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アイドル探偵 九十九蓮 ~舞台編~  作者: 朝姫 夢
第2章 配信

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8/30

7.配信-②

「蓮は毎回、忘れたり失くしたりしてるもんなー」

「で、そのたびにマネージャーが持ってきてくれるんだもんねー」


 楽しそうな二人と盛り上がるコメント欄から、蓮はそっと視線を外す。その様子も配信されてしまっているのであまり意味はないのだが、ファンからのコメントで『れんれんは本当に物失くしがちだもんね』と書かれてしまうほど、これもまた毎回の恒例となっていた。


「別に、覚えてないし」


 蓮が拗ねたようにそっぽを向くのも、もはやお決まりの流れ。そして、スマホのカメラに映らないように百合から唯一郎にメモ紙が渡されるのも、いつもの流れなのだ。


「えーっと、今回蓮が忘れたのは、スマホに飲み物に上着に……え!? ホテルのカードキーも忘れかけた!?」


 驚きから画面外にいる百合に視線を向ける唯一郎と柚真だが、二人に対して深く頷いてみせる百合の表情は、怖いくらいの真顔だった。その様子に、どういう状況だったのかをいち早く察知した柚真が口元に手を当てながら、蓮に驚愕の表情を向ける。


「まさか、蓮くん……危うくインキーしかけたってこと!?」

「うわっ、マジか!」


 ホテルにおけるインキーとは、オートロック式の部屋の中に鍵を置いたまま外に出てしまう、いわゆる締め出しトラブルのことだ。ただ、蓮に関しては失くし物忘れ物の常習犯なので、基本的に外出時は毎回マネージャーがカードキーも含め全ての荷物を持ち運んでいる。それは決して蓮が楽をしているというわけではなく、単純に失くされたら困るという理由からであり、この点に関しては百合以外からも信用されていないというなによりの証拠だった。

 となれば、当然外出する際にカードキーを蓮に持たせたままにするわけがないという結論に至ったからこそ、インキーという発想が出てきたのだ。そして、それが事実だったことを裏付けるかのように、ついに蓮はスマホのカメラからもその表情が捉えられないように真後ろを向いてしまった。つまり、沈黙とは肯定とイコールなのである。


「うわぁ~……」

「それは、マネージャーだって真顔になるよ」


 メンバーの二人からだけでなく、コメント欄でも『れんれん、それはさすがに、ナイ』だの、『大人として、そこはちゃんとしようね?』だの、言われ放題の蓮。だがその一方で、子供の頃から蓮はこう(・・)なのだということを誰よりもよく知っている百合は、もはや諦めの境地にいた。だからこそ、インキーという事態を未然に防ぐことができたとも言えるのだ。

 しかし、ここで柚真から爆弾発言が落とされる。


「ここまできたらさ、もう蓮くんはマネージャーと同室に泊まったほうがいいんじゃない?」


 その言葉に勢いよく振り向く蓮と、うんうんと腕を組みながら頷いている唯一郎。


「はぁ!?」

「ホントにそれがいいかもなー」


 そしてコメント欄のファンたちからも、賛成の嵐だった。中には柚真の提案を絶賛し、拍手の絵文字をいくつも並べているコメントまである。残念ながら今この瞬間、画面の中に蓮の味方になってくれるような人物は一人も存在していないのだ。


「ぜっっっったい、やだ!!」

「そんなこと言ってもなー」

「なーんでこの年齢にもなって、実の姉と同じ部屋で寝泊まりしないといけないんだよ」

「蓮くんが忘れ物しすぎて、そのうち本当にトラブルが起きそうだからだよ?」

「っ……」


 可愛い顔をしているが、柚真は時折こうして痛いところを突いてくる油断ならない存在でもある。そしてそれが正論だからこそ、蓮にとってはなお耳に痛い。

 だがここで、唯一郎があることに気付く。


「え? あー……。柚真、それ無理っぽい」

「え? なんで?」

「その実の姉側が、もんのすんごく嫌そうな顔してバッテン作ってる」

「あ、ホントだ。しかも、首まで振ってる」


 蓮が同室を拒否しているように、百合からしてもお断り案件だということだ。

 だが、改めて考えてみれば当然のことだともいえよう。仮に百合が本気でどうにかしたいと考えていたのであれば、とっくの昔に蓮の地方公演のホテルはツインルーム一択になっていたはずなのだから。けれど、実際にはシングルルームのままだったのだから、つまりはそういうこと。


「でも、どうせならツインルームのひと部屋だけにしたほうが安くないですか?」

「シングルルームをふた部屋取るよりも、たぶん安上がりだよね。事務所の経費的にも、そっちのほうが良さそうだけどなー」


 たとえばこれがグループ活動で地方に宿泊するとなれば、メンバーそれぞれにシングルルームを用意するのではなく、二人がツインルームで一人はシングルルームという形になるだろう。それと同じ原理で、蓮と百合に関しては男女とはいえ実の姉弟ならば問題ないだろうという意識も働いているのか、唯一郎も柚真もついつい気軽にそう口にしてしまう。そして困ったことに、蓮の専属マネージャーが実の姉であるということを知っているファンたちですら、彼らの意見に同調するようなコメントを残していくのだ。

 配信中なので下手に介入するわけにもいかず、どうしたものかと困った表情を浮かべる百合。

 だがこの話は、意外な方向から収束することになる。


「悪かったなぁ、大手事務所みたいに余裕がなくて」


 あぐらの上に肘を置いて頬杖をついた状態で、さらにそっぽを向いている蓮がそう発言するが、その様子はどう見ても拗ねている子供の姿そのものだった。けれどその一方で、急に焦ったようにフォローをし始める唯一郎と柚真。


「違う違う! そういう意味じゃない!」

「誤解だって! 別に事務所に不満があるわけじゃないから!」

「はいはい、そういうことにしといてあげますよ」

「ちょ、怖い怖い!」

「やめて蓮くんっ、こういう時だけ社長の息子感出さないでっ……!」

「社長の息子感ってなんだよー」


 あははと笑う蓮に釣られたのか、スタッフの笑い声も明るいスタジオの中に響く。これがただのじゃれ合いに近いやり取りだと、誰もが知っているからこその空気感がそこにはあった。


「というか、だったらそこにいる社長令嬢がノーって言ってる時点で、俺と二人でホテルのツインはあり得ないじゃん」

「まぁねー」

「それはそう」


 しかし、サラリと蓮が口にした言葉にまるで当然のように頷く唯一郎と柚真の和やかな雰囲気とは反対に、先ほどからコメント欄は若干荒れ気味だった。というのも、この日初めてETERNITAの配信を見た人物がメンバーの詳しい情報などを知らないまま、コメント欄で同じ質問ばかりを連投していたのだ。

 質問すること自体はなんら問題はないのだが、その内容と連投という悪質さが、コメント欄にいるファンたちの怒りを買ってしまった。

 最初はまだ『実の姉がマネージャーなの?』という、以前からのファンであれば知っている内容だったため、ファンたちも穏やかに返答していたのだ。けれどそれが徐々にエスカレートしていき、『きょうだいなら同じ部屋でもいいじゃん』とだけひたすら連投し続け、最終的には蓮に対して『社長の息子だから仕事も優遇してもらってるんだ。楽でいいね』と、まるでアンチのようなコメントだけを連投するようになったことで、それまで穏やかだったファンたちのコメントも荒れ始めてしまった。

 今もまだコメント欄ではファンたちが、『社長の息子だから色々苦労した話、知らないんだね』『自分でちゃんと調べてきなよ』『有志が色々まとめてくれてるページとかあるんだから、まずはそっちに目を通してきたら?』と、蓮をかばうように強い言葉でコメントを繰り返している。


「それに、さすがにインキーはまだしたことないから。今回は未遂だったってだけで」

「えー?」

「今までの積み重ねがあるからなー」


 そんな様子を横目で確認しながらも、あえてコメント欄を見ていない体で話を続ける三人は、これ以上荒れるのを避けるために話題の転換を図るタイミングを探っていた。

 実はこういった形でコメント欄が荒れてしまうことは、アイドルに限らず配信ではよくあることでもある。その対処方法は様々だろうが、今回に関しては事務所からの公式配信をしている以上、スパムコメントや荒らしといった行為を行ったアカウントからの書き込みを非表示にするなどの対策を行うのは、タレント本人ではなく目の前にいるスタッフの仕事なのだ。そのためスタッフがその作業を終えるまでの間、画面に映っている三人はコメント欄には一切触れずに会話を続ける必要がある。

 そんな状況の中、早めにこの話題を切り上げたかった蓮が、ある意味グループの鉄板ネタとも言える言葉を口にしたのだった。


「積み重ねって意味なら、俺よりも唯一郎のほうが色々ツッコミネタ持ってるじゃん。例の『父さんシリーズ』って、まだまだありそうだし」



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