!」
普段の光景すぎて誰も疑問にも思わなくなったこの状況下で、蓮は唯一郎と柚真に軽く挨拶をしてから、出口へと向かった。そうして今度は、忙しそうに動いているスタッフ陣へと声をかけると、同じように挨拶が返ってくる。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様ー!」
「お疲れー」
ひと通り全員と挨拶をすませたところで、蓮はようやく明るい第五スタジオをあとにすると、廊下で録音スタジオのスタッフと連絡を取っていたらしい百合に追いつく。
「お待たせ」
「ん、タイミングバッチリ。今確認したら、もう向こうは準備終わってるって」
「じゃあ、着いたらすぐ収録だね」
「うん。そういうことだから、よろしく」
姉と弟らしい距離感で短い会話をすませると、二人はそのまま無言で録音スタジオへと向かったのだった。
一方その頃、第五スタジオの中では今日の仕事を終えた唯一郎と柚真が、スタッフの邪魔にならない端のほうで水分補給をしながら、今日の配信について話し合っていた。
「さっきのさぁ。蓮くんが社長の息子だから優遇されてるとか楽でいいねとか、本当に失礼しちゃうよねー」
口調は穏やかだが、普段とは違い笑顔一つない柚真の様子に、唯一郎は苦笑をこぼす。
「まぁ、そう言われることを想定してたから、社長も副社長も蓮にだけは練習生の頃から厳しくしてたんだろ」
配信中にも出た話題ではあるが、九十九蓮と九十九百合は、ここツクモエンターテインメントの社長令息と令嬢である。それは間違いないのだが、九十九社長夫妻は決して子供たちを特別扱いするようなことはなかった。むしろアイドルを目指した蓮には人一倍以上に厳しく接し、出された課題以上のことを持ってくることができないのであれば、この事務所でデビューを目指すことは諦めろとまで言うほど。それは他の練習生たちが課題をクリアして褒められている中でも、一人だけ要求されるレベルが高かったという事実に他ならない。そして蓮より三歳年上の百合に対しても、会社を継ぐ関係上入社に関してだけは大学在籍中からマネジメント業務に携わるという特別措置を取ったものの、あくまで新人の一人として扱うようにと全社員だけでなくタレントにも周知し、それを徹底してきた。
他者から見れば、一見厳しい両親のようにも見えたことだろう。実際、唯一郎や柚真のように蓮と練習生時代を共にし当時からその様子を目の当たりにしていた人物は、誰もが蓮に同情したものだった。だが成長した今、彼らは九十九社長夫妻の意図をよく理解していた。それは将来、子供たち二人が本気で困ったり傷つけられたりしないようにという、両親なりの愛情だったのだと。
特に蓮に関しては表舞台に立つ関係上、どうあっても事務所の社長の息子だという事実がついて回るので、いらぬ誤解や誹謗中傷を招きかねない。だがそうなった時に、蓮本人に困難を自力で乗り越えたのだという自信さえあれば、そう簡単には傷つけられないし切り抜けることも容易だろうと夫妻は考えたのだ。そして実際、先ほどの配信でも落ち着いて対処できていたのだから、教育方針としては間違っていなかったと言える。
「もちろん僕たちはそのことを知ってるし、前々から知ってくれてるファンの人たちだって蓮くんの苦労とか努力は理解してくれてるよ? でも、やっぱり納得はいかないよね。何も知らないのに、社長の息子だからっていう理由で色々決めつけられるのは」
だが、それはあくまで対処法でしかなく、根本的な解決法ではない。つまり、今日の配信時のように蓮が口さがない人物にあれこれと言われることを、未然に防ぐことはできないのだ。それが柚真にとっては、なんとも歯がゆいらしい。
とはいえ、それに関しては唯一郎も、そして他のスタッフたちも同じように思っていることだろう。たとえ直接言葉にしていなくとも、彼らにとって蓮は大切な仲間であり、そして誰よりも努力してきたことを知っているからこそ、その分だけ報われてほしい人物なのだ。
「気持ちは分かるけど、結局はそれだって実力でねじ伏せてくしかないだろ。実際蓮は俺たちの代で誰よりもダンスも歌もうまいし、振り付けや作詞作曲までできるんだから、実力も才能も十分すぎるほどあるんだよ。ってことは、あとはもっとファンを増やして有名になるだけだ。そうすればきっと、誰の息子だとか関係なくなるって」
いわゆる二世と呼ばれるタレントたちも、結局最後は実力が重視される世界なのだ。けれど、だからこそこの先も確かな実力さえあれば問題ないのだと、唯一郎は口にする。その表情はまるで余裕だと言わんばかりの笑みを浮かべていたが、それが逆に柚真にはよかったようで、その顔にようやく笑顔が戻ってきた。
「唯くんって、時々すごく自信満々だよね」
「悪いか?」
「ううん、悪くない」
そう言って二人で笑い合う空間は、もうすでにいつもと同じ雰囲気をまとっていた。
「あ、ちなみになんだけどさ」
「んー?」
思い出したように、けれどどこかいたずらっぽく、柚真が唯一郎の顔を覗き込みながらこう問いかける。
「百合さんが蓮くんのマネージャーやってるっていうの、どう思ってる?」
ETERNITAがデビューする際、百合は蓮の専属マネージャーとして社長直々に指名された。まだ大学生だった百合を、しかも弟のマネージャーにするなど前代未聞すぎて、当時は社長が過保護になったと事務所内で散々騒がれたものだったのだが、今となっては全員が納得せざるを得ない人選だったと思っている。柚真もそれを分かったうえで、あえて唯一郎に答えを求めているだけなのだ。
それを知っているからこそ、唯一郎も唯一郎でその表情に応えるように、呆れたような表情でため息をつく。
「社長がちゃんと息子の特性を知っててくれて助かったなって思ってる。そうじゃなかったら、今頃何人のマネージャーが蓮の専属をやめてたことか」
初期には反対する声も実際に存在していた。けれどすぐに、蓮の失くし物忘れ物癖があまりにも酷いことが発覚すると、誰もが口を揃えてこう言ったのだ。「蓮は家族じゃないと面倒見切れない」と。
実際、蓮は今も出かける際に必ず百合のチェックが入り、問題ないと判断されるまで出発できないようになっている。そうでなければ、誰かが九十九家まで忘れ物を取りにいかなければならないからだ。しかも、何度も。そんな無駄な時間を作らせないために社長は百合を蓮の専属マネージャーにしたのだと、今では事務所内どころかETERNITAのファンですら本気でそう思っている。
だが、そこに隠されたもう一つの意図を知るのは、蓮が特殊な能力を持っていることを把握している数少ない人物だけ。そして事務所内に限定してしまえば、それは九十九家の面々以外に存在していないことになる。
「ホント、蓮くんってそこだけ治せば完璧なのにねー」
「それはそれで面白くないし、才能にも環境にも恵まれすぎてる分、マイナスも大きくないと釣り合いが取れないんじゃないか?」
「んー。まぁ確かに、人間ってそういうものなのかもねー」
真実を知らずとも、そんな蓮の存在を受け入れている彼らが本当のことを知る日が来るのかどうか。それは、今はまだ誰にも分からない。




